その2

 前期テストの対策という口実で、レンヴィルドを自習にさそった。

 二人きりだと問題があるため、今回は学習室の中までカディオがついてくることになっている。

 王立団の中でもこの騎士団に所属している彼ならばしんらいは厚い。すべて計算通りだ。

 フォルセと初めて学習室を利用した時、この作戦を思い付いたのだった。そこそこぜまな空間はきよを縮めるには打ってつけだ。

 前期テストの教科は全部で五こうもく

 数学と古代レスティリア語、政治経済学、社会学、世界史のみ。中期や後期になるとさらに八教科増えるらしいので、確かにレンヴィルドが言うように前期テストはまだ易しいようだ。

 放課後のまだにぎやかな廊下を、ローザリアは彼と並んで歩いていた。

「わたくしは社会学から始めようかしら。レンヴィルド様はいかがなさいます?」

 首をかしげながら問うと、彼はかばんの中にめ込まれた分厚い書類の束を示した。

「私は政治経済学を。すぐに変化していくものだから、常に動向をあくしておかなければね」

「レンヴィルド様。おそれながら政治経済学のテストには、教科書に書いてあることのみが出題されるかと。現在の政治経済を把握することは、ただのご政務と申します」

「それを言うならあなたこそ、本当に勉強をする気があるのかな?」

 王弟としての公務を始めようとしているレンヴィルドに冷ややかな視線を送るも、彼はすずしい顔だ。それどころか下心があることまでかされているようだった。

 フォルセと話し合いの場を設けたのはつい先日だというのに、婚約を破棄したいと考えていることがもう知られているのだろうか。めぼしい相手としてカディオに目を付けていることも。

 だんならば決してないことだが、この時のローザリアはするどてきに少なからずどうようし、足元がおろそかになっていた。

 そのためけにも、渡り廊下との段差をはずしてしまった。

 体の重心がグラリと傾ぐ。ゆかが足元から消えてしまったような感覚に血の気が引いた。

 とつげ鞄をめながら、しようげきを予感して目をつむる。

 だが、ゆうかんを味わったのはいつしゆん。すぐに確かな力で背中を支えられた。

「おはありませんか、ローザリア様?」

「カ、カディオ様……」

 従者として適度な距離を保っていたのに、いつの間に距離を詰めていたのだろう。カディオが心配そうに、背後からのぞき込んでいた。

 金色のまなしが至近距離にある。体を支えるかたうでるぎもしていない。

 背中にれる大きな手を意識して、ローザリアはあわてて姿勢を正した。

「カディオ様、ありがとうございました。おかげで転ばずに済みました」

「当然のことをしたまでですから。あなたにお怪我がなくて、本当によかった」

 動揺を隠して微笑むと、それ以上の笑顔が返ってきた。心からローザリアの無事を喜んでいると分かる、な笑み。

「……」

 彼が女性の人気を集めている理由が分かった。何というか、女性のツボを心得ている。

 しかも天然でやってのけるので、けいかいしんいだかせないのがおそろしい。かげながら彼をしたう女性が至るところに隠れていそうだ。

 めずらしく言葉を失うローザリアに、レンヴィルドが笑いをこらえている。

 照れ隠しに一にらみすると、一行は再び歩き出した。

 学習室にたどり着くと、筆記具や問題集を用意し、ひとまずはに勉強を始める。

 三十分ほど続けたところで、レンヴィルドがふと席を立った。

「参考にできるぶんけんがあるか、図書館で探してくるよ。あぁ、護衛はイーライに任せるから、カディオはここにいていい。すぐにもどってくるから」

 付き従おうとするカディオを制し、彼はろうに立つ護衛に声をかけた。

 見送りを終えるとローザリアはニッコリと微笑ほほえんだ。

「カディオ様、よろしければきゆうけいにいたしません? わたくし、おを用意してきましたの」

 少々しゆくじよらしくないが、すかさずとなりの椅子を引いてゆうどうする。

 彼は、あざやかな赤毛を困ったようにいた。

「いえ、俺は勤務中ですので」

「少しの間休んでいても構わないという、殿でんからのごはいりよだと思いますよ」

「ですがローザリア様もまだ、勉強を始めて間もないのでは……」

「全く問題ありませんわ」

 を言わさず取り出したのは、街で流行はやっているという焼き菓子だ。手作りも得意だが、積極的に行きすぎて引かれても困る。

 まどうカディオだったが、ついにローザリアの微笑みにくつした。きようしゆくしつつ隣にこしを下ろす。

 生菓子だと勉強の合間に食べづらいので、クッキーやマカロン、バウムクーヘンなどを用意していた。残念ながら紅茶はないが、もう少し親しくなれば振る舞う機会もあるだろうか。

