第9話 希望
カラスの香りを纏って帰る。四つ角で烏丸と別れた。振り返ると、未練が残りそうだから、あたしは前だけ見て歩いた。鉄パイプはあのまま裏路地へ捨ててきた。残念ながら、あれは火をつけたところで燃えやしない。
セーラー服の返り血を咎められる家ではない、死んだように静かな我が家へ帰って黒いワンピースに着替える。あたしにとっては喪服のつもりだった。そのまま制服を抱えて、深夜の街へ飛び出した。小銭で百円ライターを買う、近くの公園のごみ箱へ制服をぶちこんで燃やそうとした。けれどカラスの声がよぎった。
――火遊びなんてガラじゃねーだろ。
燃やさなきゃいけないと思った。それなのに。
ゴミ箱を倒して、そのまま知らんぷりをして家に帰った。警察にでもみつかったら怒られるだろうか。あれじゃあ、出身高校がバレバレだったから。
セーラー服を失った今、学生というブランドを失くしたあたしは、明日から何を着て生きていけばいいのか。正解はわからない。可愛げのない簡素な自室をぼんやりと眺めていると、学習机に転がっている、同じく鉄の塊が目に入る。現代版の武器らしいけど、あたしの携帯電話は機能していない。携帯電話は通信料が支払えないため、カメラとライトの機能しかなかった。――お金がない、まずはコンビニのバイトからでもはじめようか。
「サヨナラ、ツバメ」
あたしはただの津波黒 梓沙。他の誰でもないあたし。あたしの青春は今日で終わり、区切りをつけるまでもなく。羽ばたくことができない、ただの家畜に成り下がった。――それでも、前ほど憤りもない。耳鳴りもしない。あたしは大人になってしまったんだろう。
唇に残ったカラスの味を確認する。バイト代で彼と同じ香りを買おう、あたしの青春は赤色の蛍みたいな灯火だから。
(終わり)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます