第2話 春殺しの夜
カラカラカラカラと、アスファルトと擦れて響く金属音。右手に握った腰ぐらいある鉄パイプ。手の熱で生温くなった箇所を持ちかえる。逃げている自覚はあったのに、結局今夜もあの夏の延長戦。忘れたくなかった感情を抱えたまま、夜の街へ飛び出していた。
セーラー服のまま、薄暗い路地で歩いていく。バカみたいな行動だって、今夜だったら正当化されるだろう。……結局それは自分への言い訳だったんだけれど。
ひりひりする目じりをぬぐってローファーの踵を打つ。ウザいぐらいの桜並木。空を見上げてもちっとも星や月は見えやしない。制服の下に嘘と同じぐらい付いた生傷の確認作業を繰り返す。
「あたしはいったいどれだけの犠牲を払えばいい」
中学二年生はずっと前に卒業した。患うべき病気ではないはずなのに、いつまでも苦しめれる呼気と圧力。頭の奥で鳴り響くサイレンみたいな耳鳴りがずっと付きまとっていた。
「お嬢さん、今日を持って卒業できるかい?」
本当は烏丸の事だって、春と同じぐらい嫌いだったはずなのに。
「黙れ。お嬢じゃない」
お嬢と言う呼び方が気にいらなかった。
「失礼。いまはツバメだったか」
減らず口を叩く烏丸は長身の短髪。背筋と言い、鉄パイプの構え方と言い、パッと見は剣道が得意なタイプを思わせる。けれど礼儀を重んじる剣道部に比べると、頭の中身がちゃらんぽらんだった。あたしと似たような長さの鉄パイプを肩へ掛けるように持て余して、唇には齧る様に吸ってるセブンスター。柄の悪さで言うならば、返り血を浴びているあたしよりも、こいつの方が一枚上手っぽかった。
「カラスのクソったれな発言なんて今更気にはしてないよ」
あたしがこの男について知っていることは、頭のネジが数本外れたイカレた野郎という事だけだった。普段は穏健派で学校という枠組だけで言うなら、カーストの中では下の方。あたしだって、例外じゃない。
「小鳥が俺に勝てると思うのか?」
ゲラゲラ笑いたげに含みを持った表情で濁った眼を向けた。ギラギラとしたメイプルシロップみたいな瞳の色で、あたしを舐めるように見つめて来るから間髪入れずに脳天めがけて鉄パイプを振り下ろした。
けれど所詮はツバメ。あたしはカラスを名乗る彼には勝てない道理である。
金属音と共にあたしが振り上げた鉄パイプは、彼が肩へかけるように抱えていたままの鉄パイプで受け止められたのだ。
「鈍いねぇ、これだから女は」
金属音のカーンッという甲高い音を立てて、振り払われた。
「うっざ、この差別主義」
躱されたのが面白く無くて、カラスへ喧嘩を売るのはやめた。その代わりに手当たり次第に溜まっていた不良やチンピラをぶちのめす。ここはあたしとカラスのシマだった。正当な理由は犬に食わせ、嘘で塗り固めた大義を持って〝掃除〟を始める。逃げ惑う他校の下級生と思しき男に制裁を加え、アロハシャツでたかが肩がぶつかっただけでメンチ切る大人げない大人をぶん殴り、抵抗することだけが生きがいだった。
――生きている心地がしていた。
(続く)
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