第11話 図書室

◆図書室


 水沢さんとはあんな素敵な?出会いがあったにも関わらず、

こうしていつものように、教室に座っていれば、

 水沢さんはただの斜め前方に座る美少女だし、僕の方はクラスの中でただの影の薄い男子だ。 

 特に接点もないし、友達を介して、というのもない。

 加藤ゆかりのように勉強会みたいなこともできないし、休み時間に話しかけるのも変だ。周りの目もある。影の薄い僕にはそんな大それたこともできない。


「昨日はおかしなところで出会ったね」

 それは、おかしい、水沢さんの家の近所がおかしな所というのは更におかしい。

「友達になってください」・・昨日の出会いがきっかけです!・・

 早急過ぎる! 万が一、断られでもしたら・・いや、万が一じゃない。十二分に断られるに決まっている。それであっけなく僕の初恋も終わりだ。

 そして、また勉強生活に戻る・・すごい循環だな。

 そんなことにならないように、今はじっと片思いを温め、更に固めていく。

 いや、もし、仮にだ。友達OKということになったら・・

 それはそれで、夢は膨らんでいく。

 どこに行く?

 まさか本当に草原を二人で駆けていくわけにもいかないだろう。


 もし、友達になったら、映画を見に行く権利くらいあるのか? 遊園地とか?

 お金は割り勘か? おごったらいいのか? 今のお小遣いで足りるのか?

 足りなければアルバイトをしないといけないのか?

 女友達ができたら親に紹介したりするものなのか?


 ・・ここまで考えて、いらぬ心配だと気づいた。

 クラスの中には魅力的な男子が大勢いることだろう。

 僕は影が薄い・・何もよりによって、あの水沢純子がそんな影の薄い僕と友達になるはずがない。

 ここで妄想は止めておくことにする。


 放課後、僕は図書室の閲覧コーナーで、透明人間に関する書籍を読み始めた。かといってそんなSFの世界にようなものに学術書、医学書などあるはずもなく、小説の類のものばかりだ。

 H・G・ウェルズのSF小説や、その類似小説、しかもそれは薬とかを使用して透明になっている。 僕の場合は何も使用しない。

 しかも、犯罪をしているし、透明の体をコートやサングラス、マスクで覆ったりしている。ちょっとダサイな。

 そこで、結論・・何の参考にもならない。

 図書室に来たついでに勉強でもしようと思い、鞄から参考書、問題集を取り出し、勉強モードに切り替えた。決して眠くならないように、カフェインを予め仕込んだ。


 近くにはカップルがいちゃついていて、集中できない。家でした方が効率が上がりそうだ。


 そう思った時、ふいに目の前が翳った。

 目の前の席に誰かいる。ついさっきまではいなかったはずだ。

 誰かが素早く座ったのか、もしくは急にそこに出現した感じだった。


 それは速水沙織だった。ええっ、いつのまに!

 窓を背に得意の眼鏡くい上げポーズを決めている。柔らかそうな黒髪がふわりと肩に乗っている。

「そんなもの、いくら読んでも意味ないわよ」

 場所柄、図書室ということもあって幾分抑えた声で速水さんはそう言った。


 そんなもの・・書架に戻すのも面倒くさかった「透明人間」の本のことだろう。 他にも何冊か積み上げていた。

「いつからそこにいたんだ?」

 僕が訊ねると、

 速水さんは澄ました顔で、

「さて、いつからでしょう?」と言った。

 

 僕は女の子とまともな会話をしたことがない。続いたこともいし、続けられたこともなかった。

 たぶん、影が薄いからだ。女の子に存在も確認されない中で、話題も続くわけがない。

 水沢さんの家の前で、短い時間ながらも水沢さん本人と加藤ゆかりと話した・・あれくらいだろう。


 速水沙織とは、つい、先日、

「鈴木くん、今日は教室を出ていかないのね」

「授業中、眠くなったら、我慢せずに寝たらいいのよ」

 と、非常に短いセンテンスの言葉を投げかけられただけだ。

 これはとても会話とは呼べない。


 そして今は、「いつからでしょう?」という速水さんの質問だ。

 これに答えれば、少しは女の子と会話をしたことにもなる。この会話は続くのか?


