第196話 佐藤と山野いずみ①

◆佐藤と山野いずみ


 加藤とのデートを明日に控えた土曜日。勉強が手に着かない。

 デートの映画を何を見るか? それも問題だが、

 それとは別のことも考えていた。

 それは、図書館という場所だ。

 図書館の自習室は、受験勉強には最適の場所だ。自宅より集中できる。僕はあまり活用はしなかったが、三年に上がると、お世話になる場所だ。

 そんな場所で、水沢さんも勉強していたし、あの石山純子も現れた。彼女も自習室で勉強しているかもしれない。

 図書館の自習室がすごく神聖な場所に思えてくる。

 それは、二人の「純子」がいる場所として・・


 更によからぬことも考え始めた。

 ・・それは体を透明化して図書館の自習室に潜入することだ。

 好きな子の間近まで行ける!

 そんな妄想を一度考え出すと、どんどん先に進む。


 だが、すぐにその計画は没となった。

 なぜなら水沢さんは、時々、人の心が入ってくる。すると、僕が近づいただけで、「鈴木くん?」と言われるかもしれない。となると、何のために近づいているのか全く分からなくなる。

 次に石山純子だ・・これもダメだ。

 僕の透明化は、一部の人には完全に見えたり、半透明の状態で見えたりする。

 まさかと思うが石山純子がそのどちらかに該当するかもしれない。

 ・・あれだけ嫌われる対象・・嫌悪の象徴のような僕が半透明状態で近づいてきたりしたら、自習室で悲鳴を上げられることだろう。

 それこそ、本当に通報されかねない。

 いったい僕は何を考えているのだ。

 そんな妄想と仮定で頭を一杯にしていくと、僕は誰が好きなのか、益々分からなくなってくる。

 水沢純子は人の心を読む。けれど僕の本当の心をわかってはくれない。

 石山純子は僕の恋心をズタズタに引き裂いた。忘れた方が賢明・・そんな人だ。

 それなのに、僕の心はまだ彷徨い続けている。


 明日、加藤とデートする。そう決まっているのに・・

 加藤に失礼じゃないか。不純過ぎる。

 そう思ってはいても、心と体は別の動きをするらしい。夕刻、僕の足は図書館に向かっていた。

 今、行かないと、あとで後悔する。そんな気がした。

 だが、その目的で行こうとすると、何かに遮られたりするものだ。

 図書館が見えてきた時、図書館帰りなのか、あの佐藤と、女の子が階段を下りてくるのが見えた。

 佐藤は、かつて僕の友達のふりをして一緒に登下校を繰り返していた男だ。

思い返せば、加藤ゆかりは、その佐藤に片思いをしていることを僕に打ち明け、その後、水沢さんも交えてダブルデートをした。

 女の子の方は、いつも佐藤にすり寄っていた山野いずみだ。

 佐藤は「俺は寄ってくる奴は嫌いなんだ」と言っていたが、今見る限りでは、もろにすり寄られて一緒に歩いている。あの二人、つき合っているのか? 佐藤はいつかは速水部長のことを「タイプなんだ」と言っていたが、速水さんを諦め、よりによって女狐のような顔の山野いずみと・・

 あの意地悪そうな顔の山野いずみには僕が一年の時、

「鈴木君って、いるのかいないのか、わからないわよね」と言われたことがある。

影が薄い・・その言葉は人伝えに訊くことはよくある。しかし山野いずみの場合は直接、面と向かって言われた。

 どんな時に言われたのか? それは、廊下で出会い頭にぶつかった時だ。ぶつかってきたのは彼女の方だ。いくら僕が影が薄くても、ちゃんと前を向いて歩けよ。


 そんな二人に声をかけられるのはイヤだなあ・・そう持っていると、

「鈴木じゃないか」と、さっそく声をかけられた。

 山野いずみの方は挨拶しないし、僕の顔を見ていない。彼女にとっては、僕が透明にならなくても、「いない者」扱いなのだろう。

 僕が不愛想に「おお・・」と返すと、

「暑いな・・その辺の喫茶店でアイスコーヒーでも飲みに行くか?」と誘われた。

 佐藤とは学校の裏庭で水沢さんと揉めた経緯があるが、あいつ、忘れているのか?

「今から、自習室に行くところなんだ」僕は軽く断りを入れた。

すると佐藤は、

「鞄・・持ってないじゃないか」と指摘した。

 しまった。感情の赴くまま、ここまで来たので、何も考えず、何も持ってきていなかった。自習する気がないのがばれた。断る理由を失ってしまった。

 佐藤につき合うのは気が進まないし、図書館のどこかに、水沢さん、もしくは石山純子がいることも気になる。

 どう言って断ろう、と思っていると、山野いずみが佐藤の腕に手を回し、「ねえ、佐藤くん。そんなのほっといて行きましょうよ」と僕を見ずに言った。

「そんなの」・・僕は「そんなの」なのか。僕はいろんな言い方をされるものだ。ちゃんと僕には名前があるぞ。ムッとした僕は、

「佐藤・・少しなら時間はある」と答えた。

 断らなかった意図・・山野いずみに不快な思いをさせること。僕が喫茶店に同席すれば、佐藤と二人きりになるのを邪魔できる。小さな抵抗だ。自習室に行くのはその後でいい。

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