第99話 図書館のラウンジ①
◆図書館のラウンジ
あの和田くんがわが文芸サークルに入部した。
僕よりも影が薄い・・いや、同じくらいかも。
そんな和田くんが、大きな決意をしたのか、速水部長に入部届を引っ提げてやって来た。
速水部長にしては想定内のことだったようで、特に驚いた顔も見せず「和田くん、決めたのね」とぽつりと言っただけだった。
小清水さんは「これで、部に昇格ですね」と仏の笑み、いや、満面の笑みをもって和田くんを大いに歓迎した。和田くんの喜びはひとしおだろう。
僕は和田くんに「本を・・読むんだな?」と念押しをすると、鞄からごそごそと文庫本を取り出して僕に見せた。夏目漱石の「坊ちゃん」だ。定番だな。
ついに我が部は、文芸サークルから、正式に文芸部に昇格した。
と・・そのはずだったが、
部室にしょんぼり入ってきた池永先生は、
「ごめんねぇ・・部に昇格するには、5人以上の部員が三か月以上在籍していないとダメなのよぉ」と説明した。
それもそうだろう。世の中、そんな都合よくはできていない。
速水さんは「となると、合宿はやはり経費の安く済む有馬温泉ね」と言った。
小清水さんが、「近くていいじゃないですか。私、旅館を探して、予約を入れておきますね」と言った。速水さんが「沙希さん、なるべく安いところをお願いするわね」と言うと、池永先生が「せっかくなんだから、旅館はBランクくらいのところにしましょうよ。交通費が浮くことなんだし」と駄々をこねるように言った。
すると、速水部長が「先生・・これはサークル部員のため合宿なのよ・・決して先生の傷心旅行ではないのだけど・・」
池永先生は速水部長の厳しい言葉に一気にしょげ返り「は~い・・ごめんなさい」と言って黙り込んだ。
いずれにせよ、合宿は顧問の先生を入れて5人以上の参加があれば敢行できる。
つまり、青山先輩か、和田くんのどちらか一人でも参加してくれればいい、というわけだ。
そんな状況を見て和田くんが「が、合宿って・・そんなものがあるんですか」と喜びを隠しきれないような顔で訊ねる。「泊まりなんですよね?」
「楽しみだろ」と僕が冷やかす。
恋に目先を失ったような和田くんはそんな冷やかしにも笑顔を見せる。
と・・僕はそんな和田くんを見て彼が羨ましくなった。
和田くんは小清水さんに片思いをしている。
少なくとも、彼は、こうして好きな人と一緒に同じ空間で時を過ごしている。
漫画しか読まないと言っていた彼も、小清水さんと同じ空間を共有するためになら、退屈な本も読むのだろう。
僕は、好きな人と・・同じ場所で、何がしたいのだろう?
「速水部長・・悪いけれど、僕、今日は失礼するよ」
僕はそう言って鞄を手にした。
期末テストを控えて、夕方も勉強しなければならない。しなくてもよさげな速水さんと僕は違う。それに部室も賑やかになってきたことだ。僕の必要性もそれほどないだろう。
「そうね、試験もあることだし、沙希さんも、帰っていいわよ」と優しい速水さんが言うと、小清水さんは「そうですね」と答えた。
池永先生も「私も職員室に戻ろっかな」と言った。
唯一まだこの部屋に留まっていたいのは和田くんだけだろう。せっかく、小清水さんの傍にいることができるのに、いきなりの帰宅だ。和田くんもつられて帰るだろう。
速水さんに関してはわからない。この部屋で勉強をするのか、帰るのか?
そんな時だった。みんな帰宅の準備をしかけた時、小さなノックをして部室に現れた人がいた。
それは水沢純子・・その人だった。
先にドアを開けた小清水さんが「鈴木くん、お客さんですよ」と僕に呼びかけた。
視線の先に、ポニーテールの水沢さんが立っていた。
水沢さんは軽く頭を下げると「こんにちは」と部室にいる全員に軽く挨拶をした。
池永先生が「あれえっ、水沢さんじゃないの」と言い、和田くんまで、それなりに驚きの表情を見せていた。
こういう場所・・というと部員のみんなには失礼だが、水沢さんはこの場所には雰囲気にそぐわない人ということだ。
かといって、加藤ゆかりの属する陸上部とかも似つかわしくないだろう。合う場所と言えば・・加藤が兼部している茶道部など、お上品な場所が相応しい。
速水さんが「沙希さん、水沢さんに中に入ってもらったら?」と声をかけたが、水沢さんは中に入る様子を見せず、僕が出ると。
「ゆかりが、今日なら、鈴木くん、部室にいるって教えてくれたの」と言った。
加藤はわがサークルの日程を把握しているのか。
「私、鈴木くんにお礼を言いたいと思って来たの・・この前は慌てていて、ちゃんとお礼を言えてなかったから」
「そんなの別にいいよ」
そう言ったのにも関わらず、水沢さんは頭を深く下げ、
「この前は、私が困ってるところ、助けてくれてありがとう」と言った。
部室のドアが開けっ放しになっているので、ことの始終を中のみんなに見られている。
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