第3話 跳梁跋扈と言うところ、


 抜け殻の死骸を蹴りつけて、そのチンピラが呻いたから、まだ死んでいなかったと悟る。鉄パイプで突いてみて、本当に死んでしまったらそれはそれでよかったんだけど、当たり所が悪かったのか、その死骸もどきはまだ息があった。

「――本当に、あたしを置いて大学へいくわけ?」

 カラスに問いかけると、「思い出はツバメにくれてやるさ」なんて簡単に言ってくれる。

「あたしは思い出なんていらない」

 思い出なんか必要ない、だからあたしは火をつけた。

「そういう女だって知っている。全部が嫌で逃げているアズサのこと」

「今は名前で呼ぶな」

 好きだったわけじゃない、きっと執着しているだけ。自分にそう言い聞かせて、返り血のついたスカートを握りしめる。箱ヒダのプリーツへついた錆びみたいな乾いた血がまだらに柄をつくりだしていて、気持ちがとっても落ち込んだ。

「ツバメは羽ばたけばいい。俺はここで羽を休める」

「家畜。チキン。加工肉」

「いずれ家畜になり果てるんだ、俺もツバメも」

 どうせあたしは消費される側。それもとりわけあたしは女だから。一対一で闘うこと、シャツと靴下を脱いで闘う事が許されない。どうせ女と切り捨てられて、男性が見下す専用電車へすし詰めにされるだけ。ヒエラルヒーは食物連鎖と弱肉強食。喰われた方が負けなのだ、弱者である事を盾にするぐらいだったら高貴に、憧れに、孤高に、自殺してしまうだけ。戦場だった、生き残れない学生はそのまま屋上から飛び立つ。それこそ、鳥のように。

「だからあたしは、夏の続きをしているんだ」

 あの箱庭には関係ない話。別にいじめられていたわけではない、そして、誰かをいじめていたわけでもない。くだらない社会の縮尺、相対的な幸福度の低い将来について学業という無形の財産を積み上げる。果たしてあたしに未来などあったのだろうか。そんな答えは誰も教えてくれない。最適解も無い。これが悲しいという感情であることを学校が教えてくれるわけでもない。

「知っているよ。もちろん、ずっと」

「じゃあ、なんで」

「でもアズサ、ここまで春殺しをしたところで、時の流れは殺せない。いつか終わりが来るんだ」

 こいつはいつも、残酷な事実を提示する。

「……あたしはまた一人になる」

 烏丸に見せる、初めての弱みだった。

「迎えに来るよ、絶対。それまで思い出を抱えて待っていてくれるか」

「死ぬかもしれない。……墓で待っていていいなら、待っているけど」

「アズサ」

「あんたには、あたしの事は、一ミリもわからない」

 だってカラスはあたしよりも強いから。強い人間は、ぐちゃみそになってしまった弱者の気持ちなんてわからない。

 まだ鉄格子のついた真っ白い部屋の方がマシだった。たとえあたしが病人の偽物でも、きっと、あの病院の方がイカレタてしまった建物へぶち込まれていた方がマシだったに違いない。沢山の錠剤と沢山の拘束具、今が昼か夜かしか分からない窓を眺めて、誰にでも怒鳴りつけてやるんだ。――出て行け! この悪党めが! って罵るんだ。その方がずっとマシ。

「ねぇカラス。置いてくぐらいなら、あんたの思い出もあたしが燃やしてやってもいいんだよ」

 欲しい言葉のために誘導することはやめた。すでにあたしの中では答えが決まっている。烏丸だって馬鹿じゃない。きっとあたしとの思い出は人生における汚点に違いない。だからこうやって過去にしてしまいたいんだ。


 あたしの実父が、蒸発したように。


(続く)

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