第229話 水沢純子と速水沙織①

◆水沢純子と速水沙織


 水沢さんは、そんな速水さんを、正視した。なぜか睨みつけている風にも見えた。

 そして、

「速水さん、嘘ばっかり言うのね・・」と言った。

 そんな二人の立ち位置は、対峙しているように見えた。


 水沢さんは心が読める。ということは、速水さんの心もお見通しなのだろうか?

 透明化のことも知ったのだろうか? それはまずい。


「さっき、速水さんに突かれた時、速水さんの心が、入り込んできたの」

 水沢さんはそう言った。自分の不思議な体質を隠す様子もなく、そう言った。

 速水さんはある程度は知っているが、面と向かって言われるのは今日が初めてだ。

「え?」

 速水さんの顔に当惑の表情が浮かんだ。

 その困惑の意味するところは、心を読まれることについてなのか、水沢さんがこれから言おうとしていることに対する不安なのか。


「あの時・・速水さんの心は、人を愛する気持ちで溢れていたわ」

 速水沙織は黙って聞いている。

「その相手が、誰だかわかったわ」

 まるで、速水さんの気持ちを見透かしたように言った。

 あの時、水沢さんは、透明化していた速水さんのことを「あの人は鈴木くんを愛している」と言っていた。だから、その相手が僕だと知っていたはずだ。

 けれど、水沢さんは今日初めて知ったように言っている。


 水沢さんは、もはや、自分が特異体質であることを隠していない。少なくとも、速水さんにぶちまけているようだった。まるで何かを宣言するように。 

「ずっと・・思っていたのね」

 自分が考えることを言い当てられるのは、不快だ。

 そんな風に人が嫌がるようなことをはっきりと言える人間。

 それは、人の心を読むことができる能力を持つ水沢純子しかいない。

 水沢さんは、人の心を容赦なく傷つけることができる人間なのかもしれない。

 そんな能力を持っていても、自分の中に入ってきたことを他人に言わなければ、それで済むことだ。

 しかし、水沢さんは黙ってはいなかった。相手を傷つけることに容赦なしだ。

 誰にも止めることはできなかった。

「・・やめてよ」

 速水さんの小さな声。やっと出てきたような声。

これ以上、水沢さんにしゃべらせない。

 速水さんのそんな心も読んだのか、それとも、勢いづいて止まらなくなったのか、

「速水さんは・・鈴木くんのことをずっと・・」

 水沢さんが、その先を言おうとした時、

「言わないでっ!」

 速水さんは、水沢さんの言葉を激しく切った。「それ以上、しゃべらないで!」

それは叫ぶような声だった。

 速水沙織の体が震えていた。いつもの速水さんではない。

 その顔を見ると、

「ひどい・・」

 いつもの速水沙織らしからぬ言葉が続く。いつもの冷静冷徹な速水さんはどこにいったのだ。

 そして、速水沙織はこう言った。

「私・・水沢さんには勝てない」

「勝てない、って?」

 速水沙織は水沢純子には勝てない・・僕には、わからない。

 もし、この場でその言葉の意味を理解できる者がいるとするなら、それは速水沙織と水沢純子だけだろう。


 そして、これだけは言える。

 水沢純子は、僕の心や速水沙織の心の中を知ることができるが、僕たちは水沢純子が何を考えているか、分からない。

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