第128話 再透明化能力①

◆再透明化能力


 現在、速水さんは透明化しているのか?

 透明同志じゃなかったら、僕に話しかけないだろう。

 どっちだ?

 速水さんが普通の状態で、透明の僕に話しかけたりしたら、速水さんは壁に向かって話しているようなものだ。

 速水さんは透明化している・・

 しかし・・あれ?・・僕には透明の速水さんが見えている。

 そうか、僕はついに速水さんの姿が見えるようになったのか、

 ・・僕は速水さんに何らかの感情を持つようになったのか、だから、見えるんだな。

 だが、僕の速水さんに対する感情・・って何だよ?


 などと考えていると、速水さんは、

「あら、鈴木くん、ひょっとして・・まだ透明のままなの?」と言った。

 なあんだ。速水さんは、普通の状態じゃないか・・変な風に勘違いして損した。

「ちょっと、透明化が遅れたんだよ」と僕は答えた。速水さんにとっては僕が透明でもそうでなくても同じに見える。


「それでは、私は誰もいない場所に・・空気に向かって話しかけているようなものね」

 そういうことだ。壁に向かって話しているようなものだ。

 速水さんはようやく自分の置かれている状況に気づいたのか、

「私としたことが・・恥ずかしい・・」そう速水さんはワザとらしく言った。「ああ、本当に恥かしいわ。近くの子供が見ているわ。恥ずかしい・・」僕に当てつけのように繰り返した。

 でも、僕のせいじゃないからな。

「恥ずかしいのなら、しゃべらなければいいだろ」と僕は抗議した。

 僕は恥ずかしくない。僕はしゃべっているが僕の姿は誰にも見えない。


 速水さんは「それでさっき和田くんが、おかしな顔で出て行ったのね」と言った。

「おかしな顔って・・そこは血相を変えて・・とか言うところだろ」と和田くんを擁護して、「あいつに透明状態の体を体を触られたんだ」と言った。

 速水さんはそれを聞いて笑い、

「鈴木くん、そんなことより、早く、元の姿に戻ってもらえないかしら?」

「無理言うなよ。そんな簡単に戻れないよ! それに僕に話しかけない方がいいぞ。変人扱いされるぞ」

「私は元々変人のようなものだから一向にかまわないわ」と屁理屈をこね、

「ねえ、鈴木くん、元に戻ったら、一緒に町の中をぶらぶらしましょうよ」と言った。

 え・・速水さんの誘い?

 僕が答えないでいると、

「あら、鈴木くんは、上級生のクールで、しかもお綺麗な青山さんとは、朝のデートができても、態度のでかい小憎らしい眼鏡の文芸サークル部長とは一緒に歩くこともできないっていうのかしら?」

「おい、まくし立てるのはいいけれど、その辺のオバサンが見てるぞ」と速水さんを戒めた。「それに、青山先輩とはデートじゃない・・ゆきずりのただの散歩だ」どちらでもいいけど。


 そんなやり取りをした後、速水さんは、

「私も恥ずかしいけれど、鈴木くんの方こそ・・元の姿に戻る時、ここに立っていれば、それこそ透明人間扱いよ」

 うーん・・言われてみればそうだな。誰もいない空間に突然、人間が出現する。 それこそ近くの子供はびっくりして泣き出すかもしれない。

「速水さん、とにかく外に出よう」

 外に出れば何とかなる。道中で実体化しても誰も見ていないだろう。通行人なんて誰も他人には関心がない。


 そして、透明化したままの僕と実体化している速水さんは外に出た。

 どこをぶらり歩きをするのかと思えば、

 速水さんは、「ここに座っていて」と言って、

 和菓子処のテラス席・・赤い布を敷いた長椅子に僕を腰かけさせた。店の中に速水さんだけ入って、有馬名物の二人分の饅頭を載せたお盆を運んできた。お茶つきだ。

「これは私の奢りよ」

「速水さん・・ありがたく食べたいけど・・饅頭は、手に触れると透明になるんだ」食べにくい。

 それはさっきの試食用の炭酸煎餅で証明済みだ。

「じゃ・・あ~んして」

 速水さんはそう言って饅頭を僕の口まで運んた。速水さんには僕が見えるから自在だ。

「あ~んっって、何だよ」

 それはちょっと情けない。目の前の饅頭を手で掴み、何とか口に放り込んだ。

 速水さんはがっかりしたように

「なんだ、つまらない」と小さく言った。


 それより・・

 このままの状態もまずい。おそらくあと数分程度で僕は元の姿に戻る。

 隣の長椅子では一組のカップルが談笑している。いくら注意力が二人の世界に入っていてるとはいえ、隣の席で突然、人間が出現すれば驚くだろう。それに前の道には通行人が絶え間がない。


「速水さん。僕、人目につかない所で元の姿になってくるよ」

 僕がそう言うと、

「人目につかない所で、元の姿に、って・・・スーパーマンのクラーク・ゲーブルみたいね・・かっこいいわ」と速水さんは笑った。

「スーパーマンはクラーク・ケントだ」僕はすぐさま修正させた。

 冗談を言っている場合じゃない・・あまり時間がない。


 そう思っていると、速水さんは落ち着いた様子で眼鏡を上げ、

「再透明化すればいいのよ・・」と言った。

「再透明化?」

 何、それ?

「鈴木くんが、昨日の夜、自主的透明化に成功したように、透明化中にもう一度、自己暗示をかければ、透明状態を延長できるのよ。私が実証済みよ」

「それ、本当か?」

 もし、本当なら、透明化して、行ける範囲が広がる。

「鈴木くん、今、イヤらしいことを想像したでしょ・・女子更衣室に潜入するとか?」

「し、してない」

 しかけました・・

「したわよね・・女風呂を覗き見るとか」

「してないっ!」

 僕の声に道行く人が見ていく。速水さんも変に思われている。独り言を言っている女性として。


 再透明化はまた今度の機会に実践するとして、今は、クラーク・ケントのようにどこか路地裏で着替えを・・じゃない。元の姿に・・


 だが、再透明化を実践しなければならない緊急事態となったのだ。


「あら、沙織・・こんな所にいたのね・・一人でお茶してるなんて」

 そう声をかけてきたのは、青山先輩だった。

 すらりと長身で腰まで届く髪、オーラ全開の孤高の文学淑女だ。

 今、動くわけにはいかない・・

 当然、青山先輩に僕は見えない・・そのはずだ。あまり自信もない。小清水さんの例もある。

 もしも・・仮にだ。青山先輩に、僕の体が上半身が裸状態で見えたりしたら、目も当てられない。青山先輩は、今度は僕のせいで再び休部員と化してしまう。


 だがそれはいらぬ心配だったようだ。

 速水さんが気を利かせ、僕の座っている方と反対の方に座るよう促した。

 腰かけた青山先輩は僕の方をまるっきし見ていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る