第286話 裏庭の光景②

 旧校舎を出ると、風が冷たく感じた。急に気温が下がったのか、日当たりの悪い裏庭だからなのか。

 見渡すと、水沢さんたちはまだいるようだった。その場所は、何の因果か、僕と加藤が初めて会話らしきものをしたベンチの辺りだ。遠くからでもトレードマークのポニーテールが見える。

 速水さんの言った通り、仲の良い女の女同士の談笑ではないようだった。

 水沢さんの困っている様子が分かった。イヤな予感がする。


 そういや先日、和田くんが言っていた。

「水沢さんって、クラスの女子に疎まれているみたいだね。彼女、また、誰かを振ったらしいよ」

「妬み、ひがみ、っていうやつじゃないのか?」と僕は言った。

 人は妬みで、その対象を懲らしめたりもする。

 和田くんの話と同じように他の男子たちも言っていた。

「この前、隣のクラスの正木が振られたのを知っているか?」

「正木の奴、水沢さんに『私には、好きな人がいるから』て言われたらしいぜ」


 僕は水沢純子が好きだ。

 そんな僕の気持ちを押し止めるように、彼女には人の心を読むという信じがたい能力がある。

 そんな人と、僕はつき合うことはできない。僕には絶対に無理だ。

 僕は、ただ彼女を眺めているだけでいい。これから先もそれでいい。

 あの花火大会以降、ずっとそう思ってきた。

 だが、それと今の状況とは問題が別だ。

 その人に特殊な能力があろうが無かろうが、水沢さんが窮地に陥っているのなら、助けなければならない。


 遠くからでは話の内容が全く分からない。

 だが、僕にはとっておきの能力があるではないか。

 何の話なのか、自主透明化して、近くまで行けば聞こえるはずだ。

 僕は急ぎ足で、いつものように自主透明化を念じた。

 不甲斐ない僕は消えてしまえばいい!

 影の薄い僕は、好きな人に好きだと言えない僕は・・

 そう強く念じた。いけええっ!

 走り出すと彼女たちの会話が少し聞こえた。

「偉そうに、あの正木くんを振るなんて、何様のつもりなんだよ!」詰め寄るような女子の声。

「私は別に・・」消え入るような水沢さんの声。


 一人の女子が、水沢さんの制服を掴みあげるのが見えた。

 水沢さんの表情が変わった。

「水沢さんに触るなあっ!」

 お前らの汚い手で水沢さんを触るな! 僕はそう叫んでいた。


 勢いに任せて、不良女子を背後から蹴飛ばそうと思った瞬間、

 あれっ? 

 足をつんつんとさせブレーキをかけたが間に合わなかった。僕は彼女たちの前に躍り出た結果となった。

 透明化していないっ! 透明化の大失敗だ。

 花火大会の時と同じだ。あの時も水沢さんの所へ急ごうとしていた時だった。

 いつも肝心な時に透明化せず、変な時に透明化してしまう自分の能力を恨んだが、失敗で学習しなかった僕も悪い。


 そう思っても遅い。女子たちが僕の方に向き直った。

「鈴木くん?」水沢さんが小さな声を上げた。

 こんなの道化じゃないか!

 もはや言い訳のしようもない。

 彼女たちから見れば、僕は「僕もお話の仲間にいれてくれないか?」と急いでやってきた変な男子。おかしな奴と思われても仕方ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る