第30話 ダブルデートは突然に
◆ダブルデートは突然に
妹のナミが文芸サークルに所属する僕のことを「ハーレム」と言ったけれど、サークル以外にも複数の女の子と一緒になることもある。
嬉しいのか・・・喜んでいいのか、悲しむ方がいいのか・・
いや、そうじゃない。むしろ、飛び上がって喜ぶべき事態が発生した。
影が薄く、クラスでも目立たない男子一位、二位を争うような僕に信じられないようなことが・・
それは、一時間目の授業が終わり、トイレに向かおうとした時だった。
「鈴木!」
廊下で僕を呼び捨てで呼び止めた女の子は、
加藤ゆかりだった。
「ねえっ、鈴木、ちょっと待ってってば!」
健康的なショートカット。はつらつとしたイメージの女の子。
「ねえ、鈴木、佐藤くんから聞いてない?」
え? 佐藤・・???
「私、今度の日曜日、佐藤くんとデートするの・・」
えっ!
「どう。はやいでしょ!」と言って、加藤はにんまりと微笑んだ・
ええええっ!
加藤は、佐藤に好きな子がいるって言ってたこと、気にしないのか?
名前は伏せたが、佐藤の奴は、わが文芸サークルの速水部長のことを・・
加藤・・お前、絶対にからかわれているぞ。
よし、思い切って、言ってやろうか・・
それより・・
「それで、そんなことを何で僕に?」
報告か?
僕に言う必要もないだろ。変なことに巻き込まれるかもしれない。
「えっ、本当に佐藤くんから聞いてないんだ?」
それは・・最近、佐藤とはあのこと以来、僕が避けているからな。
あいつ、加藤に告白されて、かなり迷惑そうだったぞ。
「鈴木にも一緒に来て欲しいんだよ・・ねっ!」
「え?」
「だってさあ。私と佐藤くん、一応、まだ、只の友達関係なんだよ」
「ああ、友達からスタート?・・と言ってたよな」
「だからさあ・・二人でどっかに行けば、それは、もう恋人同士になっちゃうんだよ」
それで、僕を引き入れようって算段か。
「別にかまわないだろ。友達同士、二人きり、ということで」
何か、本当に変なことに巻き込まれそうだぞ。
ここは二人きりにしてやった方がいいんじゃいのか?
後はどうとでもなれ! だ。
僕はあの日以来、佐藤には距離を置いているし、スポーツ系女子加藤ゆかりとも接近する必要もない。
僕が接近したいのは・・加藤の前に座っている・・ポニーテールの・・
そんな水沢純子の姿が脳裏に浮かんだ時、
「鈴木、いいじゃん・・『純子』も一緒だからさあ・・」
そう加藤は言った。
今何と?・・加藤ゆかりは何て言ったのだ。
「鈴木、何、その顔。鳩がパンでも食らったような顔をして」笑いながら加藤は言った。
パンじゃないだろ!
たぶん、加藤の言う通り、僕はそんな顔をしているのだろう。
僕の聞き間違いではなかったら、加藤の口から出たのは、
「純子」という言葉だった。それは水沢純子その人で間違いない。何せ加藤と水沢さんはお勉強会をやるほどの仲なのだから。水沢さん以外に考えられない。
「あの男子全員の憧れの的・・水沢純子だよ。鈴木だって、ちょっとは・・」
ああ、加藤の声が遠のいていく。
男子の憧れの的・・「鈴木だって、ちょっとは・・」だと?
ちょっとどころではない。僕は彼女を初めて見た時からずっと・・
あれ、僕は彼女をどこで初めて見たのだっけ?
教室の窓際の席・・水沢さんの斜め後姿が初めてだっけ?
「ちょっと、鈴木、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」本当はちょっと気が遠のいていた。一瞬、妄想に走った。
「ね。いいでしょ。私を助けると思って」
加藤は両手を僕の前で合わせて言った。
「助ける?」
「だって、私、一人じゃ、間がもたないかもしんないし」
加藤が間がもとうが、楽しかろうが、関係ない。
けれど・・
「それって、単なる数合わせだろ」
「そんなことないよ。佐藤くんも、『鈴木なら、かまわない』って言ってたし」
佐藤が・・その部分、気に入らないな・・
「それに・・」
「それに? 何だよ」
「純子も、『鈴木くんなら』って、承諾してくれてるし」
えっ!
水沢さんが「鈴木くんなら」って・・本当なのか?
それ、先に言えよ!
「水沢さんが、そんなことを?」
加藤の言った言葉がまだ信じられず、改めて訊いた。
「そうだよ。純子の場合・・騒がしい男っていうの?・・クラスでもいるでしょ。うるさい男、山田とか、近藤とか、ああいう男連中、嫌いなんだよ・・私もだけど」
「そうなのか・・」
確かにあいつらは騒がしい。
「だからさあ、純子にしたら、鈴木みたいに大人しい男の子が、丁度いい、っていうわけなの」
丁度いい・・それって喜ぶべきところなのか?
「今回、鈴木が私のお願いを聞いてくれたら、前に言ったように、鈴木に好きな子が出来たら、私、応援するからさ」
いや、もう十分だろう。
それより、
「加藤・・加藤は・・何で、僕なんだ?」
佐藤の理由は何となくわかる。水沢さんの理由もそれなりに理解した。
しかし、加藤は・・
僕以外にも、加藤なら、クラスメイトの男子や、部活仲間がいるだろう。
「だって、鈴木って、頼みやすいしさあ」
加藤は嬉しそうな顔に更に笑みを重ねた。
そういうことか。頼みやすい・・頼られるとは、また違う言葉だな。
「それじゃあさ。鈴木、OKだよね」
ほぼ、無理やり状態だが、僕は加藤の頼みを断らずに受け入れることにした。
それに・・水沢さんと・・どこへ行くのか知らないが、少なくとも、接点は作ることができる。
眺めているだけの存在が、また少し近くなった。
けれど、その時、僕は思っていた。
近くなるほど、遠くなっていく・・そんな別のものがある。そんな気がしていた。
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