第13話 文芸部員 小清水沙希

◆文芸部員 小清水沙希


「速水部長、遅くなりましたっ!」

 元気よく部室に入ってきたのは女の子だった。しかも僕はその子を知っている。


「あれ?」

 しばらくきょとんとした彼女は僕を認識したらしく、

「鈴木くん?・・あれ? どうしてここに?」

 彼女は僕と同じ二年二組の女の子だ。教室では速水さんより、もっと後ろに座っているのであまり意識しない女の子だ。


 名前は小清水沙希(こしみず さき)

 誰かが、氏名の区切りを間違えて「おきよ みさき」と呼んでいたっけ。

 そして、僕と同じように・・・影が薄い・・と陰で言われている女の子だ。

 影が薄いと言うか、クラス一大人しい女の子だ。文芸部にぴったりの容貌をしている。速水沙織とは別の意味で。


 よくわからないけど、ちょっと、これはまずいな・・

 僕はまるっきしの部外者・・

 速水さんは現在、透明化中・・


 僕が何か言おうとした時、

「鈴木くん、お願い」

 ひっ! 僕は変な声を出してしまった。

 耳元に熱い風だ!

 一瞬、右耳が熱くなった。耳元で声をかけられたからだ。

 声の主は速水さんだ。息までかかるほど耳に近かった。いや、むしろ耳に速水さんの唇が当たっていた気がする。

 そして、速水さんは、

「小清水さんを適当に誤魔化して、ドアを開けてちょうだい」と囁くように言った。

 誤魔化すように、って言われてもなあ・・

 僕は座ったまま、小清水さんに、

「ぼ、僕は速水さんにここで待つように言われてるんだ」

 適当、かつ、苦しい言い訳をした。


「そ、そうなんだ・・速水部長、まだ来てなかったのね」

 速水さんは文芸部の部長だったんだな。

 それより、小清水さんの顔が若干赤らんでいるように見える。


「もしかして、鈴木くん、文芸部に入部?」

 小清水さんはそう僕に言った。


「ちがう、ちがう」僕は二度返事で答え、

「ちょっと、この部屋、熱いよな」とワザとらしく言うと、小清水さんは「窓を開けるわね」と窓に向かったので、慌てて、

「ど、ドアの方を開けた方が、きっと涼しいよ」と僕は言って部室のドアを開けた。


 おそらく僕がドアを開けるのと同時に速水さんが部室を出て行ったのだろう。足音がした。足音を誤魔化すために僕は少しずかずかと足踏みをした。

 色々と誤魔化しながら、

 少なくとも速水沙織は同じ部の部員には透明化は秘密にしているようだ、と思った。


 速水さんが出て行った後は、僕と小清水さんだけになる。

 速水さんに続いて、再び女の子と部屋に二人きりだ。今日はどんな日なんだよ。


「あれ、お茶が・・」

 小清水さんの視線は机を向いていた。

 机の上には僕と速水さんの飲みかけの湯呑み茶碗が二つある。

 あ~っ・・これ、まずいよ。速水さん、どうしよう・・


「は、速水さんは、さっきまでここにいたんだ・・二人で、少し、しゃべってて・・それで、速水さんは、さっき外に出て」

 最初からそう言ってればよかった。それにしても苦しい言い訳だ。

「そ、そうなの? 速水部長とは廊下で会わなかったけど・・」

 それは透明化していたから・・とは言えない。

「きっとトイレだよ」

 何で僕がここまで言わないといけないんだ。


 ようやく納得したのか、小清水さんはお茶を入れ直してくれた。そして、速水さんと同じように机の上に僕の分と自分の分を置くと、さっきまで速水さんが座っていた席に腰かけた。

「鈴木くん、私が文芸部に所属してるって、知ってた?」

「ごめん。今、初めて知った」

 僕がそう答えると小清水さんは「そう」と言い、少しガッカリしたような表情を見せる。


「さっき、本当に驚いたわ」

 小清水さんはお茶を啜りながらそう言った。

 それはそうだろう・・

「でも、私、鈴木くんが文芸部に入部してくれたら、いいな、って思ってたの」

「そ、そうなんだ・・」

 え?

 それは、前から、そう思っていたという意味なのか? 

 以前から、小清水さんは僕が文芸部に入部してくれればいいと・・いや、まさか、まさか。

 

 僕は気を紛らわせるため、「速水さん、遅いね」と言った。いや、これは女性に対して失礼か。

 そう言ったあと、再び、小清水さんと目が合う。何か気まずいな。

 こうして、小清水さんを何気なく観察していると、本当の文学少女というのは彼女のような子を指すのだろう、と思えてくる。前髪を綺麗に揃えている所なんか、特にそう思える。

 小清水さんに比べると速水さんは、もっと大人の人・・そう大人びて見える。


「鈴木くんは本は読む方?」

「・・並み、だと思う」

 いや、僕は平均的高校生以上は読んでいるはずだ。ここの部員ほどではないしにしても、小学校の頃から、一人でよく本は読んでいた。活発な妹のナミとは正反対の行動をとっていた。


 話が途切れた。本の話をすればよかったのか・・

 何か緊張してきたな。小清水さんがいくらクラスで目立たない女の子とはいえ、こうして話をしていると、声だけが部屋の中に響き、息遣いまで聞こえてくるように感じる。


「鈴木くん、今はどこのクラブにも入っていないんだよね?」

 僕が「うん」と答えると小清水さんはまた「そう」と言った。話が続くようで続かない。


「鈴木くん、それで、今日は速水部長とは何の話があったの?」

 あ・・これはまずい・・まさか、体の透明化について論じ合う、とも言えない。

 どうすればいい?

 

 すると、静かな雰囲気の部室に大きな声が響き渡った。


「鈴木くん、待たせたわね!」

 既に開いているドアから急に入ってきたのは速水沙織だった。

 助かったあっ! 

 速水さんには何度も助けられている。

 もしかして、速水さんは、透明化が元に戻るまで廊下で待っていたのか?

 速水さんが透明化すると、どれくらいの時間、その状態が維持できるのか、そこまでは僕は知らない。

 そして、ずいぶんと懐かしい顔に出会った気がした。

 速水さんは今度は窓際の部長の席らしい椅子に腰かけた。

 空が暮れ始め、少し赤みが増した空を背景に、なぜかしら速水さんは神秘的に見えた。


「さて、鈴木くん、話の続きをしましょうか」

 速水さんは一呼吸置くとそう言った。

 は?

 何の話だよ・・まさか小清水さんのいる所で透明化について語るんじゃないだろうな。


 僕の動揺よりも、なぜか小清水さんの方がうろたえているように見えた。

「速水部長、あの話は鈴木くんに内緒ですよ」

 小清水さんは速水さんの席に駆けより小声でそう言った。小声だが丸聞こえだ。 速水さんは少し微笑み頷く。

 小清水さんは僕の前の席に戻ると、ちらっと僕の顔を見て俯いた。

 内緒?・・

 わかんねえっ!

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