第69話 差し出された傘④

 その時、僕は不純なことを考えていた。

 このままの状態なら・・

 透明なら、水沢さんの体を抱きしめることもできる。

 ダメだ!


 水沢さんと向き合った時・・それが永遠に感じられたその時、

 水沢さんは傘を自分の方に戻し、

「やっぱり、違う」と小さく言った。


 その意味を考える間もなく、

 水沢さんは再び、校門に向かい、そのままその姿を消した。



 元の姿に戻った僕はずぶ濡れの格好で部室に戻った。

 その姿を見て慌てた小清水さんは、急いで部室の端をカーテンで仕切り、更衣室代わりを作り、有難く僕はその中で予備のジャージに着替えた。


 小清水さんは、僕が落ち着いたのを見ると、ドリップコーヒーを入れてくれた。

 少し寒気がしていたので熱いコーヒーで生き返った。

 それにしても、僕は一体何をしているんだ。

 部員にも迷惑をかけるし、水沢さんと何の進展もなかったし・・

 進展? 

 いや、進展は望んでいないはずだ。見ているだけで。

 ・・のはずが、僕はいつのまにか水沢さんともっと近づきたい、そう思うようになっているのだろうか?


 速水部長はそんな僕を見て、

「鈴木くん、噂の彼女とのご対面は一瞬だったのね」と言った。


 ああ、そっか。速水さんには僕が見えていたんだな。

 そんな速水さんの言葉に小清水さんが、

「速水部長はずっと鈴木くんを見ていましたからね」と微笑んだ。

 小清水さんは見ていなかったんだな。もし、小清水さんが速水さんと同じように校庭を見ていたら、透明化する僕を見られていたかもしれない。それだけでもホッとする。


 あとで僕は速水さんに「途中で透明になったんだよ」と小さく言った。

 速水さんは「あきれたわね」と言った。これが二人の透明人間の会話だ。


 それにしてもわからない。

 水沢さんには僕が見えていたのか? いや、ありえない。

 そして、水沢さんの言葉・・「やっぱり、違う」の意味も分からない。

 わからないことだらけだ。

 僕が水沢さんの元へと走っていた時、

 部室の速水さんの方を振り返った自分の心すらわからない。

 自分の心がわからないのに好きな人の心がわかるわけがない。

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