第2話 ジャムサンドクッキーと秘密
その1
レスティリア学園に編入して二週間。
春の花々の最盛期は過ぎたけれど、
ローザリアの学生生活は、今のところ順調な
たとえ義弟があれ以来、意中の相手が
ローザリアが順調と言い張れば順調なのだ。
──そもそも
アレイシス的には、義姉が心配でもルーティエへのアプローチを
全力を出しきれない義弟の
教室内では
誰とも話さずにいてもローザリアは気にしないのだが、
なのでルーティエとの
特に食堂という制度は、引きこもりだったローザリアには
広い空間に大勢の人間が
さすがに貴族ばかりが集まる場なので
書物で読んだ通りの景色が目の前に広がっていて、利用初日は興奮を
けれど内部構造は書物の通りとはいかず、選ばれし特権階級のみが食事時に使用できる区画、特別席というものが存在した。王族であるレンヴィルドや、執行部の役員達がそれに
確かに学業
ここになぜか、『
執行部の
朝早かったり、逆に消灯時間の
今も、
「食堂の味には慣れましたか?」
「はい。自宅の料理もおいしいですけれど、こちらの料理人も一流ですわね。さすが、王族にも料理を
学食とは名ばかりで、見た目も味も非常に
「これだけ
貴族にとって、食後に二時間程度のお茶の時間は当たり前だ。けれど授業日程に合わせなければならないので、学園にいればそうもいかない。
「失礼な言い方になるけれど、あなたは真面目に授業を受けているようには見えませんよ?」
「あら、気付かれておりましたか」
「それはもうあからさまに、別のことを考えていると分かるから。まぁ、おそらく教師
食事を共にすることもあって、彼とはくだけた口調で話せるほど親しくなっていた。
護衛だから当然なのだが、仲良く食事でもすれば親密になれるかもしれないのに。
レンヴィルドといるおかげでそれなりにお近付きになれているが、なかなかゆっくり話すことができなかった。
だが、頭を
シチューを食べる手を休めると、ローザリアは
「レンヴィルド様とのお食事は楽しいのですが、
手っ取り早い、という品の
「そうだね。一番手っ取り早いのは、やはり前期テストかな。来月の頭に行われるし、成績順が
「前期テスト、ですか?」
「そうか、あなたは編入生だから知らないか。まだ教師から説明を受けていないのだね」
彼によると、ここでは年に三度の学力考査があるらしい。一番重要なのは年末に行われる後期テストで、結果によっては進級にも
前期テストは教科の数も少なく、
一通りの説明を終えると、レンヴィルドはクスリと笑った。
「でも、私の隣に立って遜色がない女性というのは、別の誤解が生じかねないのではない?」
レンヴィルドの
確かに、
「──『薔薇姫』が王弟妃になるなんて、彼女達は考えすらしないでしょう」
歴代の『薔薇姫』の中で、王家に
ローザリアは、王弟妃の座を
レンヴィルドが、まるで顔を近付けるように首を
「あなたは分かっていないね、自分自身の価値を」
「え?」
「『薔薇姫』を王弟妃とする過程には、確かに多くの困難があるだろう。けれどあなたには、それら全てをねじ
真剣な
「レンヴィルド様、それは結構本気の
「勧誘、と言い切るあなたの
「……」
どうやらこの王弟殿下は、
──けれど『豪胆さが魅力』というのは、この方の本心なのでしょうね……。
レンヴィルドの幼い婚約者の死因は、自殺。
彼の
──
ローザリアは果実水を一口飲むと、ことさらいたずらっぽい笑みを返した。
「殿下のお申し出、大変
「それは、その間私にも
「
「側室を
冗談を言い合う内に、レンヴィルドがいつもの調子を取り
できることがあるとすれば、こうして気分を変える手伝いをするくらいだ。友として。
ローザリアもまた、彼と
レンヴィルドの瞳が、急に真面目な色になる。今度は冗談を言い出す雰囲気じゃなかった。
「ともかく、あなたに価値があるのは本当だ。それは『薔薇姫』だからと、
「はい。……ありがとうございます」
だから、
逆に
