第219話 それは僕なんだ①
◆それは僕なんだ
この場の沈黙を破るように、水沢さんは話を切り出した。
「鈴木くん、さっきの話の続きだけど」
「さっきの話?」
「うん、私のおかしな能力の話」
人の心が頭に入ってくる話のことだ。
「変じゃないよ」と僕は言って「確かに、人とは違うと思うけど」と続けた。
どう説明していいのか分からない。
僕は水沢さんを傷つけたくない、ただそれだけだ。
そう言った僕を見て水沢さんは少し笑い「やっぱり、変だって思ってるのね」と続けた。
「えっ、僕がそう考えていると思ったの?」
心が読まれた? でも僕はそんなことは考えていない。
なぜなら、体が透明化できる僕の方がよっぽど変だからだ。
けれど、水沢さんは「ううん」と首を振り、「そうじゃないわ。今のは、当てずっぽう」と笑った。そう言った水沢さんの微笑みが可愛い。
よかった・・やはり僕は水沢さんの理解者でありたい。そう思っている。
「でも、やっぱりイヤでしょ。こんな私・・」
「イヤじゃないよ」懸命に僕は否定する。そんなわけがない。
僕は「それで、その話の続き、って何?」と促した。
水沢さんは「うん」と頷き、
「私の頭に入ってくる人の心の話・・」と言って少し言い澱んだ。
「人の心が、どうしたの?」
僕はその先の言葉が知りたい。水沢純子のことなら何でも知りたい。それが僕にとって不都合なことでも、知る必要がある。
僕は水沢さんの目を見て、聞く姿勢を見せる。
同時に周囲が少しざわつき始めた。もうすぐ一発目の花火が打ち上がるようだ。
そんな喧噪に水沢さんは少し声を上げた。
「私、ずっと考えていたの」
「ずっと・・」
「ええ、今までに私の中に入ってきた人の心を振り返っていたの」
「昔から?」
「うん。するとね、少しわかったことがあるの」
水沢純子は、心を読み取ってしまう自分の不思議な力で分かったことを言った。
それは、
「頭に入ってくる心は、イヤなことばっかり・・自分にとって聞きたくないことばかりなの」
聞きたくない、知りたくない心。聞く度に辛くなる。
そう言えば、初めてこの話を聞いた時もそうだった。
近所の男の子の「水沢さんを好きだ」という心が飛び込んできたこと以外は、イヤな心ばかりだった。両親の心、クラスメイトの嫉妬。そして、
水沢純子という魅力的な女性を見る男の下心。
それは、どれもイヤらしい心だった。水沢さんによると、打算的だったり、体を見ていたりだった。加えて驚いたことにクラスの男子のほとんどが水沢さんをそんな目で見ていたということだ。
だが、肝心の僕の恋心。
それは・・間違って届けられていた。
「水沢さんは前に言っていたよね・・『鈴木くんだけが、私を好きじゃない』って」
そして、水沢さんは、「鈴木くんは、私以外の人を見ている。ずっと遠いところを見ている」と言っていた。
「うん、そうよ。鈴木くんだけが、ただのお友達として、私を純粋に見てくれていることがわかったの」
水沢さんはそう言った。だが・・
「水沢さんは・・本当に僕の心が見えたの?」
僕はそう訊いた。確かに水沢さんは僕の心を読んだのだろうか? ずっと疑問だった。やっぱりおかしい。
「うん・・」水沢純子は曖昧な返事をして、
「純粋に私を見ている・・というよりも、私のことを何とも思っていない。そんな感じだったかな? でもそれはいい意味で言っているのよ。変なことを考えている男子より、よっぽどいいわ」と言った。
ええっ! それじゃ、まるでダメだよ。
僕は、高校二年になった時から、ずっと君を、教室の窓際の水沢純子を見てきたんだ。
何とも思っていないことなんて決してない。
こんなに溢れ出るような僕の感情を前にしても、水沢さんは僕の心を読んでくれないのか。
ダメだ。このままだと、僕は水沢さんにとって、ただのいい人になってしまう。
いい人・・それもいい気がするが、
ああっ、やっぱり、それじゃダメなんだよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます