第112話 巨大市民プール
◆巨大市民プール
期末テストも何とか納得のできる結果に終わり、ついに夏休みに入った。
当然、夏休みの約40日の間は、水沢さんの後ろ姿を見ることができない。
去年までは、クラスの誰にも会うことはなかったはずだったが、今回の夏休みは、クラブの合宿がある。
和田くんはどうなったのかは知らないが、少なくとも、速水部長、小清水さん、顧問の池永先生、そして、青山先輩が加わっての有馬遠征旅行がある。
それ以外は何もない・・
ところが、この他に僕には恒例の行事がある。
それは・・プール限定・・夏限定の友達だ。
僕には友達がいない。
僕には友達はいないが、毎年、夏休みに突入すると、電話をかけてくる小西という男がいる。
正確に言うと、小西と岡部という中学一年の時の同級生の二人だ。二人は僕とは別の高校で男子校だ。
「なあ、鈴木、この夏、またプールに行くだろ?」
この一年の間、互いに何をしていたか、とか関係なしに会話が始まる。
「ああ、いいよ。今度の水曜日だな」
僕と小西と岡部の三人は、中学一年の夏休みに市営の巨大プールに何度か連れ立って行った。
それから、中学二年、三年・・高1の夏休みと毎年一緒にプールに行っている。
思春期の真っ盛り・・当時、中学生だった僕たちは、年上の女の人の水着姿を見に行くことが目的の一つだった。
プールは人口波や流水プール、滑り台、大きな滝などがある、神戸の中では一番大きなプールだ。
小西と岡部はいつもプールに行く気満々だったが、僕の方はそうでもない。年上の女の人の水着姿を見ることの興味よりも、同じクラスの女子に会ったらどうしよう・・とか、そんな気持ちの方が大きかった。
じゃあ、なんで小西と岡部につき合ってプルーに行くのかと言えば、そんなことでもないと、僕がプールに行くことなんてないからだ。
母にも「友達とプールに行くなんていいことじゃない」と言われるし、妹のナミには「兄貴さあ、夏休みが終わる頃に、肌が白かったら、気持ち悪いよ」と揶揄される。
そんな理由で、僕は小西と岡部の付き合いを無下に断らずに、行く気満々のふりをしてプールに行く。
小西と岡部は水着の女の子が鑑賞できる。
僕はプールに行くという行事をして、夏休み明けには真っ黒になって普通の高校生として、二学期を迎えることができるわけだ。
夏休みになると3人でプールに数回行き、別れ際に「それじゃ、また来年の夏に会おうな」と言って別れる。そんな妙な関係だ。
その日は打ってつけのプール日和だった。太陽は燃え、プールサイドは足の裏を焼き、幾人もの声が交錯していた。
夏休みであるとはいえ今日は平日だ。それほど人も多くはないのに、人の声が反響している。
僕たちは一通り、流水プールで泳いだ後、売店で買ったコーラを座って飲みながら休憩をした。
小西と、岡部は「すっげえ・・あの子の水着」とか「あの子、アイドルの何とかという子に似てるな」とか品評会をしている。
そんなところを、クラスの誰かに見られたら恥ずかしくないのか? 二人は恥ずかしくなくても僕は恥ずかしい。
それに・・僕はどんな可愛い女の子も、どんな際どい水着も、二年二組の水沢純子に比べると、見劣りしてしまう。
いや、比較のしようがない・・
人は恋をすると、他の誰も受けつけなくなる。
そんな心情は小西や岡部には絶対にわからないだろう。
こんな女の子だらけのプールサイドにいても、やはり考えることは唯一つ、水沢さんのことだけだ。
と、思っていると・・
「あれえっ・・鈴木じゃん!」
聞き覚えのある快活な声がした。
見上げると、予想通り燃える白い太陽を背景に加藤ゆかりが立っていた。
当然、水着だ。
思わず、僕は飲みかけのコーラを吹きそうになった。
「か、加藤か・・」
少し気まずい、小西と岡部と同じように水着の品評会を一緒にしていたみたいで。
そう思うと逆に加藤の水着姿を意識してしまう。
無理に目を反らすのも不自然だ。それにしても、加藤の水着、派手だな、際どいぞ・・そんな風に見てしまう。
もう既に何度か泳ぎに行ったのだろうか、加藤の肌はかなり日に焼けている。そんな肌が僕には眩しい。
小西と岡部も、水着姿の加藤の容姿に魅入っている。コーラのストローを咥えたまま動かない。みっともないぞ、お前ら。
「へえっ、鈴木もこんな所に来るんだぁ」
「どういうことだよ」
「鈴木ってさあ、影が薄いから、プールなんて来ないと思っていたよ」
「影の濃い薄いはプールと関係がないと思うけどな」と言い返す。
加藤は僕と会話をしながら小西と岡部に、頭を下げ挨拶をした。加藤が「鈴木のお友達?」と訊くと、小西が「中学ん時のクラスメイトです」と答えた。
それよりも・・加藤がいるということは、もしかして水沢さんも一緒?
と、思っていると、心を読まれたように、
「純子がいなくて残念だね・・今日は陸上の同期と来てるんだよ」と加藤は笑った。
「いや、別に残念ってことはないけど・・」
声が言い澱み、逆にそう思われる。
そんな僕に加藤は更に笑顔を見せ、
「それじゃあね、私、みんなの所に行くから」と手を振って去った。
加藤の姿が見えなくなると、さっそく小西と岡部は「すげえ、かわいい子じゃんかよ」
「あのプロポーション・・並み以上だな」と加藤を品評し始めた。
しばらくして小西が、「そういえばさあ・・」と話を切り出した。
小西が「中三の時、うちの中学に転校してきたあの子・・」と言うと、岡部が「石山純子だろ」とすぐに返した。
「そうそう、石山純子・・可愛かったよなぁ」
小西が遠くを見るような目で言った。
「だよなっ・・クラスの男子・・みんな、あの子を見てたもんな」
そう岡部が同調した。
そして、小西が、
「鈴木も・・同じだろ?」と僕に訊いた。
僕は「ああ」と短く答えた。僕は否定しなかった。強く肯定した。
岡部が「石山純子って・・頭が良かったからさ、県立の神戸高校にすんなり入ったらしいぜ」と言うと、
小西が「あの子、もう誰かとつき合っているのかなあ」と誰ともなく言った。「あんなに可愛いもんな」
すると、岡部が「でもさあ・・石山ってさ、あんな可愛い顔して、ちょっと、気が強いっていうかさあ・・冷たいところがあったよな」と言った。
いつのまにか、水着の品評が、中学の時の石山純子の品評会に移り変わっていた。
「鈴木もそう思わなかったか? 石山純子って・・何か・・氷のようだったよな」
僕は彼らの言葉を否定しない。
「そうだな・・可愛いけど・・どこか、冷たい感じのする子だったな」
僕はそう答えた。
そう・・・僕は石山純子のそんな冷たい部分を直接経験した男だ。
小西は「何で、水着の女の子が目の前に大勢いるっていうのに、俺たちは石山純子の話をしているんだよ」と言うと岡部が「同感だ」と合わせた。
「中学の時、このプールに・・彼女、来てたよな?」
「確か。友達とだったかな?」
そんな小西達の会話を聞きながら思った。
僕は憶えている。その時の石山純子の水着姿を鮮烈に記憶に刻みつけている。
それは決して消せる記憶ではない。
そう・・僕が初めて恋をした女の子は・・初恋の女の子は・・
水沢純子ではなく、
石山純子・・だ。
僕は思い出したくない女の子の記憶を、
同じ名前の水沢純子に書き換えて生きている。
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