第6話 砂を噛む、痛み。


 カラスが吸い殻を踏みしめた。あたしは鉄パイプを振り上げた。――身に付いた動作を繰り返す、頭上から右半身へ〝あたしの一部〟として。阻まれて、鉄パイプがぶつかる金属音。カラスも攻防を繰り返す、あたしも鉄パイプを受け止めて、弾き返す。カーンッカーンッとサイレンにも似た音、時々肉体に叩きつけられる鈍い音。衝撃、痛み、鈍痛、アドレナリン、生きてる心地。カラスが振り上げた鉄パイプを避けたつもりだった、そのままスライドしてきて、ミゾオチに突きなんて、剣道じゃあるまいし。当たり所が悪かった、あたしの口から真っ赤な体液が零れ落ちる。けれど、それが最後だった、――あたしはアスファルトに転がった。

 カラスは一言「ここで死ぬか?」と、死骸に訊ねる言葉はないハズだ。あたしは答えた「まだ、」やれる。けれどあたしの意思とは関係なしに体は言う事を聞いてくれない。内臓からの胃酸の酸っぱい、生臭い液体がだらだらと口の中で頬張るハメとなる。

 カラスから受けた痛みは少なくとも五発はあった。あたしはカラスヘ三発だけだった、右肩と左手と左足の太もも。どれも急所を避けられている。ミゾオチなんかに食らったあたしの負けは決まっている。握った拳じゃないひんやりとした痛み、社会の風当たりみたいな温度。這い蹲った地面の砂を舐める、齧った触感が砂抜き失敗のアサリと同じソレだった。

「さしずめ、ツバメの言葉で言うところの、時計仕掛けの果実にはならないと言ったところか」

 余計な事を喋る男だ、いつのまにカラスはお喋りさんへ転職したのか。――いや、カラスは人の言葉を真似る習性もあるとか、ないとか。

「ナッドサット言葉も喋れないカラスは初めから論外、第九を掛けても頭痛になるタイプじゃないよ」

 皮肉で返した言葉に対して、なんのためらいもなく「巣に籠っているツバメと違って若者言葉は得意だよ? それに、ハッピーエンドが好きなんだ」なんて言う。

「自分も幸せになりたいと思うから?」

「違うよ、アズサ」

 鉄パイプから手を放し、ソレがカランッと音を立ててアスファルトに転がった。あたしの隣に寝そべるカラスの鉄パイプも、きっと酷く氷のように冷たいだろう。死骸になった鉄パイプを横目に仰向けになると、カラスは三十センチで届く距離へと近づいてしゃがむ。あたしの顔はそんな近くじゃなくても見えるだろうに、わざわざ覗き込みあたしの目を見て話す、その焦げ茶色の瞳の奥の奥に、どんな感情を抱いているのか、あたしにはわからない。

「生きてる心地を知っている他人には幸せになって貰いたいからさ。――せめてフィクションのなかくらいは」

「一度暴力というもので、脳味噌が海綿体みたいになってしまった、海綿状脳症家畜牛にありがちな病気の人間には現実味が無い話だね」

「だから、非現実ぐらい、幸せが欲しい」

 お気楽な人だ、とうとう尖った殺人的な嘴まで捨ててしまったか? ヒットしたからハンズアップで死体のマネをしているのに、ゾンビ行為が許される。疑似戦場なら一発で締め出される、エアーガンじゃなかったら、本当の死体だから喋る事も出来ないし。

「そっか。じゃあ独りで卒業してください。あたしは誰でもない、ただのツバメ。ただの鳥、翼を刎ねられたら、ただのゴミだ」

 あぁ、本当のイカレポンチはバッドエンドみたいな物語しか好まない、あたしのようなタイプに違いない。自分以下を見ることで幸せを感じる、あたしみたいな人が。


(続く)

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