第5話 いつ発症するのか?

◆いつ発症するのか?


 母の「ご飯できたわよ!」の声で目覚めた。

 いつのまにか母が部屋に入ってきていた。「まだ気分悪いの?」と訊かれ、「もう大丈夫」と答えた。

「今日はカレーだけど、食べられる?」

「食べる、食べる!」

 母の作るカレーは最高なのだ。

 僕はリビングでカレーを食べながら再び嬉しさを噛みしめていた。

「あら、学校で何か、いいことでもあったの?」と母が言った。

「何もないよ・・カレーが楽しみだからだよ」

 僕の返事に母の方も嬉しそうな顔を見せた。


 何度寝ても、受験勉強態勢になると眠くなる。

 カレーのお替りをしたせいで、血液が胃袋に全部行ったようだ。更に眠くなった。

 母の入れた紅茶を啜りながら昨日と同じように勉強を始める。

けれど、頭に入らない。

 英単語の暗記でもしようと、暗記カードをぱらぱらと捲る。

 英単語のスペルが二重に見えてくる。目が拒否反応をしているみたいだ。ついでに頭の方も睡眠をとりたがっている。これは五月のせいだ。


 頭がカクンと傾き、はっと目を開ける。何秒か爆睡していたのだ。

 無意識に壁の鏡を見る。さぞかし、真の抜けた顔が映っていることだろう。


 又だ! 僕の顔が映っていない。

 また透明化だよ! いつ透明になったのかわからない。

 一体どうなってるんだ?

 次第にこの状況に慣れっこになっている自分に気がつく。又どうせ元に戻るんだろう。安易に考えてしまう。

 もうこの時点で僕は、

 この現象は医者に行っても意味が無い、ということ。

 家族には絶対秘密にしなければならない、ということ。

 この原因を早急に、絶対に突き止めなけでばならない、ということを決めていた。

 

 それは同時に猛烈な孤独感だ。

 独りでこの問題と戦わなくてはならない。

 一体、どれくらいの時間、透明になっているんだろう?

 また、それが体の全部なのか?


 時間なのか? 決まった時間にそれは訪れるのか?

 昨夜も10時頃だった。

 いや違うぞ! 授業中にもなったじゃないか。

 その共通点は?

 ・・わからない。

 座っている時か?

 母が紅茶を持ってくる直前・・そんなわけないか・・

 いや、そんなわけあるかも・・もうじき、母が二階に上がってくる。

 それまでに何とかしないと・・


 ああっ、どうしたらいい?

 考えが及ばぬままま、

 トントン、

「道雄、入るわよ」

 もうだめだ!

 入るな! とも言えない。エロ本とか読んでいると思われるのもイヤだ。

 ドアが静かに開いて、いつものように母が紅茶を持って入ってきた。

「今日も頑張ってるわねえ」

 いつもの母の優しい言葉。

 母の声と、母の言葉にホットする自分がいる。

 あれ?

 元に戻っているじゃないか! 

 母が机に紅茶の載ったトレイを静かに置く。

 その間、僕は壁の鏡を見る・・

 いや、戻っていない、鏡に僕の顔が映っていない。まだ透明だ。

 それじゃ・・母は・・


「お母さんには僕がちゃんと見えているの?」

 昨夜、もう二度と言わないと決めた言葉を言った。

「もう昨日といい、今日も、何なの、道雄は、気味悪い」

 そう言い残し、母は出ていった。


 僕は両手を広げて見た。透明だ。 

 どういうことだ!

 母は、僕の後ろに座っている速水沙織と同じだ!


 そして、さっき決めたこと・・家族には言わないようにすること・・が、半分解決したと思った。透明になっても取り敢えずは母には僕が見えている。

 母には僕の存在が認識されているということだ。

 母にとっては僕の影も薄くはない!

 人って、こんなささやかな事でも嬉しくなるものだ。


 そして、鏡を再び見る。

 戻っている。僕はすぐにデジタル腕時計を確認する。

 夜の10時30分。

 僅か、20分か、30分の間だ。

 ほっとした。

 いや、「ほっと」じゃないだろ。透明は透明だ。

 だが、透明でいた時間は確認できた。昨夜も今夜も、学校でもそれくらいの時間だったはずだ。

 次はそのタイミングだ。

 体が透明になったきっかけ、その共通点を探すんだ!

 僕は特におかしな薬も飲んでいないし、母の手料理も関係ない。何かの遺伝? ともっ考えたが、僕の父は母、祖父母を含めて、そんな話は聞いたことがない。

 勉強のし過ぎ? も考えたが、それだと世の中の受験生はほとんど透明になってしまう。

 思春期、つまり、成長過程でそうなるのか?

 いやいや、そんなこと、保健の授業で習ったこともない。

 ・・わからない。

 次に体調・・下痢とかしてないよな? 頭痛もない。熱もなさそうだ。

 いたって、僕の体は健康だ。

 

 透明になったと気づいた時、受験勉強・・英単語カード・・授業・・先生の声。

 ・・眠気・・

 そういえば、昨夜も、眠く、今日も・・

 あっ!・・授業中もだ! 先生の声が子守唄に聞こえたっけ。

 眠気というか、眠気と戦っている時だ。

 少なくとも、この3回、透明になった時の3回とも睡魔と闘っていた。

 ・・・・・

 試してみるか・・


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