第225話 驟雨①
◆驟雨
雨が強くなってきた。雨がぬかるんだ地面を撥ね、ズボンを汚していく。
人の姿はかなり減っていた。花火の終わりまで待てない人たちが帰路につき始めている。
けれど、中止にはなっていない。雷も鳴っていない。ただの通り雨だといいのだが。
林の向こうに水沢さんの横顔が見えた。
水沢さんは、近くの木陰で雨をしのぎながら待ってくれている。でも約束した加藤を連れ戻してきていない。
水沢さんに向かっていくと、見覚えのある声がした。声の方を見ると、
よく知っている人たちの姿があった。
それは文芸サークルの顧問の池永先生、それに、わが文芸サークルの速水部長だ。
池永先生は、お約束通りのショートパンツのムッチリした脚が剥き出しのセクシー姿。速水さんは白のTシャツにタイトジーンズ。
なぜか、小清水さんがいない。小清水さんがいないから、当然、和田くんもいない。
池永先生と速水沙織だけだ。
そんなグラマーな池永先生にまとわりついている男たちがいる。
「もうっ、いつも、どうしてこうなるのよっ」
先生は、そんな文句を言っているが、お目付け役のような速水さんがいなければ、男どもにほいほいとついていくのだろう。合宿の夜のように、男たちを追い払わなければならないのかもしれないが、今はかまってはいられない。
早歩きで、その場を抜けようとすると、
「あれえっ、鈴木くん?」
池永先生が声をかける。見つかってしまった。眼鏡の速水さんの鋭い視線も感じた。
僕は「ちょっと急いでいるから」と適当に流して、水沢さんの方に急いだ。
こんなチャンスはない。水沢さんに告白するチャンスだ。今、言えなくて一体いつ言えるというのだ。
僕は透明化して、水沢さんに想いを伝える。
そして、その場を去ればいい。
水沢さんの心に、僕の心が届けば、それでいい。
それが僕なりの告白なんだ。
彼女に面と向かって「好きだ」と言っても、水沢純子という女性には、決して届かない。
水沢さんは、僕の心を勘違いして読んでしまう。
以前もそうだった。図書館のラウンジでも、「鈴木くんだけが、私を好きじゃない」と言っていた。
その原因はわからない。だが、透明化している時だけ、なぜか僕の思いは届く。
水沢さんの言葉・・
「一度、本当に私を好き、っていう心が届いたことがあったの」
「その人・・姿が見えなかったの」
僕はそんな言葉を思い出していた。
同時に、水沢さんに出会った頃のことも思い起こした。
中学の初恋の女の子、石山純子に振られ、傷ついた心を癒すように、君と出会った。
教室の席、いつもの位置、その向こうに見える青空。僕はずっと君の横顔を見ていた。君だけを思っていた。
僕は自主透明化をするべく、近くの松の木の間に身を潜めた。
自主透明化・・これまで失敗したことはない。
「鈴木くん」
その時、僕の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
速水沙織だった。10メートルほど先、人の往来の中を見え隠れしながら、速水さんは立っていた。僕が何かに焦っている様子を見て、変に思っているのだろうか?
僕に声をかけようとして、ためらっている風にも見えた。
かまうもんか。
僕が透明化しても、速水さんにはそのことがわからない。
速水さんは、僕の母と同じように、完全に僕の体が見える。妹や小清水さんには半透明にしか見えなくても、速水さんは見える。
なぜなら、速水さんは、僕のことを・・
えっ?
いつも距離が近すぎて、考えていなかった。
速水さんは、いつも僕の近くにいた。教室や部室でも、合宿の時も、温泉でも・・神社でも。
ずっと、君は僕の近くにいた。
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