第111話 愛されていることに気づかない

◆愛されていることに気づかない


 人は人のどこを好きになるのか?

 人は愛する人のどこを見ているのか?


 あの日、和田くんが部室を出ていき、小清水さんが帰った後、

 僕は速水さんに言った。

「あいつ、これでもう部室には来ないだろうな・・」

「さあ・・どうでしょうね」

 速水さんはそう言った後、

「和田くんは・・沙希さんに似た人だったけど・・好きになった・・それが本当の気持ちだったら、性格は真逆でも好きになることはやめたりしないのじゃないかしら?」

 そんなことってあるのか?

「性格が違ってもか?」

「鈴木くんだって、好きな人が、本当は全然違う性格だったら、どうする? それでも好きな気持ちを保てる?」


 水沢さんが・・全然違う人格だったら・・

 僕の思い描いている水沢さんと全く違ったら・・

 では、僕の思う水沢さんってどんな人なんだ?


「僕は変わらない・・と思う」

 そう、僕の知らない水沢さんの面も受け止めなければならない。

 そう言うと速水さんは、

「うふっ、今の質問で鈴木くんに好きな子がいるってわかるわね」

 何だよそれ、妹のナミみたいなことを!

「もう、知ってるんだろ? 僕が好きな子を」

 僕の言葉に速水さんは少し微笑んだが、答えなかった。

 

 今は僕のことよりも、小清水さんのことだ。

「なあ、速水部長は、本当は気づいているんだろう?」

「何がよ」

「和田がゲームセンターで会ったのは小清水さんだったんだろう?」

「さて、それもどうでしょう?」

 速水さんは煙に巻くような言い方をした。

まどろっこしいな。

「だって、私は、その時、ゲームセンターにはいなかったのですもの。わかりっこないわ」

「だけどさ。同じ部員だったら、分かるんじゃないのか?」

「それを言うのなら・・・鈴木くんは気にならないの?」

「何をだよ?」

 今度は僕が訊く番だ。

「沙希さんが言っていた・・私には好きな人がいるって言っていたのを、憶えてる?」

「ああ、もちろん」

「気にならないの? 沙希さんが好きなのが誰なのかを?」

 そう訊かれても・・僕には関係が・・

「そ、それは、小清水さんの個人的なことだから・・」

「沙希さんは同じ部員よ」

「・・」

「鈴木くんは何も見ていない・・そうじゃない?」

「見てないって・・僕は、自分の好きな人のことだけを・・」

 僕は水沢さんのことだけを・・

 そう思っているのに、

 どうも速水さんの会話は、僕の思考を惑わせる。


 そして、思い出していた・・水沢純子は言っていた。

 ・・あの人は鈴木くんを愛している。

 水沢さんが「あの人」と言ったのは、透明化していた速水沙織のことだ。

 ただ、それは水沢さんが感じたことであって、実際は異なる場合だってある。

 まさか、本人に訊くわけにもいかない。速水さんに訊いたところで一笑に付されるだろう。

 すると、速水さんは口調を変え、

「誰かを好きになっている人は・・他の人に愛されていることに気づかない」

 と言って、一呼吸置き、

「・・そうではなく、そのことに気づかない人は、結局のところ、誰も愛してはいない」と、格言めいた風に言った。


「何が言いたいんだよ」

「鈴木くんは、誰も好きじゃないから、誰に好かれていても、そのことに気づかない・・そう言ったつもりよ」

 速水さんはいつもの眼鏡くい上げのポーズをとらずに澄ました顔で言った。

「人のことを分かったように言わないでくれよ」

 何かの言葉でくくられるのは僕は嫌いだ。

「鈴木くん、怒った?」

 速水さんは気に障るような言い方をしてしまったのを悔いるように訊いた。


「いや、別に怒ってはいないけれど」

 ただ僕は、そうは思わない・・

 そう思っただけだ。

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