第228話 それから②
その言葉が、水沢さんに聞こえたのかどうかはわからない。
全ては、速水さんの早合点だった。
速水さんは勘違いをしていた。
僕が透明化して水沢さんに近づき、
水沢さんが僕に駆け寄ったところを見て、こう判断したのだろう。
・・水沢さんが、鈴木くんに駆け寄るはずがない。
今、鈴木くんは透明化している・・と。
鈴木くんの心が暴発し、心まで消えてしまう、と。
速水さんは、自分なりに僕の命を救おうとしたのだ。
「鈴木くんに、触れないでっ!」
そう言って速水さんは、水沢さんの体を突き飛ばした。それしか方法がなかった。
けれど、僕は透明化なんてしていなかった。自主透明化に失敗していた。そのことを速水さんが知るはずもない。僕が透明化してようがしていまいが、速水さんには分からないのだ。
「速水さん、ごめん」
僕がひたすら謝ると、「私は、かまわないわ。私の勘違いだったのだから」と言って、
「私のことより、水沢さんが・・」
問題は私より水沢さんの方よ、と言った。速水さんも落ち着きを取り戻そうと、髪を整えたり、雨粒の付いた眼鏡に触れたりした。
その通りかもしれない。
速水さんが水沢さんを突き飛ばすと同時に、水沢さんの頭の中に、速水沙織の心が流れ込んきたのかもしれない。
さっき、水沢さんが「どうして、私の心は・・」と言っていたのは、このことだったのだろうか。
二人もの人間の心が流れ込んできた水沢純子は、どんな気持ちだったのだろう。
普通の感覚では、想像することもできない。
雨がきれいに上がった。通り雨だったようだ。
水沢さんは静かに速水沙織に向き直った。
そんな水沢さんに、速水さんは深く謝った。
「ごめんなさい、水沢さん。私、なんてことをしたのかしら・・」
普段の速水沙織らしからぬ謝りの言葉だった。重ねて「謝っても謝り切れないわ」とも言った。いつもの速水さんの口調で丁寧に言ってはいるが、かなり動揺しているのが見て取れる。
だが水沢さんは、速水さんに突き飛ばされた意味を理解することはできない。
僕の透明化や、心の暴発のことなど、知る由もない。
水沢さんには速水さんのとった行動が理解出来ない。
だが、水沢さんには彼女なりにわかったことがあるようだった。
「速水さん・・あなただったのね」
「え?」
速水沙織の顔に戸惑いの表情が浮かんだ。「何のことかしら?」
まさか・・
「私、いつも思っていたの・・速水さんは、いつも鈴木くんの近くにいたような気がするの」
水沢さんはそう言って、「例えば・・」と続けた。
僕と速水さんが同時に息を呑んだ。
「あの時・・私が校庭の裏庭で、不良に絡まれた時、速水さんはどこにいたの?」
あの時、速水さんは透明になって、僕と水沢さんを不良たちから救ってくれた。
水沢さんは「誰か、近くにいたような気がする」と言って、「あの人は、鈴木くんを愛している」と断言した。
まさか、僕たちが、体を透明化できるとは、思わないだろうが、
その問いに答えてはならない。透明化のことは、僕と速水さんとの二人だけの秘密だからだ。透明化は、僕と速水沙織を強く繋ぐ二人だけの秘密だ。
「水沢さんの気のせいじゃないかしら?」
僕の予想通り、速水さんは誤魔化した。速水さんのいつもの表情に戻った気がしたが、眼鏡の位置を整える仕草を何度か繰り返した。かなり気が動転していると思われた。
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