第176話 ミズキとヒカル

◆ミズキとヒカル


「どうして、私に見えないものが、沙希には見えるんだよ」

 ヒカルは僕のいる所とは別方向を向いて言った。

「沙希さんは、気持ちの優しい子なんだ」と僕は言った。

「知ってるよ」とヒカルは答える。

「ヒカルは、沙希さんをいつも見てたんだろ?」

 ヒカルは「そうだよ」と答えた。「大事な人だからな。沙希と私は、一蓮托生っていうんだ」

 僕が「なんだそれ?」と言うと、「沙希に教えてもらった・・というか、沙希の頭の中にある言葉を私が使ってるだけなんだけどな」


 多重人格の世界・・それは不思議な世界だった。

 むろん、僕には理解できない世界だし、これからも理解することなんてないだろう。

 僕に分かることは、

 ミズキとヒカル・・それぞれの少女は、特に悪い性格ではない。

 ミズキは、小清水さんの性格を更に大人しくしたような少女だし、ちょっと品のよろしくないヒカルは、小清水さんと同調して、僕をキリヤマから守ろうとしてくれた。


 そして、今回、僕が透明化して、小清水さんにショックを与え、別人格を呼び出したのは、

 彼女たち別人格の少女たちに、消えてもらうためだ。

 それは、小清水沙希という少女の病気を治すためだ。僕にはこれ以上のことは考えられなかった。

 小清水さん、ごめん。


 そして、

「ヒカルは・・小清水さんの中から消えないのか?」と僕は小清水さんの別人格ヒカルに言った。「消えてくれないのか?」

 僕の願いにヒカルは、

「無理だね・・」と答え、「あんただって、消えてくれって言われて、ハイ、消えますってわけにはいかないだろ」と言った。

「いや、僕は、こうやって消えている」と即答した。

 そう言った僕に、ヒカルは笑って、

「なんか、あんた・・一生懸命なんだな。ちょっと面白いし」

 ヒカルは姿の見えない僕を見て言った、なぜか、お互いの目がちゃんと合っている。しかし、見えてはいないようだ。ヒカルの視線はあちこちに飛ぶ。


 そして、ヒカルの視線が少し合うと、

「あんた、沙希のことが好きなのか?」とヒカルは言った。

「好き・・恋愛としての好きではないけど・・小清水さんを大切に思っている」

 それがサークル部員としてなのか、それ以上の気持ちなのかはわからない。

 それも僕の優柔不断な性格のせいなんだろう。


「なんだよ、それ・・優柔不断な男だな」

 ヒカルはそう大きく言った。優柔不断・・これで三度目だ。速水さん、妹のナミ、そして、小清水さんの別人格ヒカルにも言われてしまった。


「僕には好きな人がいる」僕はきっぱりと返した。

 ヒカルは「ふーん」と言って、

「沙希に、言っておくよ・・鈴木のことは諦めろって」と言った。

「えっ、そんなの言えるのか?」

 別人格が本体の小清水さんに話すことって・・可能なのか?

「言えないよ・・」

 そうヒカルは強く否定して、

「心に伝えるんだよ・・思っていれば、心は伝わるものなんだよ」と言った。

 そうか、やっぱり、心は伝わるんだな。


 しかし、問題はそれだけではない。

「ヒカルに、まだ聞きたいことがあるんだ」

「なんだよ」

「このまま、ヒカルや、さっきのミズキの存在が大きくなって、本体の小清水さんが消えてしまうことはないのか?」

 僕がそう訊くと、ヒカルは笑って、

「ありえないよ。もし、そうなったら、沙希も、私たちも壊れるからね」と答えた。


 そして、ヒカルの顔が、ぴくっと痙攣したかと思うと、

「あ、ダメだ・・沙希の奴が出たがっている」と言った。

「出たがっているって?・・」

 ヒカルから、元の小清水さんに戻るのだろうか?

 すると、ヒカルは、

「姿は見えなかったけれど」と前置きし、

「鈴木・・あんたの顔が見たかったよ」

 ヒカルはそう名残り惜しそうに言った。


 ヒカルがそう言った瞬間、ヒカルの体が再びガクンと揺れた。

そして、「はっ」と顔を上げたその表情はいつもの仏の小清水さんそのものだった。


「あれ、鈴木くん?」

 小清水さんは戸惑いの表情を見せ、さっきまでの記憶を呼び戻し、補完しているように見えた。

 そして、小清水さんは、

「私、さっき、恥ずかしいことを言ってしまって・・」そう言って顔を赤らめた。

 それは、僕のことを「ずっと好きだった」という小清水さんの言葉。

「鈴木くん、ごめんなさい」

「そ、そんなことは、謝らなくていいよ」

 そう言った瞬間、自分の手元、足元を見た。

 ええっ、まだ僕の体は、透明化したままじゃないか!

 小清水さんには透明化状態の僕の姿が見えているのか!

 小清水さんに見える僕の姿は、半透明から完全に見えるようになったっていうのか?

 その理由は・・

 小清水さんに何か、心境の変化でもあったのか。


 そんな僕の驚きの表情を見ながら、小清水さんは、

「でも、私・・鈴木くんのこと、諦めない」ときっぱりと言った。

 なぜかいつもの小清水さんより自信に満ち溢れているように見えた。

 そして、小清水さんはこう言ったのだ。

「私、誰かに励まされた・・そんな気がするの」

 励まされた? 小清水さんの恋の応援を誰かがした?

小清水さんは続けて、

「鈴木くんのことを諦めちゃダメだって・・そう言われた気がするの」と言って笑顔を浮かべた。


「そ、そうなんだ・・」僕はしどろもどろになる。

 それって、まさか、ヒカルが・・

 ヒカルは、僕のことを諦めるように小清水さんに言ってくれたんじゃないのかよ!

 その正反対で、ヒカルは小清水さんを励ましたんじゃないのか。

 いや、待て、ヒカルは、小清水さんの心に伝える。そう言っていたよな。

 いずれにしても・・

 一体、どんな心の伝え方をしたんだよ!


 そんな疑問の渦巻く中、僕の体は元の状態に戻った。戻ったといっても、小清水さんには見えているのだから、ほとんど意味がない。


 ああ・・鈴木道雄の大失敗の巻だ。

 僕の透明化・・そして、それによる多重人格のショック療法は、無に帰した。

 これまでの気を張り過ぎた今日一日の疲れがどっと出てきた。

 

「鈴木くん・・どうかしたの?」

 小清水さんは綺麗な笑顔で言った。

 

 それから、小清水さんとは、いつものように、部活の帰りのように帰路についた。

 校舎を出ると、いつものように小清水さんは「私はこっちだから」と言って、北のバス停に向かい、そして、いつものように振り返ると、遠くから小清水さんが「鈴木くん。バイバイ」と言って手を振ってくれた。


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