第51話 鈴木家大パニック②
「二人とも、どうしたのよ・・あら、ナミ、紅茶、こぼしてるわよ」
母は自然体だ。何も変わらない。
「あわわっ」とナミが素っ頓狂な声を上げて僕を指し、
「お母さん、兄貴の影が・・ウスイのっ!」
影じゃないだろ、姿だろ! もうこうなったらどうとでもなれだ。
母が、
「道雄は、昔っから、影が薄いって・・みんなに言われていたからねえ」と暢気に笑った。
「そうじゃなくって、その影じゃなくって、ほら、お母さん、見てよ!」
モリグチくんが、「お前、何を言ってるんだよ」と言いながら、僕の方を見る。 おそらくどこから声が聞こえてきたのかを知りたいのだろう。
「今の兄貴の影、薄すぎるんだよ!」
ひどい言い方もあったもんだ。わが妹のナミよ。
思い切って僕はナミに声をかけた。
「おい、お前、前にもそんなことを言っていたな」と白々しく訊いた。
前は僕の勉強部屋だった。
・・僕には知りたかったことがある。
「前と今と、どっちが、影が薄く見える?」
そう・・これは何かの計測だった。僕は知りたい・・
「ま、前・・かな?・・」ナミは恐る恐る答えた。「今は、ちょっと濃い・・かも」
隣のモリグチくんが目をきょとんとさせている。誰と会話をしているんだと思っているのだろう。
よし!
知りたいことは、だいたい分かった。
僕は急いで席を立った。
問題はナミだけだった。モリグチくんはどうでもいい。勝手に怖がればいいし、逃げ出してくれてもかまわない。
ほとぼりが冷めた頃を見計らって・・いや、体が元に戻るのを確認してリビングに戻った。
母に「道雄。お腹でも壊したの?」と訊かれた。急な席外しをトイレだと思ったのだろう。
ソファーを見るとモリグチくんがいない。母が「ナミが変な事を言うから、帰っちゃったのよ」と言った。何と気の弱い男だ。
ナミは天井を仰ぎ見て、ぐたーっとしている。そして、僕の姿を見ると、
「私、絶対に、目がおかしい・・」と呟いている。
母が「ナミ、明日にでも、目医者さんに行って来たら?」と言った。
ナミは素直に「うん、そうするよ」と力なく答えた。
ナミは体を真っ直ぐに起こし僕を凝視した。そして「おっかしいなあ」と言った。
確証はないが、わかったことがある。
僕は速水沙織に、好意、若しくは、それ以上の何らかの気持ちをもたれている。
・・そう思う。
そうでないと、説明がつかない。
母には僕の姿が見え、妹のナミにもちゃんと見えるようになってきている。薄いが。
速水沙織は僕が透明化していても、普通に見えている。
しかし、僕には透明化している時の速水沙織は見えない。
なぜなら、僕は速水さんに対して・・友人・・いや、部活仲間以上の気持ちがないからだ。
おそらく僕は女の子から好意を持たれることには、不慣れなのだと思う。
人から好かれるよりも、好きになりたい・・昔っからそうだ。
けれど・・僕が、もし仮に・・透明化している速水沙織の姿を見ることが出来た時・・
その時、僕は・・・
そんなことを考えながら僕は、僕自身が透明化している時、水沢純子が僕の姿を見ることができたら・・と同時に考えていた。
・・そのどちらもありえないことだ。
水沢さんに僕が見えることは決してありえない。
他の子、加藤ゆかりや、小清水さんにも見えることはない。
その夜、部屋で音楽を聴いていると、ナミが入ってきた。
「兄貴、何か、私に隠してるでしょ」
「隠してるって?」
「どう考えても、おかしいよ・・」
それはそうだろう・・
「目が悪いだけで、あんな風に兄貴の体が見えることはないもん」
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