レスティリア学園に編入して初めて言葉を交わした王弟殿下は、身分や性別、生まれ持った事情にかかわらず接してくれる、得がたい友人となった。
放課後。
「
聞いた
「
できることなら受け取り
盛大なため息をつくと、ローザリアは
内容は簡潔だった。すぐに読み終えて
ミリアは
「ローズ様、旦那様は何と?」
「フォルセ様とは会ったのか、話し合いはできたのか。要約するとそんなところね」
もちろんローザリアも早急に片付けたいと思っているが、こういった繊細な問題は段階を
──わざわざわたくしから出向いて差し上げるというのも
お
「わたくしとしては、フォルセ様との話し合いはすぐにでも決着すると思っているの。なのでまずは、もう少しカディオ様と親しくなることを優先させたいわ」
護衛の任務に
むしろ今のところ、
──アレイシスにフォルセ様、そして次期
ストロベリージャムをたっぷりと入れた紅茶に口を付けながら、ローザリアはこめかみを
「カディオ様と今以上お近付きになるには、どのような方法が有効的なのかしら。やはりここは、意外な一面でも見せるべき?」
勉強ならば人一倍してきたが、
恋愛経験のなさで言えば似たり寄ったりなミリアに相談をもちかけると、彼女は
「
「……ミリアがわたくしをどう思っているのかよく分かったけれど、まずその条件を整えることが至難でしょうね」
面と向かって悪口を言われたのはまだいい。問題は、彼女が提案した
まず雨天であること、学園の
次に、恋愛経験の
「
「……財布などわたくしは持ち歩かないし、なぜ猫が魚をくわえているだけで追いかけねばならないの? 状況が全く分からないわ。侯爵令嬢として、理解のできない行動はたとえ演技であってもできません」
裸足で
ローザリアに対するひどい印象にも
そのため訪問者が誰なのか、何となく察しがついた。グレディオールと
対外用に取り
「お
想像通りの名前に、ローザリアもまた令嬢の仮面を素早く装着した。きっと今この
ミリアの案内で現れたのは、
「お久しぶりですわね、フォルセ様」
二週間
ローザリアは
「わたくしの私室で二人きりというのは体面が悪いので、学習室の一室でもお借りいたしましょうか。もちろん、ミリア達も共に」
申し出た途端、フォルセの
「分かった。……分かりました」
寮は相部屋なので、学習室は静かな
貸し出し制の個室になっているため、密談するにも最適だった。
対面に座すると、ミリアとグレディオールが背後に控える。まずはローザリアから口を開いた。
「わたくしから申し上げたいことは一つ。
なぜか
「セルトフェル
通常婚約とは、家同士の
しかしここで問題になるのは、婚約時の王家の
となると、成人前の子どもの婚約と言えど、両家のみの問題ではなくなってくる。
ここで生きてくるのが、学園に編入したことでできた王弟レンヴィルドとの繋がりだ。
彼は『薔薇姫』の扱いに同情的だったし、ローザリアと婚約者との冷えきった関係にも気付いている。うまく相談すればこの婚約を破棄する方向で、国王陛下に進言してくれるかもしれない。そうなれば、より
今後の流れを理路整然と説明すると、彼は言葉の波に
「君は……それでいいのか?」
苦しげな声を発するフォルセのオリーブグリーンの瞳が、ローザリアをひたと
彼は、
ルーティエに心を
そこに例えば打算が
「……
フォルセの顔が泣きそうに
特大の皮肉と受け取ったなら、それこそ
新たな婚約者に目星を付けていることを明かさなかったのは、ささやかな
ローザリアは席を立つと、
「──フォルセ様。あなたの婚約者でいられた
ついに、引導を
彼はしばらく
ローザリアは
「……ありがとう。あなた達がついていてくれたから、心を強く保てたわ」
在りし日、共にセルトフェル家の庭を
ローザリアは一度だけ強く
まだほんの少し胸は痛むけれど、これでようやく前を向ける。
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