第227話 それから①
◆それから
花火は最後の一発を上げ、それきり音がしなかった。
既に人影もまばらだ。
水滴の滴る松林の陰の下、
時折、帰宅を急ぐ人が、僕たち三人の姿に目をやっていく。けれど、誰も高校生の揉め事など、関心を示さない。人々の中では夏の夜は既に終わったのだろう。
そんな中、速水さんに突き飛ばされた水沢純子が濡れていた。その服も、髪も濡れている。僕が恋し続けた女の子が泣いている。
誰が声をかけたとしても、その声は彼女には届かない。
水沢さんは、速水さんに突き飛ばされ転んだままの状態で、体を崩している。
ワンピースの裾が汚れていることや、ポニーテールのヘアゴムが抜け落ちていることも気にしていない。
「どうして、私の心は・・いつもこうなの」
水沢純子はそんな自問自答を繰り返している。
「知らなくてもいいのに、人の心が流れ込んでくる」そんな意味のことを水沢さんは言った。自分の体質を嘆いている。
人の心を読んでしまう不思議な体質。
そんな水沢さんの不思議な能力は、同時に悲しい体質となる。決して喜ばしい能力ではない。人から称賛されることのない能力だ。水沢さんが言うには、その体質でいいことなど一つもなかった。
そして、誰にも理解されることがない。当然、親にも、クラスメイトにも。
唯一の理解者だった加藤ゆかりとも、今日、仲違いすることになった。
加藤がいない今、彼女の悲しみを理解できるのは、この世界に一人だけだ。
それは、水沢さん本人だ。
水沢さんは悲しみに天を仰いだ。同時に、白い頬を無数の雨の槍が打つ。
水沢さんの声が聞こえた。初めて耳にする水沢純子の涙声だ。
「水沢さん」
僕がかけた言葉に、水沢さんは、
はっきりと、「私、鈴木くんのこと、ぜんぜん気づいていなかった」と言った。
その言葉を聞いた時、水沢さんは僕の心を読んだのだと思った。
透明化していなくても、僕の想いは届いたのだ。
僕は水沢さんの言葉の真意を確かめるべく、
「水沢さん、僕の心がどんな風に?・・」と訊いた。返事を聞くのが怖い。
「そんなの、言えるわけがないじゃない」
水沢さんは起き上り、乱れた髪を整えた。僕には、その姿が気持ちを落ち着けようとしているように見えた。
そして、気持ちが乱れているのは、僕や水沢さんだけではない。
僕に手を上げられた速水沙織も立ち尽くしている。
速水沙織は僕を守ったのだ。消えようとしていた僕の命を救った。
それなのに、水沢さんが倒れ込んだ瞬間、
僕は一時の感情に勢いづいて、速水沙織に手を上げていた。厳密に言えば、叩こうとして、叩けなかった。
その瞬間、僕は速水沙織の目を見てしまったからだ。
それは、悲しい目だった。今までに見たことのない速水沙織の目だった。
そして、速水さんは、僕にぶたれると覚悟したのだろう。自分の顔を庇おうと無意識に頬を手で押さえていた。同時に僕の手も宙で止まっていた。
叩かなかった代わりに、
「速水さん、水沢さんに何てことをするんだ!」
そう怒鳴った気がする。「水沢さんにひどいことを・・」と。
僕に言われた速水沙織は、自分の頬を手で押さえたまま、
「鈴木くん・・透明になっていなかったの?」
速水さんは、自分のとった行動、その愚かさを悔やむように言った。
「私、てっきり、いつかの校庭の時のように鈴木くんが自ら透明になったのだと思って」
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