第230話 水沢純子と速水沙織②

 僕は、ずっと水沢純子に恋をしていた。ずっと想い続けていた。

 だが、人の心を読んでしまうような彼女と僕はつき合うことができるのだろうか?

 その答えを今はハッキリと言える。

 僕は、水沢さんとはつき合えない。いつまた今日のようなことが起こらないとも限らない。水沢さんにその能力がある限り、誰かを傷つける。その意図の有る無しに関わらず、水沢さんはそうする。これまでもそうだったのかもしれない。

 

 ・・人を好きになるのに、理由なんていらない。

 けれど、誰かとつき合えないことには、理由が存在する。

 僕には無理だ。

 水沢純子の不思議な能力を知った時、諦めるべきだった。 

障害があって益々燃え上がる恋とか、そんなのも無理だ。僕はそんなに強い人間じゃない。

 それくらいのこと、分かっていたのに、知っていたはずなのに。

 それなのに、僕は水沢純子に恋をし続けていた。

 ずっと彼女を見ているだけでよかった。ただの恋でよかったのだ。二人の間に距離があって、それでよかったのだ。

 告白なんて大それたこと、すべきではなかった。

 水沢純子との関係には、その先がなかったのだ。


 この張り詰めた状況を和らげるように、 

「もうっ、速水ちゃん、すぐにいなくなるんだからぁ。探したのよ」

ショートパンツの池永先生が現れた。

「私、変な男たちに絡まれて大変だったのよぉ」

 場の空気なんて、知らぬ存ぜぬの先生が現れてしまうと、さすがに、水沢さんも速水さんも話を中断せざるを得なくなった。

「あれぇ、鈴木くんに・・水沢さんまで」

 先生は僕たちの姿に気づくと、その中にぐいと入り込んできて、

「なんだか、花火以外にも、いろいろあったみたいねえ」推測するように言った。

 確かに、池永先生の言う通りだ。

 けれど、僕も水沢さんも速水さんも先生の相手をしない。言葉がない。


 そんな池永先生は、拍子抜けの顔をした後、

「あれえ、加藤ちゃんもいたのね」と言った。

 先生の視線の先に目をやると、

 それまで気づかなかったが、浴衣姿の加藤が立っていた。僕たちの様子を見ていた。

 立ち尽くしている加藤。いつからいたのだろう?

 加藤は、池永先生に声をかけられると、静かに僕たちに向かってきた。

「池永先生に、速水さんまで・・」

 加藤は僕の元まで来ると、バツが悪そうな表情で、

「鈴木を待ってても来ないから、来たんだけど」と言った。

「ごめん、加藤。すぐに戻るって言ったのに」

 水沢さんは「ゆかり、戻ってきてくれたのね」と嬉しそうな顔を見せた後、

「ごめんね、ゆかり。私、変なことを言って」と謝った。

 加藤は「ううん」と首を振って、「私も悪かったよ。つい、感情的になったりして」と返した。


 池永先生が「加藤ちゃん、浴衣、素敵よ」と絶賛したが、

 加藤の方は、水沢さんの汚れた姿や、速水さんの様子を見て、

「純子。何か、あったの?」と僕と水沢さんを見比べながら尋ねた。


 水沢さんと加藤。友達同士が揃うのを見て、居たたまれなくなった速水さんが「私、失礼するわ」と立ち去ろうとした。これ以上、ここにいても仕方ない。そう判断したようだ。

「じゃ、鈴木くん。また部活で会いましょう」

 速水さんは元の調子を戻したように、眼鏡をくいと上げた。


「速水さん、待って!」

立ち去ろうとする速水さんを止めたのは、水沢純子だった。

 それは水沢さんらしからぬ大きな声だった。その声に速水沙織は立ち止まった。

 速水さんは振り返り、「何か用?」と言わんばかりの顔を見せた。呼び止められのは、不快で迷惑だ。そんな気持ちが顔に表れている。

 そんな速水さんに同情もできる。

もうこれ以上、水沢さんとは関わりたくないし、水沢純子に心を読まれたくないのだ。


 でも、呼び止める側の水沢純子には、それなりの強い理由があるようだった。

「・・私、鈴木くんを好きかもしれない」ポツリと言った。

 それは聞こえるか聞こえないくらいの小さな声だったが、確かにそう聞こえた。

 水沢さんの頬に、木立ちから零れた雨粒がパラパラと降りかかった。けれど、水沢さんは、そんなことを気にする様子も見せなかった。


 水沢さんが僕を好き・・ありえない言葉。

 けれど、それは僕にではなく、速水沙織に向かって放たれた言葉だった。

「えっ、水沢さん、何か言った?」

 池永先生が怪訝な顔で訊いた。


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