第129話 再透明化能力②
だが、二人の会話の途中で透明化の効力が消え、元の姿に戻ったりしたら大変だ
ダメ元で、さっき速水さんの言った再透明化をやってみることにした。
元の姿に戻る前に、更に透明になる。
眠いけど、自己を保つ・・睡魔と闘う時の思念を体に取り込む。
体はまだゼリー状・・透明のまま・・
だが・・ああっ、
今、気づいたが、
そんなことしても・・
再透明化が成功しているかどうか確かめようがないじゃないか!
速水さん、難しい試練を与えないでくれよ!
結果的に、透明化時間が「2倍」になっていれば成功だとわかるのだけれど。
ああっ、もうどうでもいい。どうとでもなれだ!
青山先輩に僕が透明人間だとばれたら、それはその時だ。
このままここに座っていよう。
青山先輩が「ん?・・沙織・・湯呑みが二つあるけれど・・」と盆を指して言った。
速水さんと僕の湯呑茶碗だ。速水さんは即「二杯目よ」と適当に誤魔化した。
速水さんが青山先輩に「沙希さんは一緒ではなかったの?」と訊ねた。
「さっきまで一緒にいたんだけどね、先ほど、和田くんが異常な足取りで来て、変なものを掴んだ・・って、訳の分からないことを言いだして・・それで、沙希ちゃんが、和田くんの相手をしているよ。まだ、その辺にいるんじゃないかな?」そう青山先輩は説明した。
悪かったな、和田くん、変なもので・・それは僕の胸だよ。
そして、青山先輩は、
「鈴木くんがいないわね」と言った。
青山先輩には僕が見えていない。半透明でもない・・よかった。
何がいいのか悪いのか分からないが、とりあえず難は逃れた。
このままじっとしていよう・・再透明化が成功していることを願って。
呼吸も静かに・・
青山先輩の問いに速水さんは、
「さあ、鈴木くんはどこにいるのでしょうね。彼は影が薄いから、近くにいても気づかないかもしれないわね」と答えた。
半分、当たっている気がする。ちょっと腹が立つ言い方だが。
しばらく間を置いて、青山先輩が「朝、彼と散歩した時に、元々、沙織とは知り合いだったことを話したよ」と言った。速水さんは少し反応したようだが、「別にかまわないわ。元々話すつもりだったし」と答えた。
すると、青山先輩は、
「彼を私のところへ寄こしたのは、沙織なんだろ?」と男子口調で言った。
青山先輩の復部願いのことか?
速水さんは含みを持たせたような笑みを浮かべて「そうよ」と答えた。
そのあと、青山先輩は、
「私が、男の子と話すのなんて、久しぶりのことだった」と言った。
対して速水さんは「あら、お家が厳しいと、男子と話すのも禁止なのね」と皮肉った。
「そう言われても、しょうがない・・そんな家だ」
「青山家のかごの中の鳥・・っていうわけね」
腕時計を見ると、既に30分は経過している。まだ体はゼリー状だ。透明化を維持している。
再透明化は成功したことになる。
だが、今は、じっとしているしかない。歩き出すと、雰囲気で青山先輩に悟られる。
それにしても、こんなに長い時間透明化して、体は大丈夫なのか?
僕の隣では、青山先輩と速水さんの会話が続く。
青山先輩が
「私はね、嬉しいんだよ」と言うと、
「何が嬉しいのかしら?」
青山先輩は積極的にしゃべり、速水さんは少し構えながら話す。
「沙織が、楽しそうにしているのを見るのがね」
「私が楽しそう?」
「特に・・鈴木くんと話している時の沙織は楽しそうに見えるよ」
そんな言葉に速水さんは何と答えるのかと思って聞いていると、
「それは青山さんの気のせいよ」と軽く否定した。
そんな速水さんの言葉にふっと軽く溜息を洩らし、
「沙織は・・昔みたいに、私のことを『灯里ねえさん』と呼ばないんだね」
寂しそうに青山先輩はぽつりと言った。
速水さんは「もう呼び方を忘れてしまったわ」とワザとらしく答えた。
青山先輩はそんな速水さんに「沙織らしい答え方だね」と笑った。
・・でも、青山先輩は速水さんと元の関係に、昔みたいな間柄に戻りたいはずだ。
おそらくそれは速水さんも同じだろう。
すると、青山先輩は自嘲的に微笑み、
「沙織と、仲よくできないのなら・・私は、彼・・鈴木くんと仲良くなることにするよ。他に私の話し相手になってくれそうな人はいないからね」と言った。
ええっ、青山先輩が僕と仲良く? それはそれで・・
しかし、速水さんは「なれるかしら?」と言った。
そして、速水さんは青山先輩に、
「青山さんには、鈴木くんの姿が見えないのでしょう?」と言った。
その意味が青山先輩にわかるはずもない。
すると、青山先輩はそれには答えず、
「仲良く・・というのは冗談だよ」と笑って「沙希ちゃんを探してくるわ」と席を立った。
速水さんは青山先輩が遠のくのを確認すると、
「鈴木くん、もう大丈夫よ」と言った。
「あのなぁ・・大丈夫? と言われても、僕はまだ透明なんだ。何にもできないんだ」
しばらくこのままだ。あと10分くらいは。
・・まだ速水さんと二人きりの時間がある。
ちょうどいい・・僕は前から速水さんに訊きたい質問があった。
「なあ・・速水さんは僕みたいな透明化が起きないのか?」
「何? 僕みたいな透明化って・・影だけが薄くなることなのかしら?」
速水さんはいつもの皮肉口調で答えた。
「ちがうよっ」と僕は強く言って、
「つまり、眠いのに、起きていなければならない状況だよ。そんな状況が速水さんにはないのか?」
すると僕の問いに速水沙織は真顔になりこう返した。
「私、もう眠くなることはないのよ・・」
そんなはずないだろ! 眠くならないなんて・・そんな人間はいない。
そう言おうとした僕の声は、言葉にはならなかった。
速水さんだったら、そうなのかもしれない・・そう思えたからだ。
「鈴木くん・・私の言うことを真に受けているのね?」と笑って「大丈夫よ、眠たい時にちゃんと寝ているわ」
そう笑った速水さんに対して僕は、
「速水さんに最初言われた言葉の意味がわかったよ」と言った。
僕が初めて授業中に透明化した時、後ろの席の速水さんは言っていた。
「眠くなれば寝ればいいのよ」・・と。
「あれは、速水さん自身のことだったんだな?」
僕がそう言うと、
「あら、鈴木くんには珍しく察しがいいのね」と言って「その通りよ。私は、夜、眠くなる時に寝るだけ」とぽつりと言った。
眠たい時には寝ている・・つまり、速水さんは、就寝時にしか眠くならないのだ。僕のように、いや、普通の人間のように日中に眠くならない。そんな緊張感の中で速水沙織は日々を送っている。
彼女自身が少し大袈裟に言っていることはわかってはいるが、
速水さんには「安息」がない・・そう言っているようにも聞こえた。
そして、僕に・・「助けて欲しい」と。
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