第197話 佐藤と山野いずみ②
三人で近くの喫茶店に入ると、予想通り、山野いずみは不機嫌な顔になった。あからまさに僕を無視して、顔も合わせない。
そんな山野いずみを佐藤は全く気にしていないようで、学校の話などをどんどん進める。
彼女の方は退屈なのか、髪をいじっている。
退屈なのは、僕も同じだった。佐藤の話は面白くない。話題が一般的過ぎる。それに所々、悪口の言い放題だ。
図書館で透明になる計画は止めたので、予めカフェインを飲んで家を出た。そうでなかったら、二人の目の前で透明になるところだ。
山野いずみがあまりにしゃべらないので、
「二人はつき合っているの?」と訊いてみた。その言葉に山野は即座に反応した。
反応したが、山野いずみは、僕を見ずに佐藤の方を見た。佐藤の言葉を待っているようだ。
「そんなわけないだろ」佐藤はあっさり返した。「こいつとは、たまたま、図書館で一緒になっただけだ」
何となくの予想通りだ。山野いずみは佐藤のタイプでは絶対にないし、当然、僕の好みでもない。
それにしても・・山野は僕を「そんなの」と言い、佐藤は山野を「こいつ」と呼ぶ。
言ったことが、我が身に降りかかる、というやつか。
推測するに、図書館を出る時、山野の方から「佐藤くん、一緒に帰りましょうよ」とか言って誘ったのだろう。佐藤にとっては山野いずみはただのお飾りに過ぎない。単に佐藤は一人で歩くのに抵抗があるのだろう。以前、僕も散々利用された。
僕がした質問がきっかけになったように、
「鈴木は、つき合っている女の子はいるのか?」と佐藤は訊いてきた。
僕は「いや」と返した。それは本当だ。加藤とはデートの予定だが、つき合っているわけではない。それに加藤ゆかりのことは佐藤に話したくない。
水族館でのダブルデートの時、佐藤は加藤ゆかりの前で、速水さんの話をぺらぺらと話し、加藤を傷つけ、泣かした。
あの時の加藤の涙は忘れず、今でも心の隅に残っている。
それに反して、佐藤の頭の中には加藤のことはこれっぽっちも残ってはいないだろう。
佐藤は「実はさあ、今、俺も空きなんだよな。告白されることはあっても、みんなタイプじゃない子ばっかりだしなあ」
佐藤に告白する女の子はさぞ多いと推測する。中身はともかくとして見かけは格好いい。羨ましいことだ。
しかし、山野いずみが横にいるのに、そんなことをよく言うよな。
一方、彼女の方は、佐藤のそんなセリフは慣れているのか、それとも、僕の方を見るのがイヤなのか、窓の外を見ている。
佐藤の扱われようを見ていると気の毒にも感じられる。
だが、そう同情はしても、彼女にとって、現在の僕は迷惑以外の何ものでもない。
「やっぱり、俺は速水さんだなあ・・理知的だし」
佐藤が伸びをしながらそう言った。
佐藤は前から文芸サークルの速水部長がタイプだと言っていた。水沢さんではない。
そんなことを今も言っているし、佐藤に好意を抱いている加藤ゆかりの前でも散々言っていた。
「鈴木は、いいよなあ・・速水さんと同じクラブで」と佐藤は言ったが、羨ましくも何ともない様子だ。佐藤にとって、速水さんのことは単なる話題に過ぎないのだろう。
そんなセリフを隣の山野いずみが快く思う訳がない。
視線を窓の外から店内に移し、「ねえ、佐藤くん・・あんなメガネ女のどこがいいの?」と言った。「本しか友達がいないんじゃない?」
メガネ女! 本しか友達いない!・・だと?
・・速水さん、知らない所で、こんな言い方をされてるぞ。ちょっと酷い言いようだな。
この女、男にも女にも嫌われるだろうな。
いくらなんでも言い過ぎだと思い、山野いずみに何か言ってやろうと言葉を選んでいると、
速水さんをけなされた格好となった佐藤が、
「おい、山野・・お前の方こそ、誰も友達がいないんじゃないか? 男連中に嫌われているようだし」と強く言った。
すると彼女の方も黙ってないで、
「そ、そんなことないわ。友達なんていくらでもいるし。今年に入って、三人も告白されたわ」と返した。変な自慢だな。
そんな山野いずみに佐藤は、
「山野・・悪いけど、少し黙っててくれないか」と強く言った。
すると、山野いずみはいきなり立ち上がり、僕を睨みつけ、
「あんたのせいよっ!」と激しく罵るように言った。
ええっ、僕のせいなのか?
そんな強い目で僕を見たりして・・僕の姿は見ないようにしていたんじゃないのかよ。
山野いずみは「佐藤くん。悪いけど、私、先に帰る」と言って鞄をかけ出口に向かった。
佐藤は「おい。山野っ、支払いは!・・」と声で追いかけたが、聞こえないようだ。「しゃあないな。山野の分は鈴木と折半だな」
山野いずみがいなくなっても、佐藤は何でもなかったように。話を続けた。
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