第268話 光①-1
◆光①
「鈴木、どうかした?」
加藤が言った。いつもの加藤の声だ。何かに驚いている風には見えない。
「・・み、見えるのか?」
加藤には、僕の姿が見えるのか?
「ちょと、鈴木、何を言っているの? 何が見える、って言うの?」加藤は繰り返し言った。
「僕の姿が・・」
僕は少しずつ、言葉を加えた。薄ぼんやりと見えているのかもしれない。
すると、加藤は、
「そういや、ちょっと・・」と言いかけた。
「ちょっと、何だよ?」
「影が、というより、鈴木の体、薄いかもしんない」
「ええっ!」
「何よ、そんなに驚いたりして」
僕は「薄い、と言われるのは苦手なんだよ」と言った。
すると、加藤は、「そういう影が薄いじゃなくて、見えにくい、っていうか・・」と言いかけ、
「これって、光のせいかな?」と、小さく言った。
「光?」
石坂さんの時と同じなのか、車の中、僕の体に夕陽が当たって、本来、透明なはずの体が、ぼんやりと見える。そういうことなのか。
「そう。光よ。鈴木の体に夕陽の光が当たって・・」
加藤はそう言いながら、顔を近づけてきた。
「私、足ばかりか、目も悪くなったのかな?」
加藤は目をぱちぱちとさせながら、顔を寄せた。
同じようなことを妹のナミにされたことがある。だが、ナミは妹だ。加藤の場合とは全く違う。異性として意識する。
すごい接近だ。顔が熱くなる。加藤の瞳と唇・・ああ、加藤って、こんな素敵な顔なんだ。そう思った。
いや、今はそれどころではない!
「おい、加藤」
顔が近いぞ、
と言いかけた時、心臓がトクンと鳴った。まさか、
心の爆発!
突然、その言葉がよぎった。速水沙織に何度も警告をされている。
透明化している時、大きな感情の起伏が爆発状態になると、体ばかりか、その心も消えてしまう、と。
速水さんが何を根拠に言っているのか分からないが、実際に、心がどこかに飛んでいってしまいそうになったことを何度か経験している。
それは恐怖に近い感覚だった。僕の存在がこの世界から消えてしまう。
消えたくない!
そう思った時には、既に加藤は離れていた。
自然と離れたというより、僕の悲壮な表情に何かを感じたのだろう。
加藤は、「大丈夫? 鈴木」と声をかけ、「少し、具合が悪いみたいだけど」と心配そうに言った。
「私、何か悪いこと、言ったかな?」
加藤は悪くない。
僕の体が不便なだけだ。消えて欲しい時には、消えず、こんな時に消えてしまうし、ドキドキしただけで、この世界から消えてしまう感覚に襲われたりする。
こんな時に・・
加藤と過ごす時間が楽しい。そう思っていた時にこんなことになるなんて。
僕の秘密は絶対に言えない。速水沙織と共有している秘密は誰にも言えない。
けれど僕は、なぜか加藤にだけは知って欲しかった。
言ってしまったら、気持ち悪がられるに決まっている。絶交されるかもしれない。
だが、加藤に隠していること、秘密にしていることが苦しくなった。
透明のことは言えないけれど、
「き、消えそうな気がしたんだ」苦しさから解放されたくて、そう言った。
加藤はきょとんとした表情で、「えっ。何が?」と訊いた。
「か、体が」僕は小さく言った。
「なに、それ、消えるって?・・」加藤は怪訝な表情となった。
僕は答えない。たぶん、イヤな顔をしているだろう。誰にも理解されない言葉だ。
突然、そんなことを言われたりしたら、誰だって戸惑うよな・・
「加藤、ごめん。何でもない。今の言葉は忘れてくれ」
それに、これは誰にも言ってはいけないんだ。
速水さんと二人だけの秘密なんだ。そう思い自嘲気味に笑おうとすると、
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