第195話 ナミのアドバイス

◆ナミのアドバイス


「ん? 何、兄貴。珍しく私に相談って?」

 いつものようにクーラーの効いたリビングでダラダラと過ごしているナミに話を切り出した。

「なあ、ナミ、初デートって、どこに行くものなんだ?」

 そう僕が訊くと、

 それまでソファーに横になっていたナミはすっと起き上り、

「ええっ! あの奥手の気の弱い兄貴が、ついにデートデビュー!」と茶化すように言った。

 そして、キッチンで忙しそうにしている母に「お母さ~ん。兄貴がデートするらしいよ。今晩は赤飯だね」と伝えた。

「おいっ、いくらなんでも大袈裟過ぎるだろ!」それに失礼な物言いだ。奥手の気の弱いは言い過ぎだ。

 母は「道雄がデート? 冗談でしょ」とナミに返した。母もきつい。傷つく。


「兄貴・・それで相手の了承は取り付けたんだよね?」

「ああ」まるで、営業が仕事をとってきたみたいな言い方だな。

「あとで、キャンセルされるとか?」

「その可能性はある・・」と僕は自信なさげに応えた。加藤なら「中止!」とか言ってくることもありうる。「鈴木、ごめんねぇ・・やっぱり、やめとくわ」とか。


「で・・どっちから申し込んだの? まさかと思うけど、先方さんからなんてことはないよね」

 ナミ、お前は完全に兄を見下しているだろ。

「こっちから、『デートしよう』・・そう言った」

 僕がそう言うと、ナミは「やっぱりそうかあ・・だよねぇ~」と言って、姿勢を崩し、

「兄貴なら、たぶん、キャンセルの可能性が大だよね」と笑った。

「おい、予定変更が前提かよ!」

「ちゃんと、快く返事を返されたんだよね?」念を押される。

「ああ・・」加藤は「うん」と言って笑顔を見せていた。

 それは、弾みで申し込んだデートだった。

 僕は水沢さんに告白することはない・・そう決めていた。

けれど、告白せずに、好きという気持ちが伝わればいい・・そう思っていた。けれど、それは伝わらなかった。人の心を読む水沢さんには伝わらかった。

 あの時、石山純子の登場で僕はやけになっていたのだろうか。


「それでさ、肝心の相手は誰なん?」

「ナミの会ったことのある人だよ」

 ナミは、水族館の帰り、水沢さんと加藤に会っている。

 ナミは、その二人をあれやこれやと評価した。

「髪のショートの子の方が、兄貴には似合ってるよ」とか、

「ショートカットの子だったら、すぐ上手くいくよ」だとか。

 加藤をお手軽女子のように言ったかと思うと、

「恋は手が届かない方が、激しく燃えるかもね」とも言った。

 ナミの言葉に振り回されるわけではないが、ナミの言葉は時々、真実を突いていることがある。


 ナミは水族館で出会った二人の事を思い起こすような顔をした後、

「ひょっとして、あの綺麗な人?」

 もしそうだったら、信じられない・・ナミはそんな言い方をした。

「綺麗な人?・・水沢さんのことか?」

 水沢さんは綺麗な人・・やはり他者にはそう評価されるのか。

「髪がショートで、スポーツ系の子は、確か加藤ゆかりさんだったよね」

 加藤ゆかりを表す的確な言葉だ。

「ああ・・そうだ・・僕がデートを申し込んだのは、その加藤の方だ」


 僕はそう言うとナミは、

「ふーん」と言って、腑に落ちない表情となった。

 なんでそんな顔をするんだよ。

「やっぱり、兄貴はお手軽な方を選んだかぁ」とナミは伸びをしながら言った。

「おい、お手軽な・・とかいう言い方はないだろ」僕は猛抗議をした。加藤に失礼だ。

 続けて、僕は「ナミも、加藤の方がお似合いだと言ったじゃないか!」と強く言った。

 ナミは「そんなこと言ったっけなあ」としらばっくれる。

 そして、

「兄貴ってさあ・・昔っから、顔に出やすいタイプなんだよね」と言った。

「そうだとして、顔になんて書いてるんだ?」

「うーん」とナミは頭を捻り、

「あんまり、嬉しそうに見えないよ」と短く言った。

 僕が嬉しそうに見えない?

「そりゃあ・・妹を前にして、はしゃぐわけにもいかないだろ」と僕は答えた。

 僕がそう言うと、「そりゃそうだよね」と小さく言った。


「・・で、どこに行くものなんだよ? 初デートは」と僕は最初の質問に戻した。

 するとナミは急に嬉しそうな顔になり、

「そりゃ、映画でしょ。クーラーが効いているし、会話が続かなくても、ある程度は誤魔化せるし」と言った。

 ソファの上で胡坐をかき、得意気にナミは語る。まるで恋愛の師匠みたいに。

「そ、そうか・・映画館か」

 と、僕が言うと、

「でも、そう言う私も彼氏と映画館に行ったことはないんだけどね」とナミは笑った。

「なんだよ、それ」

「だって、退屈じゃん」

 ナミが退屈かどうかは知らないが、僕は眠くならないようにカフェインを飲んでいくだけだ。

 しかし・・それにしても。

 いくらあの加藤とはいえ、改めてデートとなると、かしこまってしまいそうだ。

 同時に、デートを申し込んだことも後悔し始めた。

 水沢さんと加藤は喧嘩みたいになってはいたが、二人は基本は友達同士だ。加藤が僕とデートすることを水沢さんに言ってしまえば、もう水沢さんとは縁がなくなる。

 それは加藤とのデートが、もし一回だけで終わったとしても同じだ。僕が水沢さんに好意を持っているとは思われなくなるだろう。

 ああ・・僕はなんてことを・・

 元は、と言えば、あのオープンテラスに石山純子が現れたからだった。

 それにしても、運命というものは何をしても本意とは違う方向に転がっていくもののようだ。

 それにもう引き返せない。

「それで、いつデートするん?」

「今度の日曜日。あさってだ」

「何で日曜日!・・夏休みだから、平日でいいじゃん。混むし」

「なんとなくだ・デートは日曜日にするもの・・勝手にそう思っているだけだ」

 僕がそう言うと「なにそれ。兄貴、面白いんだけど」と笑った。


 そして、その三日後には花火大会だ。

 本当に行くことになるのかな? 二人は喧嘩モードだったし・・


 ナミとの会話も終わり、二階に上がろうとすると、ナミが呼びかけるように、

「兄貴、告白するんなら、ちゃんと自分の気持ちを確かめてからにした方がいいよ」と言った。

 告白?

「誰が告白するといった! デートするだけだ」と僕は返した。

 ナミは「あとで後悔しないようにねえ~」とふざけ口調の言葉を最後に放った。


 ナミには詳しく言っていないが、

 加藤とは、「一回だけデートする」・・それだけだ。そこには告白も何もない。

 だが、ナミの言った「自分の気持ちを確かめる」ということ。

 それが次第によくわからなくなってきた。

 僕は一体・・誰が好きなんだ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る