第117話 六甲山へ
◆六甲山へ
「あの人、青山先輩だよな?」
僕は傍らの速水部長に訊ねた。
速水さんは「どうやら、そうみたいね」と言った。
この町で一番目立ちそうな高級車から降り立ったのは、休部中だった青山先輩だった。
車も目立つが、その人となりが更に際立っている。
まるで雲の上を歩くような歩き方、モデルみたいだ。
街角インタビューで今日出会った人で一番きれいな人は? と訊かれたら、誰もが迷わず青山先輩を選ぶ。そんな雰囲気を醸し出している。あまり褒めると他の女子部員に失礼にあたりそうだから、妄想をストップさせる。
今日は合宿の一日目だ。
合宿の当日、僕たち文芸サークル部員は、六甲山の麓のケーブル駅で待ち合わせをした。
旅館のある有馬温泉までは六甲山を経由する。六甲山頂まではケーブルカーと ロープウェイを乗り継がねばならない。車であれば別だが、高校生の僕たちにはこの方法しかない。
僕と速水部長、小清水さんの三人は電車でここまで来たが、青山先輩は車でここまで送ってもらったようだ。
速水部長は、涼しげな薄い色のシャツには履き古したようなジーンズ。小清水さんは薄い空色のブラウスにフレアスカート。僕はいつもの格好。二人のカジュアルな格好を見るのは初めてだ。
そして、どこかの深窓のご令嬢のようなスタイルの青山先輩は日傘を閉じ、髪をかき上げ速水さんに、
「久しぶりね、沙織」と綺麗な声で言った。
この暑さの中、青山先輩の顔は涼しそうに見えるから不思議だ。
「お久しぶりです・・青山さん」
速水さんの声はどこかよそよそしい。
速水さんは青山先輩を「苦手」だと言っていた。どうしてだろう?
青山先輩は放課後の部室で半透明状態だった速水さんをいまだに幽霊だと信じ込んでいる。どうして青山先輩は速水さんの姿が少し見えたのだろうか? それもよくわからないままだ。
「長く、部室には行かなかったけれど、中々いい子が入ったみたいね」
と青山先輩が速水さんに言った。
いい子・・そう言われて悪い気はしない・・何だか照れくさいな・・そんな褒め言葉、初めてだ。
「ええ・・」と速水さんは答えて「鈴木くんは、顔に出やすいタイプだから、ほら」と青山先輩に僕の顔を見るようにと、顔をくいと向けた。
僕の少し赤くなった顔を見て青山先輩は「この子が顔に出やすいのは知っているわ」と笑顔を見せた。
そうなのか・・青山先輩には数回会っただけだが、そんな風に思われているのか? 恥ずかしいな。
速水さんは更に悪乗りして「鈴木くんはいい子だけれど、クラスの中では影が薄くて通っているのよ」と言った。僕は速水さんの言うことに文句は言わないでおいた。
すると、青山先輩は、
「あら、影が薄いのは、私も負けないわよ・・クラスのみんなには私が見えていないみたいだから」と言って自嘲的な笑顔を見せた。
いや、それ、違うと思いますよ。目立ち過ぎのオーラが眩しすぎて、みんなが寄ってこないだけだと思いますよ。
そう勝手に思っていると、速水さんが、
「そのようね。青山さん・・以前にもまして、そのお姿がまぶしくて見えないわ」と速水さん一流の皮肉を言った。
青山先輩はそんな皮肉には気づかず、今度は小清水さんに向かって、
「沙希ちゃん・・元気にしてた?」
そう訊かれた小清水さんは「はいっ。青山先輩」と元気よく応えた。
朝から楽しそうな小清水さんを見ていると、こちらまで楽しくなる。
「池永先生はあとから車で来るそうよ」
速水部長が誰ともなく言った。
「六甲山のドライブウェイを走ってくるのか?」
「山頂の展望台で待ち合わせをしているのよ」と速水さんは言った。
合流するんだな。
六甲山から有馬温泉まで行くのは、僕らみたいにケーブルカー等を乗り継ぐ方法と、山を走り抜ける行き方がある。
「和田くんは結局、どうなったんだ? 合宿に参加しないのか?」
「さあ、どうかしらね」
速水さんは和田くんの動向に関心がないように見える。
和田くんは合宿には参加しない・・というか、もう来ないんじゃないか?
あの小清水さんの別人格事件から、部室には一度も姿を見せず、夏休みになった。
結局、男は僕一人だ。
青山先輩が「男子部員は君以外にもいるのね」と訊いてきたが、
「あいにく、今日は来ないみたいです」と答えた。
もう辞めたんだろうな。
有馬温泉文芸サークル合宿・・初めての体験が始まる。
小学校の臨海学校や、中学の時のキャンプとは違う。
クラス全員の集まりだと、普段から影の薄い、存在感のない僕は益々居場所がなく、時間を持て余したものだ。
けれど、今回は少なくとも部長の速水さんを始め、小清水さん、青山先輩、そして、顧問の池永先生は僕の存在を認知している。
僕が透明化しない限りにおいてはだが・・今日は数日分のカフェインを持参してきている。特に読書会は要注意だ。
僕たちサークルのメンバーたちは六甲ケーブル駅を発ち、ロープウエイに乗車した。
ロープウェイの左右に、幼かった頃、両親に連れられて来た六甲山の雄大な景色が広がっている。
標高があがると、気温が何度か下がったのが肌で感じられる。
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