第130話 その二つの胸の感触は?①
◆その二つの胸の感触は?
僕の体が元に戻ると、速水さんと僕は腰を上げ、他のサークルメンバーと合流することにした。
道すがら速水さんは、
「困るわね。私には鈴木くんの姿がずっと見えているから、いつ元に戻ったのかわからないじゃないの」
速水さんは、さっき僕が透明から元の体に戻ったことをちゃんと報告しなかったので少し機嫌が悪い。
「そう言われても、僕に非はないだろ」と僕は抗議した。それに言うのが遅れた、って言うけれど5分も経っていない。
そんな言い争いは常人の会話ではない。透明化能力を持つ者の間で交わされる会話だ。
と、思っても格好よくもなんともない。
いずれにせよ、透明化中に再透明化して、時間を倍に伸ばせることが分かった。
再透明を連続して行えば、ずっと透明状態を保てるのではないのか?
そうすれば・・
そう思っていると速水さんが思い出したように、
「再透明は、連続してはできないと思うの・・私が三度目を試みても無理だったから」と言った。
三度目って・・それ、どんな状況だよ。
速水さんは小さく「だから、無理なのよ」と言った。
僕が「何が無理なんだ?」と訊ねると、
「こんな特別な能力・・人とは違う力を持っていても・・大きなことは何もできない・・」と力なく言った。
「鈴木くんだったら・・男の子だったら、女風呂を覗き・・とかできるのだけれど」
僕は「今、真面目な話をしてるんだよな?」と問うた。どっちなんだ?
速水さんは「どっちもよ・・私に透明化能力があるとわかって、初めの頃は、好きな人が何を考えているのか? 知ることができるのでは? とも思ったりしたわ」
「速水さんがそんなことを考えるなんて・・信じられないな」
速水さんも一人の女性・・
「でも・・それは無理・・人の心は、どんな能力を使っても、知ることはできない・・それだけはわかったわ」
速水さんはそう小さく言った・・そして、「見つけたわ」と前方を指した。
青山先輩、小清水さん、和田くんの三人は、町の中心である「ねね橋」の欄干にいた。
小清水さんが手を振っている。
有馬の観光地内はとても狭い、歩けばすぐに探す対象が見つかる。
「もうお昼の時間ね」と速水さん。
「みたいだな」と僕。
僕たち5人は近くの蕎麦屋で昼食をとることにした。
僕の向かいには速水部長と小清水さん。
僕の右隣には和田くん。左は青山先輩。
テーブル席に着くなり、小清水さんが皆に向かって、
「和田くんが、『金の湯』の売店で変なものを触ったって言うんですよ」と言った。
それ、僕の体の一部だ。
青山先輩が「見たのじゃなくて、触った・・のよね」と確認した。
小清水さんがそう言うと、僕の右隣に座っている和田くんが「そ、そうなんだ・・あれは人間の体の一部だよ。きっと」と自信たっぷりに言った。
向かいの席の速水さんが意地悪く「それって、噂に聞く透明人間じゃないかしら?」と言った。
速水さん、白々しいな。
和田くんは速水さんの話を真に受け「そうだよ。きっと透明人間だ」と断定した。
左隣の青山先輩がそれを聞いて「ちょっと、沙織、やめてよ、そんな話」と真剣な顔で抗議した。
青山先輩はそういう話が大の苦手なようだ。女性口調に戻っている。
僕は青山先輩の味方につくわけではないが、和田くんに対して、
「きっと夢でも見たんだろ」ときつく否定した。
そんな僕のセリフに和田くんはカッとなったようで「本当なんだ。あんなもの触ったのは初めてだ!」
あんなもの・・って、あんなもので悪かったな
小清水さんが「いったい、それって何なのでしょうねえ」と考えている。
ごめん、小清水さん。そんなに悩ませてしまって。
運ばれてきた蕎麦を食べながら、
「この部、やっぱりおかしいよ。きっと呪われてるんだ!」
いつか聞いたような和田くんの決めセリフに、
「いや、部じゃないだろ。おかしいのはお前の方だろ」と僕は返した。
そう言った僕に速水部長が、
「鈴木くんはやけに和田くんに対して手厳しいわね」と言った。
いや、辛く当たっているのは速水さん当人だと思うけど。
怪談めいた話が怖いのか、それまで黙っていた青山先輩は、
「和田くんの話は本当かもしれないわね」と肯定した。
青山先輩は、部室での速水さんの半透明の姿を見ているせいか、和田くんの話を理解するのが早い。
小清水さんが「やっぱり、幽霊って実在するんですよ」と断言するように言うと、
和田くんが「いや、小清水さん、僕が触ったのは、幽霊じゃないんだ。それは人間の・・たとえば・・」と言って和田くんの手が僕の胸に伸びてきた。
「おい、何をするんだよ・・」と言った僕の言葉と同時に和田くんが僕の胸をむんずと掴んだ。
そして、
「同じだ・・」和田くんは納得したように呟き「ちょうど、こんな感触だったんだ」と興奮しながら皆に説明した。
「おい、はなせよ」いつまで触ってるんだよ。
僕がそう言っても和田くんは、確かめるように何度か僕の胸を揉んだ後、ようやく手を離した。失礼だぞ!
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