第118話 廻る六甲山展望台
◆廻る六甲山展望台
池永先生と待ち合わせの六甲山展望台・・ここは有馬温泉に至るまでの休憩ポイント地点だ。展望台はいわゆる廻る展望台で、その中には廻る喫茶室がある。
その展望台の近くの駐車場に、池永先生はいた。
どこにいるか、すぐにわかった。その理由は・・
僕の隣で小清水さんが「池永先生・・すごく大胆な格好ですねぇ」と小さく言った。
速水さんも「あら、びっくり」と言った。
ノースリーブの白シャツが大きな乳房を更に大きく見せている。更にその下は、ジーンズのショートパンツ。いわゆるホットパンツだ。
両素足が剥き出しのセクシーなお姿に、厚底サンダル。
既に陽に焼けてるのが遠目でもわかる。
その上、たぶん運転用なのだろう、真っ黒のサングラス。
これが池永先生の普段着なのか? 今すぐにでもナンパされそうだな。
それに今回の合宿・・先生にとっては傷心旅行のはずじゃなかったのか?
また変質者につけ狙われても僕は知らないぞ!
そして、そのセクシーマドンナ先生の横に一段と影の薄い和田くんの姿があった。
いや、もはや先生の陰で存在感がまるっきし感じられないレベルだな。先生の方ばかり見て、気づかなかった。
僕の横で速水さんが「和田くん・・ほとんど見えないわね」と言った。和田くんは僕の引き立て役を立派にしている。僕は少なくとも彼よりは皆に見えるだろう。
二人が来ると、速水さんが、
「先生、和田くんはどうしてここに?」と訊いた。
その言い方・・速水さんが若干イヤそうにしているのが丸わかりだ。
更に速水さんは池永先生のご立派なお姿にも一歩引いているのがわかる。
速水さんは青山先輩も苦手のようだし、男嫌いのせいなのか、和田くんも受けつけないらしい。そこへきて池永先生のような肌の露出の多い出で立ちも無理みたいだ。
「和田くんは私が連れてきたのよ」と明るい声の池永先生。
「彼は一体どこにいたのかしら?」
速水さんが先生に訊ねると、それまで見えなかった和田くんが「補習が終わって帰ろうと思ったら、池永先生が学校を出て行くのを見かけたんだ」と言った。「先生に『合宿に行ったんじゃなかったの?』って訊かれて」
和田くんがそう言うと、池永先生が「和田くんが『行きそびれました』って言うから、私が引っ張ってきたっていう訳なのよ」と説明した。
一応、和田くんは行くつもりだったのか、宿泊の用意だけはしていたようだ。
それにしても、和田くん・・このセクシーマドンナ先生の車に乗せてもらったというのがクラスの男子にばれたら、恨まれるぞ。
小清水さんがそんな様子を見ながら、「旅館の予約は大丈夫ですよ」と微笑んだ。
青山先輩が僕に「この子が、新入りの男の子なのね」と言った。
同時に和田くんが青山先輩に「あのっ、僕、新しく文芸部に入った和田です」と自己紹介をした。
対して青山先輩は軽く一礼をするに留まった。
速水さんが一言、「彼は鈴木くんの引き立て役なのよ。影が薄い点のね」と言った。
それはよけいだ。
「じゃあ、みんな揃ったことだし、展望台でお茶でもしましょうか?」
と池永先生が先生らしく号令をかけた。
展望台に上がる際、速水さんが「鈴木くん、くれぐれも透明にならないでよ」と耳元で囁いた。
僕が「ならないよ。全然眠くないし」と答えると、速水さんは「こういう山の上、気圧が低い所で透明になったりしたら、元に戻れなくなるそうよ」と脅かすように言った。
「それ、本当なのか?」思わず大きな声で訊いた。
透明にならないと答えても、自信はない。今まで色んな経験をしている。
すると速水さんは「冗談よ」と言った。そして、「池永先生のあんなセクシーな体を見たら、男の子は眠くなる暇もないわね」と皮肉った。
展望台の喫茶室で小清水さんが合宿のスケジュールを説明した。
合宿の会計や、段取りをする小清水さんはしっかり者だ。とても和田くんが出会った別人格の小清水さんには見えない。
そして、宿泊先での予定。わが文芸サークルには読書会以外の活動はない。まさか、これだけ人が集まって、黙読会というのもあり得ない。
読書会のための本は事前にメンバーそれぞれが選んできている。二泊三日の予定の合宿、時間がたっぷりある。
部員それぞれが選んだ本の順番を速水部長が説明する。
速水さんは「和田くんが選んだ漱石先生の『三四郎』が没になるところだったけど、持ってきて正解ね」と言った。速水さん以外の部員も皆持ってきていた。
読書会の本は、和田くんの「三四郎」以外に、
古典好き速水さんの「友情」武者小路実篤作。
翻訳本の好きな小清水さんの「グレート・ギャツビー」フィッツジェラルド作。
青山先輩は短編「檸檬」梶井基次郎作。
そして、僕の愛読書「雪国」川端康成作。
サークルの顧問である池永先生は傍観者に徹するみたいだ。いや、先生は読書会の時間を抜けて遊びに行くんじゃないか?
