第218話 夏の終わりの始まり②
水沢さんはそう言ったあと、「でも、こんな話をするのはよくないわね」と言って、
「鈴木くん、ゆかりから聞いたわよ」と水沢さんは話を切り替え、
「この前のゆかりとのデート、どうだったの?」と訊いた。
やはり、加藤から聞いていたんだな。
返す言葉を用意していなかった僕は、
「た、楽しかったよ。映画とか見たし」と手短に答えた。そんな言葉しか出てこない。喫茶店で話した内容なんて言えない。加藤が詳しく水沢さんに言っているかもしれないけど、その話には触れられない。
水沢さんは「ふーん」と言って黙ってしまった。僕の返事に納得していないように思えた。
そんな曖昧な僕の心だが、
今日の、この日・・決めていることがある。
それは、体を透明化して、水沢さんに思いをぶちまけることだ。
なぜ、そんなことをして恋の告白しなければいけないのか?
それは、水沢さんが、人の心を読むからだ。
水沢さんは図書館のラウンジでこう言った。
「鈴木くんだけが私のことを好きじゃない」
どうしてそんなことになるのか。
それは、僕の心の底に、まだ中学時代の初恋が沈んでいるからだ。
水沢さんが僕の心の中に見たのは、そんな僕の思い出だったと思う。
しかし、
あの雨の日の校庭で、透明化した僕に接した時の水沢純子は違った。
体が透明化していても、僕の心が水沢さんの頭の中に流れ込んだのか、
「鈴木くん?」水沢さんは、見えないはずの僕を見ながら言った。
そして、その後、部室に来た加藤は、
「純子の目、あれは恋をしている目だよ」と言った。「純子は、透明人間に恋をしているんだよ」加藤はそう言って笑った。
僕はこう思っている。
体が透明化した状態だと、本当の想いが相手に届くのではないか、と。
問題は、その機会だ。水沢さんと二人きりになるチャンス。
二人きりは、今でも二人きりだが、こんな状況で透明化するわけにはいかない。
それに、僕が透明人間であることもバレてはいけない。思いを届けるだけだ。
難しい・・果たしてそんなことができるのだろうか?
それに、僕は心のどこかで思っている。
水沢純子に告白することが、僕の進むべき道なのだろうか? と。
海岸までの道は、とにかく人が多い。
時折、人と人がぶつかり、水沢さんの体が僕の方に傾くと、思わず体が当たらないように退けてしまう。
その度に「なんで退けるんだよ!」と自分に叱咤する。
それでも、勢いのある通行人のせいで、僕と水沢さんの肩が時々触れ合ったりする。
水沢さんの柔らかな体を感じる。
教室ではありえないことだ。教室の席のように均等感覚の配置ではありえない。
いつも青空を背景に遠くに感じる窓辺の水沢純子が間近にいる。
手を伸ばさなくても肩が触れ合う。
もうこれだけで十分だ。告白なんてしなくても、この感触を憶えているだけでいい。そんな風にも思ったりする。
そんなことを考えている間にも目的地の海岸についた。既に先に来ていた人たちがシートを敷いて座る場所を陣取っている。
「ここからでも、十分見えるわよ。空を見るのはどこでも同じね」水沢さんはそう言った。
そして、松林に着くと、
「ゆかり、まだみたいね」水沢さんは辺りを見渡し、そう言った。加藤は遅れているみたいだ。
「この辺で、ゆかりを待ってよか」
その言葉に僕は同意した。目立つ大きな松の木の下で、僕らは加藤を待つことにした。
人混みの中、なぜか水沢さんの立ち位置が、僕の前になる。微かな髪の香りが届く。
慌てて僕は水沢さんの横に立ち位置を変えようと、前に出る。すると今度は僕の体が水沢さんの背中にぶつかる。
水沢さんは、そんな僕を見てクスリと笑った。
ああ、なんて僕は鈍くさいんだ。
こんな風に立ち留まってしまうと、緊張するし、何を話していいのかわからない。更に汗が噴き出す。
目を合わすことすらできない。
花火開始まで、まだ30分もある。早く来すぎだ。ああ、早く始まってくれ!
「鈴木くん、退屈?」
水沢さんはそう訊いた。ひょっとしたら、水沢さんは僕の心を読んだのだろうか?
けれど、退屈なわけがない。その反対に「待っている時間も楽しいよ」とも恥ずかしくて言えない。
ああ、加藤、早く来てくれ!
僕は加藤ゆかりがこの場に来てくれることを望んだ。
加藤とは先日の喫茶店で気まずくなって別れたばかりだが、今は、加藤の顔を見たかった。この場の緊張を緩めたかった。
これは、矛盾だ。本来なら水沢さんと二人きりがいいはずなのに。
それに、今日の花火大会には、池永先生によると、速水さんと、小清水さんも来るらしい。おそらく和田くんも来るだろう。来ないのは人混みが大の苦手な青山先輩くらいだ。
僕は先生の誘いに「先約があるから」と言って丁重に断った。
先生は「じゃあ、みんなで行こうよ」と提案したが、それも断った。
大人数で行けば、何の為の今日なのか、わからなくなる。
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