第6話 謎の美少女 速水沙織
◆謎の美少女 速水沙織
翌日、僕は目的意識を持って登校した。
いつもの登校だが、昨日の憂鬱さはない。
背中をポンと叩かれ「よっ、鈴木」といつも通り、佐藤に声をかけられる。
「なあ、鈴木、昨日、いなかったよな?」
「ああ、早退したんだ」と受け流す。
「気分でも悪かったのか?」と訊かれ、「たぶん、勉強のし過ぎ」とまた流した。
教室に入る。どうせ、影の薄い僕だ。誰も昨日のことなんて気にはしていないだろう。
席に着き、最初の授業の教科書を準備する。
鞄から強烈眠気覚ましの錠剤を取り出し飲む。コンビニとかで売っているものだ。カフェインの量が多く、副作用も半端なさそうなので手をつけなかったが、今は必要だ。
おかげで授業が始まっても眠気は襲ってこない。
当然、透明にもならない。
カフェインの作用なのか、脈の数が若干多いような気もするし、睡魔も襲ってこない。
昨晩、あれから僕は実験をしたのだ。
本棚から、古典の枕草子の原本を取り出し、読み始めた。案の定、眠くなってきた。
問題は、寝ずに睡魔と闘うことだった。
我慢に我慢を重ねて読みだすと、僕の手が透明になった。
測ったわけではないが、5秒から10秒くらいかけて透明になる。
そして、透明にならない方法もわかった。眠くなれば睡魔と闘うことはせずに寝る!
ただ、それだけのことだ。
問題は授業中だった。授業中はそうもいかない・だから、このカフェインたっぷりのタブレットを買ったのだ。値段も安い。
これでばっちりだ。
これは特殊だが、ただの病気だ。
病気なら発症を抑えればいい。それだけのことだ・・ただ、他の病気と違うのは、医者に行けないことと、もちろん、家族には言えないことだ。
そんなことを考えていると、僕の背中をツンツンとペンか何かで小突く者があった。
振り返るまでもなく、それは速水沙織だ。
「鈴木くん、今日は教室を出ていかないのね」
実際に振り返ると、眼鏡をかけた速水沙織が僕の顔を見て微笑んでいた。
昨日はゆっくりと見ることができなかった顔だ。
結構、可愛いかも、それに少し神秘的・・いや、今はそんなことどうでもいい。
何と答えるべきか?
そして、僕が答えるよりも先に速水さんはこう言ったのだ。
「授業中、眠くなったら、我慢せずに寝たらいいのよ」
そう言って速水さんは眼鏡の奥の目に含みを持たせながら微笑んだ。
僕が口をぽかんと開けていると、速水さんは授業を聞く態勢に戻った。
冷や汗・・心臓の鼓動・・
昨日の透明化とは違った別の衝撃が僕の体を襲った。
速水さんの言った意味が分からない。
もしかすると、その言葉に意味はないのかもしれない。
―眠くなったら、寝ればいい・・当たり前じゃないか・・
だが、速水さんのあの顔、何か、僕の心が見透かされているような気がした。
今は授業中だ。これ以上の会話はできない。
授業が終わるなり、左横の席の加藤ゆかりが声をかけてきた。
「ねえ、鈴木」
加藤はいつも僕を呼び捨てだ。
「なっ、何?」
女の子から声をかけられることなど滅多にない僕は大きく反応する。
加藤は「そんなに驚かなくても」と言って「昨日、鈴木・・ここにいたよね」と言った。
僕が「うん。途中で帰ったけど」と答えると、「それって、先生に言ってから帰ったの?」と問い詰めるように訊かれた。
まさか、透明になったから、逃げ帰ったとも言えない。
「鈴木くんは先生にちゃんと言ってたわよ」
そう横から言ったのは速水沙織だ。眼鏡をくいと上げながら加藤に説明している。
助け舟はこういうことを言うのだろう。
加藤は「ふーん。そうだったかなあ。他の子も言ってたんだけどなあ」と納得はしていない様子だが、手洗いなのか、そのまま教室を出ていった。
影が薄くて助かったと思っていたが、そうでもなかったのか。
取り敢えず、何とかなった。
眠たい時は寝る。授業中はカフェインで目を覚まさす。
これで、勉強に、恋に打ち込める!
いや、恋は・・無理かあ・・
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