第178話 池永先生の教訓②
先生は続けて、
「それが、同情なのか、本当に、その人を思いやっているのか、先生にはわからないわ・・けれど・・」
「けれど?」僕は続きを促した。
「あんまり、深入りして、一番肝心の、自分のことをなおざりにしちゃ・・いけないんじゃないかなぁ」
そう言って池永先生は、「あれ? 今日の私、先生らしいことを言ってるわよね」と小さく言った。
僕は、「先生は、いつも先生らしいことを言ってますよ」と応えた。そう言って笑うのを堪える。
そして、
「僕は、自分のことは、ちゃんと考えてますよ。勉強だって、きっちりスケジュールを組んでしているし、本も読んでます」
先生はストローで氷をカラカラと回しながら、
「例の・・初恋の・・誰だっけ?・・その何とかさんのことは、もう忘れたの?」
先生は、そんなことはきっちり憶えてるんだな。
だったら、あの発言も憶えているだろうか?
「僕の初恋のことは、ちょっと置いといて」と言って、
「先生、僕は小清水さんの多重人格のことを知りました」と話を切り出した。
すると、先生は目を大きくし、「知られるのは、時間の問題だったわね」と言って、
「沙希ちゃん・・合宿中にも、二度ほど、別人格が飛び出したみたいだし」と小さく言った。
「合宿中・・一度目は、酔っ払い連中に絡まれた時。そして、二度目は。須磨海岸で、あのキリヤマに僕がやられそうになった時ですね」
「そうね・・速水ちゃんも話を切り出さないから、私も敢えて触れなかったけれど、気づく人は気づいているのね」
「当たり前です。青山先輩にも悟られましたし、和田くんも知っています」
僕がそう言うと、先生は「そっかあ・・」と何かを諦めたように呟いた。「みんな、知っていたのね」
そして、僕は池永先生にこれだけは言っておかなければならない。
「先生は言ってましたよね?」僕は強く切り出した。
「え・・私、鈴木くんに何て言ったのかしら?」
「先生は、『小清水さんのことを好きになっても仕方ない』・・・そう言ってましたよね」
池永先生は思い出したらしく、
「ええっ、鈴木くん、先生のそんな話、よく憶えているわねえ」と感心したように言った。
「そりゃ、憶えていますよ。先生は、そう言ったことを憶えてましたか?」
先生は天井を見ながら、
「うーん、そうよね。似たようなことは確かに言ったわよね」と言った。
「それじゃ、言わせてもらいます」
そう語気を強めた僕に先生は身構える。
「誰かが、小清水さんのことを好きになってもいい。そう思います」
そう僕はきっぱりと言った。
僕の言葉に、先生は黙っている。
そして、
「そうね、わかったわ」と小さく言って「本当ね・・鈴木くんの言う通りだわ」そう言って微笑んだ。
「この世界に鈴木くんのような男の子がいるんだから、沙希ちゃんのような子も、自由に恋愛できるわよね」
「自由に・・?」
「そう、自由に・・よ」
先生はそう言って、「沙希ちゃんは・・前にね、私に言ったことがあるの」と続けた。
「小清水さんが先生に?」
「沙希ちゃんはね・・『私のような人は、恋愛してはいけないんじゃないでしょうか?』って、そう言ったことがあるのよ。沙希ちゃん、薄々、自分の多重人格のことを気づいていたのかもしれないわね」
だったら、
「だったら、先生がそう言われた時に、小清水さんにちゃんとアドバイスをしてあげればよかったじゃないですか!」僕は少し憤った。
僕に叱られたような先生はしゅんとして、「そう、ぽんぽん言わないでよぉ」と言って、
「だって、私自身が、恋愛経験が少ないんだものぉ」と小さくなった、
なんだか、池永先生をいじめている気分になっていると、
「鈴木くんって・・いつも一生懸命なのねぇ」先生はそう感慨深く言った。
一生懸命・・そのセリフ、小清水さんの別人格のヒカルにも言われた。
優柔不断の次は、一生懸命か・・そんなつもりもないけれど。
帰り際、先生は、
「早川講師のことはわかったわ。何か問題が起きた時には、鈴木くんの援護にまわるわ」と言って、
「少しは、私に先生らしいことをさせてね」と微笑んだ。
「先生は、僕の担任の先生じゃないですけど・・」そう僕が言うと、
「私は、文芸サークルの顧問よ」
池永先生は力強くそう言った。
そんな池永かおり先生は、店内の男性客の視線を多く集めていることに全く気づかないでいる。
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