第2話 通学路にて

◆通学路にて


 いつもの通学路、あえて「いつもの」という言葉を使いたいくらい、いたって何でもない一日が始まろうとしている。

 昨晩の衝撃が体のどこかにまだ残っているのか、少し、体がだるいことを除けば何でもない朝だ。

 目の前を同じクラスの男子が大声で笑いながら、歩いている。

 当然ながら、僕はそんな連中には属さない大人しい高校生だ。

「よっ、鈴木」と後ろから佐藤が声をかけてくる。

 そう、僕は「鈴木」という日本で一番多い苗字を持つ男だ。よって没個性的とも言われたことがある。実際に個性に秀でてはいない。ついでに影も薄い。

「受験勉強はかどっているか?」

 そんな佐藤もごく僕に負けず劣らずのありふれた名字だ。

 佐藤の問いを適当に流しながら僕は昨日のことをまた考えていた。

 もし、仮に・・本当に透明人間になったら、

 不可能が可能になる。

 それが可能になれば、僕はやりたいことがある・・


「おい、鈴木、聞いているのか?」佐藤の大きな声に我に返った。

 佐藤は顎でくいと前方を指した。

「水沢さんだぞ」

 目の前をすっすっと風のように歩いているのは、クラス一の秀才と言われる

水沢純子だ。

 5月の爽やかな風が吹く中、健康そうな脚で颯爽と歩く彼女は僕の初恋の人だ。


「佐藤くん、おはよう」

 僕たちの脇を通り過ぎながら、佐藤と同じクラスの女の子が挨拶をする。

 当然、僕には挨拶無しだ。

 そう、佐藤はモテる男だ。

 僕と違って、運動神経はいいし、当然、成績もいいし、おまけに歌も上手いときてる。

 

 だが、佐藤は僕に朝の挨拶をしない女の子は無視する。頷く程度だ。

 

・・鈴木(僕)を軽視する女には挨拶を返す価値なしだ・・以前、佐藤が言っていた言葉だ。

 そんな理由からかどうかは分からないが佐藤とは長いつき合いだ。

 特に趣味が合うとか、目標が同じとかではない。時々会って話すのは佐藤くらいだ。


 女の子の方はどうして自分たちが無視されるのか、分からない様子で去っていく。

「僕のことは気にしなくていいよ」と僕が佐藤に言うと、

「俺は寄ってくる奴らは嫌いなんだ」と答えた。

 確かに僕は佐藤に寄ってはいかなかったが・・


 今、去って行った女の子、山野いずみには僕が一年の時、

「鈴木君って、いるのかいないのか、わからないわよね」と言われたことがある。

 もちろん、陰口だ。

 そんな陰口をご丁寧に教えに来るクラスメイトもいる。

「お前、あんな風に思われてるぞ」と笑い、ご満悦の様子だった。

 自分自身は存在感があるとでも言いたかったのだろうか?


 そんなことを思い返していると佐藤が「じゃあな、鈴木」と手を振って3階に上がっていった。

 佐藤とはクラスが別だ。僕は2階の2年2組の教室に入る。

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