第110話 好きな人の別の顔②

 小清水さんは俯き「私、どうしたらいいんですか・・」と悲しい声で言った。

 僕は小清水沙希という女の子を信じる。まだ期間はそんなにないが、同じサークル部員として時間を共にした。

 そんな子が、困っている。


「だからって・・小清水さんが、誰に、迷惑をかけてるっていうんだ」

 そう僕は言った。

「迷惑?」

「小清水さんは、誰にも迷惑をかけずに、学校生活を送っているだけだよ」

 和田くんは「けれど・・」と言ってそのまま黙った。


 それまで沈黙していた速水さんが「そうね。鈴木くんの言う通りだわ」と言って、

「和田くんは沙希さんによく似た人に、出会った・・ただ、それだけのことよ」

「そんなに私に似てたんですか?」

 そう言った小清水さんに、

 和田くんは「違うっ、小清水さん本人なんだ」と、再び心に火がついたように言った。


「私にはお姉さんがいるけど・・」

「そうよ、和田くんが出会ったのは、お、お姉さんなのよ」

 速水さんが適当に言うと、

小清水さんは「でも、大学生ですよ」と答えた。


 僕は知っている・・

 実際に和田くんは、ゲームセンターに「和田くん」と声をかけられたのだ。

 もし小清水さんのお姉さんなら「和田くん」とは言わない。


「このクラブ・・おかしい」

 この問題を投げ出したかのように和田くんはそう言った。

 続けて、「おかしいよ、みんな、どうかしてる! 鈴木もだ。こんな所にいたら頭がおかしくなるよ」と和田くんは喚き散らすように言った。


「それが、どうかしたの?」

 そう言って、速水さんは立ち上がり、胸元で両腕を組み、眼鏡の位置を整えた。

「人間って、みんな、どこかおかしいものなのよ・・私も含めて」

 特別なのは、僕と速水さんだけだどな。

「でも、おかしいところがあっても、それが誰の迷惑にもなっていないのなら、それでいいじゃないの」

 速水さんはきっぱりと言い切った。


「それじゃ、僕の気持ちは・・どこに持っていけばいいんだよ!」

 和田くんの悲痛な声が部室に響く。

「和田くんの気持ち?」

 速水さんが問う。「ご大層な」とでも言いたげな顔をする。

「そうだよ・・僕は・・」そこまで言って和田くんは言葉に詰まった。


 小清水さんは、

「和田くんは、どうして、私に似た人にそこまでこだわるんですか?」と言った。

 何も知らない小清水さんの疑問は当然だ。

 和田くんはゲームセンターで出会った小清水さんに恋をしたのだ。

 今、ここにいる小清水さんではない。


「・・そんなこと、言えるわけがないじゃないか」

 そう和田くんは言った。言えば、それは小清水さんに対する告白のようなものだ。


 そこへ速水部長が、

「和田くん、今、ここに、目の前にいる沙希さんでは何か不都合なことでもあるのかしら?」と訊ねた。

 力を無くしたような和田くんは「いや、もういい」と言って「今日はもう帰るよ」と鞄を肩にかけ出て行った。


 あっけにとられたような小清水さんが「速水部長、鈴木くん・・一体どうなっているんですか? 私、わかんなくて」と僕と速水さんの顔を見比べながら言った。


「沙希さん、気にする必要なんてないわ・・和田くんは沙希さんに似た人に出会って・・その人に恋をした・・ただ、それだけのことよ」

 速水さんは淡々と言ったが、

 恋! それ、勝手に言っちゃまずいだろ!

「速水部長! 和田のいない所で勝手にっ・・」

 僕がそう言いかけると、

「かまわないじゃない・・だって、その人は沙希さんではないんですもの」

 いや、問題はそういうことじゃないだろ。

しかし、小清水さんは速水部長の言葉に納得したように、「和田くん・・私に似た人を好きになったんですね・・」と小さく言った。

 速水さんは「そういうことよ・・あくまでも、沙希さんに似た人よ」と答えた。

 そして、小清水さんはこう言った。

「よかった、私じゃなくて・・」

 そして、こう続けた。

「だって、私には好きな人がいるもの」

 そう言った小清水さんの表情は今日一番の笑顔だった。

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