第224話 そして、僕は・・②

 言葉を見失った時、人は、関係ないことを言ってしまい、それが逆の成果を生むこともある。そんな言葉を僕は加藤に言った。

「加藤・・浴衣、似合っているよ」

 こんな時に僕は何を言っているんだ。

 話の焦点をずらしたいのか。自分でも表情がこわ張っているのがわかる。そんな自分が僕は嫌いだ。

 けれど、そんな安易なはぐらかしをしても話は元に戻る。

 加藤は、「そんなの・・そんなの」と繰り返し、

「鈴木に見て欲しくて着てきたに決まってるじゃん」と言った・・と思う。よく聞こえなかった。その声の半分も聞き取れなかった。けれど、僕にはそう聞こえた。

 僕には、水沢さんのように心を読む力はない。

 けれど、目の前の加藤の表情には、僕に伝えたい何かを感じた。

 

 頬に水滴が落ちてきた。雨だ。にわか雨だ。強くなりそうな予感がした。

 あちこちで「雨が降ってきたわ!」「やだあ、浴衣なのに」と聞こえた。


 けれど、加藤には雨を気にする心の余裕なんてない。だが雨は非情にも加藤のせっかくの浴衣を少しずつ濡らしていく。

「私のことなんか放っておいて、純子の所に行ってきなよ!」

 加藤が再度そう言った瞬間、

「あっ」

 加藤は人混みの流れに押され、足をもつれさせ、前のめりにつんのめった。

 加藤は浴衣だ。バランスを取りにくい。このままでは、加藤は地面に・・

 そう思った時には、僕の体は自然と動いていた。

 僕は加藤の傍まで駆け寄った。気づいた時には、倒れ込んだ加藤の顔は僕の両腕の中にあった。

「ごっ、ごめん」抱きとめた僕が謝った。

「ごめん」加藤も慌てて謝り、僕の両腕の中をするりと抜けた。加藤が動く度に加藤の香りがした。なぜかその香りを追いかけそうになる心がある。

 ほんの一瞬の出来事だったのに、随分と長く感じた。

 この状況、いつかの出来事と似ている・・

 そうだ。あの波のある大プールでの出来事と同じだ。

 あの時、僕と加藤は互いの素肌が触れ合った。プールの波に押された加藤が僕の方に寄りかかってきたからだ。あの時は、僕の体は透明化していて、慌てて僕から離れた。

 けれど、一瞬でも僕たちの肌は触れ合った。


 体を起こす加藤に僕は、「こけたりしたら、浴衣が汚れるだろ」と言った。

 僕の言葉に加藤は「そうだね」と一度頷いた後、

「こんなに優しい鈴木なんて、大嫌い!」

 僕から離れるなり加藤はそう言った。「私、鈴木のこと、好きじゃない、って言ったのに」

 そう言いながら加藤は、僕との距離を保っている。


 そんな加藤に僕はこう言った。

「加藤の気持ちはわかるよ・・何となくだけど・・でもね、水沢さんと喧嘩なんかしてほしくないんだ。仲良くして欲しいんだ」

 そして、

「でも、加藤が気まずくて、どうしてもと言うなら、好きにすればいい。僕だけ水沢さんの所に戻ることにする」と僕は言った。

 更に、これだけは加藤に伝えなければならない。

「加藤・・僕は・・」

 言い澱みながらも僕は声を大きくした。

 同時に加藤の大きな瞳が僕の目を射抜くように見た。

 そんな瞳を見ながら、僕はゆっくり呼吸した。

「僕は加藤の言う通り・・水沢さんが好きなんだ」

 加藤の心臓の鼓動が伝わってくる気がした。加藤の表情はそれほど強張っていた。

「鈴木、やっと言えたね・・自分の気持ちを」

 加藤の目がそう言っているように見えた。ほんの少し微笑んでいるようにも見えた。


 そして、僕の次の言葉を待っているのがわかる。

「でもね、水沢さんは僕を好きじゃない」

「鈴木・・そんなの、告白しなければわからないよ」そう言って加藤は笑った。僕を励ましているのか、自棄になっているのか分からない。


「だから、加藤・・今から僕は水沢さんに告白してくる。そして、振られてくるよ」

「だから、そんなの、わからない・・って」

 そう繰り返す加藤に僕は、

「加藤は、もう帰ってくれてもいい。でも僕は、又ここに戻ってくる。もしその結果を知りたいなら、ここで待っていてくれ」

「そんなの、知りたくないよ」加藤は悲しげに返した。


 僕は近くの潰れた店のひさしを指し、「あそこなら、少し雨をしのげる」と言って、

「そして、水沢さんに振られた僕の無様な姿を見てくれてもいい」

 僕は、そんな言い慣れていないことを言った。

 だが、これが今、加藤に言える精一杯の僕の言葉だ。

 僕はそれだけ言い残し水沢さんの元へと急いだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る