第181話 青山邸であろうことか・・①
◆青山邸であろうことか・・
「君は、私のどこが好きなんだい?」
真顔でそう言った青山先輩の問いに、僕はどう答えればいい?
そう思っていると、助け舟を出してくれたのは、夫人の方だった。
「灯里さん、その話し方はなんですか!」
夫人曰く、「お行儀が悪い」・・夫人は青山先輩の男性口調を戒めたようだ。青山家のお嬢さまの話し方ではない、そういう意味なのだろう。
夫人にとってはおそらく初めて耳にする言葉遣いだったのに違いない。
「私は、彼と話す時には、いつもこんな話し方なのです」
青山先輩は夫人にきっぱりと返した。自分の流儀を認めて欲しい・・そう聞こえた。
返された青山夫人は、「ふーっ」と長い溜息を吐いて、「全く・・どれもこれも、全部、早川のせいだわ。あの役立たず・・」と愚痴った。
夫人の怒りの矛先は全て早川に向けられた。
この大芝居・・大成功だな。これで早川は首決定だろう。
ふーっ・・安堵するのと同時に・・疲れた。
緊張が解れると・・逆に眠くもなるものだ。それが生理現象というもの。
えっ・・眠く?・・眠い?
ああっ・・しまったあっ・・眠くなってはいけないんだ!
こんな大事な時に眠くなるはずがないと過信し、カフェインも飲んでいなかった。
僕は、眠気を我慢すると体が透明化する。
それならば、いっそのこと、この場で寝るとするか・・
眠ってしまえば、体は透明化しない。
しかし、それでは、この青山家に檸檬を投じるという計画が台無しだ。
それこそ、更に青山夫人に「なんなの、このお行儀の悪い子は、人の家に挨拶に来て、人前で寝るなんて!」と見下されることだろう。
「あ、あのっ! 青山先輩・・」
僕は部屋を中座するために声を出した。
大きな声に青山夫人が訝しげに僕を見た。
しまった、青山先輩と呼びかけてしまった。青山先輩の恋人役として、何て呼ぶのかも考えていなかった。
「ト、トイレはどこですか?」
ようやく出した声に、青山先輩が「なんだ、我慢していたのか?」と言って、「私が案内するよ」と続けた。
案内! それもダメだ。そんな時間はない!
こんな場所で透明になったりしたら、目も当てられない。
「ばっ、場所を教えてください! トイレの場所を!」
「水臭いな、君・・それくらい私にさせてくれ」ドレス姿の青山先輩がふわりと立ち上がった。
青山夫人が再度「ちょっと灯里さん、その話し方・・」と戒めた。
うわあっ・・もう時間がない! 透明化まで数分だ。
僕は席を立ち、勢いよく扉を開け廊下に出た。
僕の背後で「一体なんなの、あの子は!」と青山夫人の憤る声が聞こえ、
青山先輩が「廊下を右に曲がって、突き当りだよ」と指示しているのが聞こえた。
何とか、トイレに入ることができた。
便座に腰かける・・ふーっ・・大きな息を吐いた。
おそらくここが僕にとっては、この邸内で一番落ち着く場所なのだろう。
体はいつものようにゼリー状・・
あれ? 透明になっていない。
まだ、早かったのか? 慌て過ぎだったな・・あと一分くらいで・・透明に。
それまで、ここで一息つくとしよう。
それにしても、大きく、かつ、綺麗、ゴージャスなトイレだな。
僕の家のトイレなんて、その目的だけのものだ。ここの場合は、読書をしたり、瞑想にも耽ることができそうだ。着替えもできる。
・・そんなことより、まだ透明化しない。眠くなったと思ったのは僕の勘違いか・・
しかし、今、トイレを出て途中で・・透明に、いや、それ以上に危惧されるのは、部屋に戻って座った時点で透明になることだ。
青山夫人・・驚くだろうなあ・・
いや、そうじゃない・・その時点で僕は「化物」扱いだ。
速水さんが実母と養父の前で透明になったのと同じ扱いになる。
ややこしいのは、青山先輩には半透明に見える確率が非常に高いということだ。
やはり、ここは、もう少しトイレにいることにしよう。
・・腕時計を見る。まだ透明化していない。
僕はトイレを出ることにした。ゆっくりと部屋に戻る。
すると、ドアの向こうで青山夫人の大きな声が聞こえた。青山先輩と言い争っているのか?
「灯里さん、あんな影の薄そうな男のどこがいいの?」
「お義母さま、交際するのに、影の薄い、濃いは関係ないと思いますわ」
「だって、交際がこのまま進むと、灯里さんが彼と結婚することも考えられるのよ」
結婚!
「ええ、そうですね。それも前提の上で、おつき合いをしています」
おつき合い?
「本気なの? あんな男・・ぺらぺらな感じの男と・・」
ぺらぺらっ! 僕に対する初めての酷評表現だ。
そんな会話を聞きながら、腕時計を見る。透明化はしていないし、今回はしないと確信した。
「お義母さま・・それは彼に対する侮辱です」と、青山先輩の援護。
「だから、何度も言うように、青山家にとって存在感は大事なのよ」
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