第220話 それは僕なんだ②

 すると、水沢さんは遠くを見るような目で、「でもね・・」と言った。

「一度、本当に私を好き・・っていう心が届いたことがあったの」

「え?」

 それは、いつ? そして、誰なんだ。どんな奴だよ!

 激しい嫉妬や、好奇心で心が騒ぐ。けれど、そんな心も水沢さんには見えていないようだ。 

「そ、それは、誰だったの?」と、僕は尋ねた。

 怖い。どんな返事が返ってくるのか。

 そもそも、そんな質問をしていいのかどうかも分からない。でも、知りたい。イヤな奴の名前が出ないことを祈る。

 知りたい心が全面に押し出されたような僕に、

「その人・・姿が見えなかったの」

 水沢さんは、静かにそう言った。その目は何かを思うような目だった。

「えっ・・」

 僕は言葉を失った。

 それは・・加藤が言っていた話、そのままじゃないか。

 加藤は、「純子の目、あれは恋をしている目だよ」と言った。「純子は、透明人間に恋をしているんだよ」確かに加藤はそう言っていた。

 水沢さんが言っているのは、あの雨の日の運動場、僕が体を透明化して水沢さんを追いかけた時のことだ。

 あの時、水沢さんは見えないはずの僕に傘を差し出した。そして、その時、 

 なぜか水沢さんに「鈴木くん?」と声をかけられた。

そうなんだよ。

「それは、僕なんだ」そう言いたいのをぐっと堪える。

 同時に花火会場の海岸にアナウンスが流れた。あと10分で始まるらしい。

 だが僕はそうとは言わずに、

「姿が見えなかった、って。どういうこと?」と尋ねた。

「雨のせいかもしれないけれど、その人の心・・体が、水の形になって見えたの」

 水の形・・それは、降りしきる雨が透明の僕の体に撥ね、人型を作っていたからだ。

 やはり、透明化していた時、僕の片恋の気持ちは伝わっていたんだ。

 水沢さんの特殊な能力、

 そして、僕の透明化能力の不思議な交錯で、想いは届いていた。


 更に水沢純子は、こう言った。

「私、あんなに、思われたの初めてだったから、ちょっと驚いちゃった」

「み、見えなかったんだよね?」

 知らない振りをして僕は訊いた。

「うん」と水沢さんは返事をして。

「だから、あれは私の不思議な体験、ゆかりにも話したけど、あまり信じていなかったみたい」と言った。

 そう言った水沢さんに僕は「幽霊体験みたいなもの?」と言った。

「そんなんじゃないわ。幽霊なんかじゃない。あの人は、確かに、そこにいたのよ」

 水沢さんの口調が激しくなった。それは何の感情なのだろう?

 その疑問に答えるように水沢純子は言った。

「あの人は、私のことを純粋に好き・・そう思ったの。他の男の子とは違うって」

「お、男の子って、どうして同い年くらいって分かったの?」

「分かるのよ」

 そう強く水沢純子は言った。「私は、人の心がわかる」そして、同じ高校生だってこともわかる。そう言いたげだった。

 だったら、どうして、それが僕だと・・

 いや、待て。

 あの時、水沢さんは、透明化した僕を「鈴木くん?」と呼んでいたではないか?

 ひょっとすると、半分は僕だと気づいていたのではないだろうか?


「私は、それが誰だったのか、知りたいの」

 その言葉は水沢さんの叫びのように聞こえた。

 その時、僕は、思った。

 ちゃんと水沢純子に、僕の思いを伝えなければならない、と。

 その結果、振られてもいい。いや、たぶん振られることになるだろう。

 その後、僕に訪れる気持ちよりも、水沢さんの気持ちを大事にしてあげなければならない。そう思った。

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