第258話 人を愛すること、愛されること

◆人を愛すること、愛されること


 速水部長が早々と退出すると、青山先輩も「用がある」と言って続いて部屋を出た。ひょっとすると、速水さんを追いかけていったのかもしれない。

 部屋には僕と小清水さん。そして、和田くんの三人だけになった。

「いろいろとありましたね。今日の読書会・・」小清水さんがポツリと言った。

 そう言った小清水さんの顔を見て和田くんが「小清水さんは、本当に・・」と言いかけたので、すかさず、

「おいっ!」僕は和田くんを睨んだ。おそらく彼は、「小清水さん、本当に憶えていないの?」とミチルのことを訊ねるつもりだったのだろう。

 僕は、「余計なことを言うな!」と目で強く言った。僕の言わんとすることが分かったのか、和田くんは黙りこみ、「僕も帰るよ」と言って寂しそうに出て行った。僕と小清水さんを二人きりにすることも気にしていない様子だ。


 小清水さんと、二人きりになると、

「鈴木くん」と小清水さんは小さな声で僕を呼んだ。

 てっきり、僕と水沢さんのことについて触れると思っていたが、

「私、速水部長が心配です」と言った。

 それは僕もだ。そう言うと、

「でも、私、思うんです・・私が訊いても、速水部長は何も応えてくれない。そんな気がします」

「そんなことはないと思うけど」

 そう応えた僕に小清水さんは真顔で、

「鈴木くんは、中学の時に速水部長に会っていたんですよね」と言った。

 夏の合宿の帰り、僕たちは須磨海岸でキリヤマに遭遇した。

 その後、僕と速水沙織が中学三年の時、出会っていたことを皆に話した。

 僕がキリヤマに暴力を受けたことなどを話した。

「僕は速水さんのことを憶えていなかったけどね」僕は笑った。

 今の眼鏡のイメージとかなり違ったせいかもしれない。速水さんの方では僕を憶えていても、僕は彼女のことを憶えてはいなかった。

「だったら、私の出る幕なしですね」

 小清水さんは悲しそうな顔をした。

 そして、

「私、こんなこと・・本当は言いたくないんですけど・・」小清水さんはためらうように言った。

 僕が黙って小清水さんの次の言葉を待っていると、

「鈴木くんと速水部長は、見えない糸のようなもので繋がっている気がするんです」そう言った。

 そんなことはない・・


「鈴木くん、速水部長の力になってあげてください」

 いつもの小清水さんらしからぬ強い口調だ。

「私、誰かにそう言われた気がするんです」

 続けてそう言った小清水さんの言葉に、僕はさっき消えていった小清水さんのもう一つの人格のミズキを思い出していた。


「小清水さん。僕は、そのつもりなんだ」

 速水さんと僕は、見えない糸で繋がってるということは、決してない。だが、速水沙織のために僕が動くのは確かだ。

 僕は速水さんのいる世界からキリヤマという男を排除したい。


 僕の強い言葉に小清水さんは少し安心したように見えた。

 小清水さんが何を考えているのか分からない。そして、僕は、速水沙織の思いがどこにあるのか分からない。

 けれど、人の心を読む水沢さんは、速水さんのことをこう言った。

「あの人は、鈴木くんを愛しているわ」

 速水沙織は、僕を愛している。

 そうかもしれない。

 ・・けれど、愛されることと、

 人を愛することは、違う。

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