「今」と僕は答えた。短い返答だ。

「半分正解・・半分は、はずれね」

 そう言って速水沙織は微笑んだ。こんな顔、初めて見る。いつも勉強しているイメージしかない速水だ。誰かが「がり勉」と陰で言っていた。

 今は僕の真後ろの席だから、クラスの中でもあんまり見ない顔に属する。横の加藤ゆかりは横顔、水沢さんは斜め前の後ろ姿。


「鈴木くんを探したのよ、どこにいるのか? と思って」

 僕を探した? 速水さんが・・何で?

 女の子に縁のない僕にとっては雲を掴むような話だ。それに、ちょっと気持ち悪い。

「僕は滅多に図書室なんて来ないんだけど」と言うと、「帰ったんじゃない、ということだけはわかっていたから」と言った。

 やっぱり、気味が悪いな。

「何で僕を探すんだよ」

その返答はまたすぐ返ってきた。勉強ができるだけあって、頭の回転が速そうだ。

「だって、早く言っておかないと、何か面倒なことになったら大変だもの」

 面倒なこと?

「言っている意味がよくわからないよ・・」

 僕がそう言うと、速水さんはうっすらと微笑み、

「鈴木くんは、まだコントロールができていないのよ・・透明化の・・」

 速水さんの言葉に、ぶッと噴き出してしまった。

 ちょ、ちょっと待ってくれ、どういうことだ。おい、頭の整理がつかないぞ。

 透明化だと! それは僕だけの・・秘密のようなもの・・のはずだ。


 速水に問いただそうにも、ここは図書室だ。おかしな会話になるし、あまり人に訊かれたくない。いくら僕が影が薄くても何らかの噂になってしまう。

 

 クラスの噂・・それは、こんな内容だ。

 クラス一、影の薄い鈴木とクラス一、勉強が大好きな速水沙織が透明人間について語り合う。

 あまり面白くないフレーズだが、こんな話は広まって欲しくない。水沢さんに知られたら大変だ。どんな誤解をされることやら。


「速水さん・・ど、どこか、外で話さないか?」

 速水さんの「いいわよ」の了解の返事で、僕は慌ただしく、参考書や筆箱を鞄に突っ込んだ。


 今、思えば「どこか、外で・・」という言葉がよく出たと思う。僕の人生を振り返ってみても、女の子に、そのような誘いの言葉をかけたことはない。

 断じてそれだけは言える。


 どこで話す、といっても校舎の中は、男女の秘密めいた会話ができる場所は少ない。

 グラウンドの隅、空いている教室、音楽室、裏庭・・ああ、困った。普段意識もしていない場所のセレクトだ。


「よかったら、私の部室に来ない?」

 速水さんのその言葉に「よかったあ・・行く場所を考えずに済む」と思うのと同時に、速水さんは何らかのクラブに入っていたのか」と思った。

 僕は速水沙織のことを何も知らない。


「い、いいよ。速水さんの部室でかまわない」と言って、すぐに「部室、他に誰かいるんじゃないのか?」と訊いた。

「今の時間だったら、大丈夫よ。誰もいないわ」

 速水さんは「決まりね」と言ってセミロングの黒髪をふわりとさせながら立ち上がった。手ぶらだった。わざわざ、僕に会うためだけに図書室に来たようだった。


 すたすた歩く速水さんのあとをついていくと、旧校舎に案内された。旧校舎にはあまり活発ではないクラブの部室が並んでいる。どこにも属さない僕には縁の遠い校舎だ。


 真っ直ぐ前を見て歩く速水に比べて、僕の方は周囲をきょろきょろしてしまう。あまり誰かに見られたくない。とくに水沢さんには。


 そして、速水沙織はいつから図書室にいたのだ?

「半分正解、半分は、はずれ・・」

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