第182話 青山邸であろうことか・・②

 いや、別に養子に入るわけじゃないし、そもそも芝居だ。

「お義母さま、存在感なら、彼より、私の方が影が薄いですわ」

 思わず吹き出しそうになる。青山先輩が影が薄いのなら、人類のほとんどがその姿を見ることはできないだろう。

 しばらく間が空いた後、

「それに・・彼の『青山先輩』って呼び方・・あれは何なの?」と言う声が聞こえた。

 青山夫人・・聞き逃していなかったのか。

 また間が空いた後、

「・・鈴木くんは、私のことをそう呼んでくれます」

 青山先輩の苦しい言い訳が聞こえた。

「鈴木くん・・って、あなたたち・・本当につき合っているの?」

 疑いを向ける青山夫人の問いに青山先輩の返事がない。形勢は青山先輩に不利だ。


 そんな青山先輩を僕は・・

 そう思った時、僕は重い扉を勢いよく開けていた。

 青山夫人が僕をぎろっと見て、青山先輩が「トイレの場所、わかったかい?」と訊いた。

 僕はそんな二人に「失礼しました」と軽く謝り腰かけた。

 そして、いきなり、

「あ、あのっ・・青山先輩・・いや、灯里さんの話し方ですけど、僕は変だとは思わないし、むしろ好きです」と言って、

「でも、灯里さんの男性のような話し方は、この家で、青山先輩、いや、灯里さんが抑圧されていることの証じゃないでしょうか。僕はそう思います」と続けた。

 僕の言葉に熱が入っていく。それ故に二人も黙って聞いている。

 そうなると、誰がどんな反応をしようが、おかまいなしになる。

 僕の言葉は進み続ける。

「それに、僕たちを見て、不釣り合いだとか、僕の格が低すぎるとか、そう思われるかもしれません。でも、マナーはこれから勉強しますし、そんなことは大した問題ではないと思います」

 青山夫人は、「マナーが大した問題じゃないですって!」と呆れた声を出す。


「それに、僕のマナーが悪くても、既に僕は、灯里さんとおつき合いを始めましたし、マナーが悪いと注意されたからといって別れるつもりもありません」

 僕はきっぱりと言った。

 それに対して青山夫人は、

「口を挟んで、申し訳ないのだけれど、私は、あなたがマナーが悪いとは一言も言っていないわよ」と冷静な口調で言った。

「そ、そうでしたか・・僕が影が薄い・・でしたか」

 僕がうろたえながら言うと、青山夫人は、

「それは、あなたがトイレに立った時よ。あなた、立ち聞きしていたのね」と不快な声で言った。

 まずい。会話が悪循環している。

「い、いずれにせよ」と僕は青山夫人の言葉を借りて、

「僕は、どう言われようと、灯里さんと別れたりはしません」

「それ、本気なの?」

「本気です。僕は灯里さんのことが、好きです」

 そう強く言いながら、僕は思った。

 どうして同じ言葉を水沢純子に言えないのだろう。

 そう断言できる自信が僕にはないのだろうか。

 そう言えるほど、僕はまだ水沢さんのことが好きではないのか、あるいは、心のどこかで他の人のことを思っているのだろうか。それとも、まだ中学の初恋、石山純子を引き摺っているのか。

「青山先輩・・灯里さんに『私のどんなところが、好き?』と訊かれましたけれど・・僕は・・」

 僕は深く呼吸した後、

「灯里さんの・・包容力のあるところが・・好きです」と言った。

「包容力ですって?」

 青山夫人はそう復唱して、ぷっと吹き出し、大きく笑った。つられて青山先輩も笑っている。

「あなた、面白いことを言うのね」

 もしかして、この言葉、男女が逆・・だったか?

 青山夫人は、しばらく沈思した後、

「今日、あなたがここに来て、分かったことが二つあるわ」と前置きして、

「一つは、灯里さんに付けている早川が役に立たない男だということ。二つ目は、あなたが、青山家にとって、それほど害のある人間ではないこと」と言った。

「この家に近づいてくる男たちの中には、別の目的で寄ってくる者も多くいるのよ。そんな悪い虫を追い払う目的で、早川を灯里さんに付けていたのだけれど、意味がなかったようね。あなたのような男がいつのまにか灯里さんに引っ付いていたなんて」

 そう言って悪気のない笑顔を浮かべた後、青山夫人は、

「悪かったわね。お茶も出さずに」と言って、メイドさんのような人を呼び、紅茶と洋菓子を用意させた。

 その後、和やかな雰囲気がしばらく続いた。

 話の中心は、青山先輩がリードした。文芸サークルの話。僕が青山先輩を勧誘したところから、合宿での出来事など、当たり障りのない話を続けた。

 しばらくして、青山先輩が「お義母さま、今日は時間を頂いてありがとうございます」と礼を述べた。

 ようやく、ここを去る時間だ。

 疲れたあ・・これまでの緊張が緩む。

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