第267話 あろうことか②

 だが、運転手の石坂さんにも、青山先輩にも僕の姿は薄ぼんやりと見えていた。

 青山先輩は「私の目がおかしいのかな?」と言うと、石坂さんが、

「灯里さま、きっと、西陽のせいでしょう」と応えた。

 そして、まるで僕の透明化を擁護するように、

「私も、鈴木さまのお姿が見えにくいと思っていたのです。けれど、何のことはない。西陽のせいですよ。黄色く眩しい光のせいです。それでぼやけて見えるのですよ」

 石坂さんの言う通り、夏の陽射しが僕の体を黄色く染めていた。

 夕陽で人の姿がぼんやり見えるなんて聞いたことがないが、青山先輩も石坂さんもそれ以上追及はしなかった。


 あの二人はそうだったかも知れないが、

 加藤には、透明化した僕の姿が見えない。他の場所でもそうだった。

 一度目は、教室での初めての透明化。二度目はプール。三度目は図書館のラウンジ。 

 だから、これはとんでもない事態だ。

 一緒に歩いていて、透明化するなんてことは、これまでになかったことだ。

 ああ、もうおしまいだ!

 速水沙織しか知らなかった秘密が加藤に知られた。

 言い訳のしようもないし、今、話しかけることもできない。


「鈴木?」

 立ち止った僕を加藤が見ている。

 え?

 加藤の大きく澄んだ瞳が僕を見ている。

 驚かないのか? 今、目の前で僕は消えたんだぞ! こんな場所だ。逃げたわけじゃない。

 だが、加藤の瞳は、決して、あらぬ方向を見ているわけではなかった。真っ直ぐに僕を見つめている。

 僕が、見えているのか?

 加藤の瞳には僕の姿が映っているのか?

 いや、加藤に僕が見えるはずがない。見えるはずがないんだ!

 なぜなら、加藤は僕と何の接点もない、普通の女の子だからだ。


 透明化した僕が見える人間・・

 それは、何かの尺度になってはいなかっただろうか?

 つまり、僕の母は、親だから僕の存在を最も理解している。だから、母には見える。

 妹も同じ立ち位置かもしれない。

 母も妹も肉親だから見える・・それは一つの尺度だ。

 

 速水さんの場合は、同じ能力を持つ者同士。それに、僕の過去を多く知っている。一番の理解者かもしれない。でも、僕には透明化した速水沙織を見ることができない。

 あと、小清水さんと青山先輩の二人は、最初は見えなかったが、日を追うにつれ、薄ぼんやりと見えるようになったようだった。

 なぜか? 同じ部だからだ。そう思うしかない。長く僕に接し続けることによって、僕の姿、僕の心が認識されるようになった。

 だったら、青山先輩の運転手の石坂さんは何だったんだ? 彼は会ったばかりの人だ。初対面に近い。にも関わらず、薄ぼんやりとだが見えていた。

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