第119話 「友情」~杉子のどぎついセリフ

◆「友情」~杉子のどぎついセリフ


 池永先生のマイカーは7人まで乗れるバンだったので、そこからは車で移動することになった。

 これは便利!

 とも言っていられない。ここは六甲ドライブウェイだ。あちこちに通称、魔のヘアピンカーブなるものが存在する。

「おい、これ、ちゃんと曲がれるのか?」と言いたくなるような池永先生の運転技術だ。正直上手いとは言えない。

 と、言っても、怖がっているのは、男子の僕と和田くんくらいで、速水さん、小清水さんはもちろんのこと、青山先輩も全く動じていない。女性は強い!


 それから、頂上の展望台で名物のかわらけ投げをしたり、牧場に寄ったり、とても文芸サークルの合宿とは思えなかったが、旅館について、ひと段落すると、

 男子の六人部屋・・僕と和田くんの宿泊部屋だが、そこに部員全員が集まり読書会を始めることになった。

 これが本来の文芸サークルの姿だ。

 青山先輩はしばらくぶりの参加。和田くんは初参加。

 夕食と風呂を挟んで二時間づつの予定だ。

 まず速水さんの選んだ「友情」が始まった。


「友情」は簡単明瞭型の三角関係の話だ。

 主人公の野島氏・・売れない小説家。運動できない。身体が弱い。たぶん、影が薄い。

 まるで僕のようだ。


 一方、友達の大宮氏・・思いやりがある。運動できる。みんなに慕われている。 小説家として成功しつつある。家にお金がある。たぶん、イケメン。

 ちょっと違うが、佐藤のような男か?


 そして物語のヒロイン杉子・・何と16才。美少女、性格は無邪気。快活かつ健康。

 主人公の野島の初恋の相手だ。 


 野島はヒロインの杉子を好きなのだが、あいにくと杉子は、イケメンの大宮に思いを寄せている。実らない恋だ。

 よくある三角関係だが、この物語のヒロイン、主人公の野島に対する扱いがひどい。

 僕のように女の子に奥手で、存在感のない男から見れば、

 酷い! ひどすぎる!

 

 それは・・ヒロイン杉子がイケメン大宮に宛てた手紙に現れている。


「私は野島さんの妻には死んでもならないつもりでおります」


 ・・妻には死んでもならない。

 この言葉、この場の男子の反感を買う言葉だ。男子は僕と和田くんだけだが。

 主人公野島を嫌いに嫌う杉子の残酷な言葉はまだまだ続く。


「どうしても野島さまの傍には、一時間以上は居たくないのです」

 ・・一時間以上は居たくない。要は絶対に傍に居たくないということだ。

 

 小清水さんが「主人公の野島さん、すごい嫌われようですね」と言った。

 池永先生が「少なくとも私には、こんなセリフは無理ね」と言った。博愛主義の先生なら、そうでしょうね。

 どうやら、この本、本来のストーリーよりも杉子のひどいセリフに注目が集まっているようだった。


「野島さまが私を愛して下さったことを私は正直に申しますと、ありがた迷惑に思っております。


 ありがた迷惑・・・すごい言葉だな。

 言葉で心をころすことができる。

 言った当人は忘れても、言われた人は絶対に忘れることができない。

「迷惑」・・僕は過去にそう言われたことがある。


 池永先生が「生理的に無理っていうやつよねえ」と言った。それは経験談ですか? 博愛主義の先生でも受け付けない人がいたんですか?

 続いて青山先輩が、

「この杉子さん、まさか野島さんが読むことになるとは思ってないから、書きたい放題よね」と呆れたように言った。


「杉子さんは野島に対して、優しく接していたんだから、そこが女の怖いところですよね」

 と小清水さん。

 和田くんが「女性ってこんなものなんですか?」と一般的なことを言いだす。


 そんな意見聞いていた速水部長が、

「この女の子、主人公の顔を見るだけでもイヤみたいね」と言って、

 僕の方に向き直り眼鏡の奥の瞳を光らせ、

「鈴木くんはそんなことを言われた経験はある?」と言った。「顔を見るのもイヤ、の他に・・名前を聞くだけで、身の毛がよだつ・・とか」


「何で僕に訊くんだよ!」それに、「身の毛がよだつ」とか、本文に書いてないだろ!

「では・・あるのね」

 速水さんは僕の心を読み取ったかのように言った。

 僕は「似たようなことを言われたことはある」と正直に答えた。何か腹立つな。


 追い詰められたような僕を見て小清水さんが「速水部長・・それ、読書会の内容からそれちゃいますよ」と言った。

 仏の小清水さん・・助かります!

 これ以上追及されたら、おかしなことを口走りそうだ。


 青山先輩が、突然、

「どうせなら、男子にどんな言葉を言えば傷つくか・・みんなでセリフの出し合いっこをしましょうか?」

 意表を突いた発言を出した。

 小清水さんが「ええっ」と小さな声を出した。

 速水さんが即、「青山さん・・それこそ読書会の意に反するわ」と答えた。

 その通り・・そんな言葉、これ以上聞きたくない。青山先輩はこういうお人柄だったのか? まさしく大らかと言うか、何と言うか・・

 和田くんが「そんな言葉聞きたくないよ」と言った。顔が真に迫っている。

 青山先輩は速水さんに戒められて、素直に案を引っ込めた。


 ・・そう、誰も自分を傷つける言葉は聞きたくない。

 人は自分の想う人から残酷な言葉が発せられるのを望まない。 


 だから、僕は自分の想う人は、そっと陰から見ているだけでいい。 

 僕は水沢純子を・・窓辺の水沢さんを見ているだけでいい。それだけで満足だ。

 そうすれば、傷つかずにすむ。


 そう思う人は、過去に傷ついた経験がある者だけだ。


 そんなことを考えていると、和田くんがこう言った。

「でも、どんなにひどい事を言われても、一度好きになった相手なら、我慢して、好きな気持ちをずっと持ち続けると思うんだ」


 その通りだった・・

 人を好きになるということは、そういうことだ。

 和田くんが言うと真実味がある。

 そして、僕が言うと、みじめったらしい・・

 その違いは・・

 和田くんは現在進行形の恋で、僕の場合は過去の恋にこだわっているからだ。

 

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