そして雑談タイム・・
「鈴木くん、けっこう焼けたわね」
僕の向かいの速水さんが眼鏡をくい上げし、僕の顔や腕をまじまじと見た。
僕が「プールに行ったんだ」と答えると、
「ひょっとして、鈴木くん、お一人で?」と訊いた。
僕は「違うよ」とムキになって答えた。「友達とだよ」
「あら、鈴木くんのお友達なんて、初耳ね」
そして小さな声で「まさか、プールの中で透明になって、女の子を触り放題とか」と言った。
「してないよ!」
透明にはなったけどな。加藤の体にも触れたけどな。
触り放題じゃないっ!
そんな話をしていると隣の和田くんが「いいな。プールに一緒に行く友達がいるなんて、うらやましいよ」と言うと、青山先輩が優雅な黒髪を揺らしながら「私もいないわよ。この夏も誰とも海に行っていないもの」と言った。
和田くんは当然のように青白く、青山先輩は不自然に白い。
僕は「小清水さんはどこかに行ったの?」と青山先輩の隣の小清水さんに訊ねた。
小清水さんは若干陽に焼けてる。
「うん。家族と海に」と小清水さんは小さく答えた。
池永先生は訊くまでもない。
速水さんが「先生は・・女性のお友達と行ったのね」と皮肉たっぷりに言った。
池永先生は飲みかけのジュースをいったん置いて「やっぱりわかるう?」と言った。
一応、この合宿の発端は先生の癒しのためのものだから。
そんなプールや海の会話が弾むと、
小清水さんが「合宿も、海とかの方がよかったですかねえ」と残念そうに言った。
「あら、須磨の海水浴場くらいなら、合宿の帰りにでもいけるわよ。家が近いから、水着も取りに帰れるわ」
速水さんのそんな提案に、青山先輩が、
「そうだったわね。須磨は沙織の叔父さんの家があるものね。沙織・・今もあそこに住んでいるのね」
え?・・・
そのことを僕は知っている。速水さんが母親に家を追い出された形で叔父さんの家に居候の格好で住んでいることを。
そのことは小清水さんとかは知っているのか? 池永先生は知っていそうだが、和田くんは全く知らないだろう。
何よりも驚いたのは青山先輩が速水さんの家の事情に詳しそうに見えたことだ。
そんな僕の心配が当たっていたのか、
速水さんは「はあっ」と大きな息を吐いて「青山さん。私が叔父さんの家に住んでることは言わない約束だったでしょ」と言った。
「・・だったわね。でもそんな秘密にすることでもないんじゃない」
大らかそうな青山先輩は淡々と言った。
僕たちのいる前でそんなやり取りをするところを見れば、そんな大した秘密ではなさそうだ。
速水沙織と青山先輩・・いったい二人はどういう関係なのか?
すると池永先生が「もういいじゃない。今はもう何もないんだし」と二人を制した。
池永先生の一言で、それっきり二人は須磨の家については触れなくなった。
二人が触れなくなったのはいいが、今度は池永先生が、
「でも・・海に行きたいわねえ!」と大きく言った。
小清水さんが「先生はもう十分に行ったんじゃないんですか?」と言った。
「行ったけど、まだ恋の花が咲いていないのよ」と浮ついた池永先生。
「これは文芸サークルの合宿ですよ」と厳しい僕。
「このサークル・・なんかおかしいよ」と未だにサークルにとけ込めない和田くん。
「青山さんはどう思います?」と少し機嫌の悪い速水さん。
「いいんじゃないかしら。先生につき合って海に行くのも。水着なんて向こうで買えばいいのだし」と青山先輩の一言で決まりそうな気配。
「私も海に行きたいです!」と仏の小清水さん。
その一言に「それなら」と腰を浮かす和田くん。
どうやら、決まりだな。
「みんなで合宿の帰り、海に行こう!」
僕はそんな積極的なことを言ってみたりした。そんな先導する言葉は人生で初めてのことだ。
そんな気分にさせる廻る六甲展望台喫茶室だ。
それにしても・・
そんな楽しい雰囲気の中、池永先生が速水さんに「速水さん・・水着とか、着ても大丈夫なの?」と訊いているのを僕は聞き逃さなかった。
それに対して速水さんは「大丈夫、何とかするわ」と小さく答えた。
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