 ローザリアがさつそく手を付けると、彼もおずおずと指をばす。カディオはストロベリージャムをたっぷりはさんだクッキーが気に入ったようで、何枚も連続で食べていた。

 あのクッキーは甘党のローザリアが糖分補給に食べるもので、しびれるような甘さがとくちようだ。男性どころか女性にも苦手とする者が多い。リジク以外で理解者を得られてうれしかった。

「カディオ様は、学生のころどの教科がお好きでした?」

 会話のきっかけ程度に話を振ると、彼の表情が急にかたくなった。

「あ、俺は……どうでしたかね。勉強はきらいじゃありませんでしたが、どちらかというと体を動かす方が好きでした」

 騎士となるためにけんさんを積んだという意味なのだろう。けれど、カディオのひとみがうろうろと泳いでいるのはなぜなのか。

 彼は何かをすよう、急にじようぜつになった。

「えぇと、体の効率的なきたえ方や、人体の急所、最小限の力でいかに最大限の効果を得るかとか。そういったことは、図書館に通ってでも学んでいましたけどね。強くなれば、その分守れるものも増えますから」

 カディオの態度をしんに思ったけれど、ひとまず話に付き合ってあげることにした。

「学生の頃から騎士になるための努力をなさっていたのですね」

「体を鍛えるのは、しゆみたいなものです。あ、だからといって、殿下をお守りすることを軽視しているわけではありませんから!」

「分かっております。カディオ様とレンヴィルド様の固いきずなは、そばで見ているだけで十分伝わっておりますもの」

 あえて同調しているとはいえ、それはまぎれもない本音だ。

 彼らは主従の関係であるが、時折軽口を交わすことがあった。視線の動き一つとっても強い信頼がうかがえ、それはローザリアにとってのミリアやグレディオールとの関係に似ていた。

 あせっていたカディオだが、主人を思ってかおもむろに遠くをる。

「殿下のことは尊敬しておりますし、感謝もしてるんです。殿下に必要とされなかったら、いまごろ俺はどうなっていたことか……」

 彼の横顔が、とつぜんこわった。ローザリアをり返ると、動揺もあらわに首を振る。

「すみません! 私語がすぎました!」

 今の会話のどこに失言があったのか分からない。続きが気になるところだが、ローザリアはこれもまたついきゆうしないことにした。

 カディオの瞳の奥に、恐れに近い不安を見た気がしたからだ。

 まだ、心の内をあけすけに語れるようなきよかんではないということなのだろう。それに、今まではあいさつ程度しか会話がなかったのだから、少しは関係が前進していると思っていいはず。

 ローザリアはりよく的なみをかべた。

「いいえ。カディオ様のお話は興味深いものばかりで、つい聞き入ってしまいました。お話ししていてこんなに楽しい殿とのがたは、初めてですわ」

 男性が喜びそうな言葉を、意図的に選んだ。

 計算高いとだれののしられようが関係ない。カディオを手に入れると決めているのだから。

 彼はおもわく通り、ぼうぜんと目を見開いた。

 そしてゆっくりと、顔中に笑みを広げていく。少年のように、青空のように鮮やかに。

「はいっ。殿下はとてもらしい方です!」

 こんな、心から自然とわき上がるような笑みを見るのは初めてだった。ちよくげきを受けたローザリアは、身体からだ中がカッと熱くなっていく。

 彼の燃えるようなかみ色のせいか、まるでほのおの側にでもいるみたいだった。なのにき上がる喜びの、何と甘いことか。

 計算していた方向には全く意識してもらえなかったが、カディオの笑顔を見ているだけで何もかもどうでもよくなってくる。

 じわじわと胸を満たしていく温かな感情に、いつの間にかローザリアも笑みを浮かべていた。じやな笑顔をずっとながめていたい。

 おだやかな空気を味わっていると、レンヴィルドが帰ってきた。

 カディオはすぐに立ち上がり、任務へと戻っていく。

「……何を話していたのかな?」

 レンヴィルドが、クッキーに手を伸ばすついでのように小声で問いかける。

 彼にわざわざ報告するような会話はしていない。けれど、どこか胸が満たされているように感じるのは確かだった。

 ローザリアは視線だけで笑みを返す。

「わたくしとカディオ様だけの秘密にしておきましょう。レンヴィルド様が胸やけするような事態になっては、申し訳ございませんから」

 ジャムサンドクッキーをかじったレンヴィルドが珍しく顔をしかめたのは、口に広がる甘さのせいか、糖度の高いのろけのせいか。

「これは、クラクラするね……」

 頭痛を堪えるようにしながらつぶやく友人に、ローザリアはしのび笑いをらした。




 自宅のしき内から出たことのないローザリアは、学ぶ以外に退たいくつを紛らせるすべを知らなかった。

 外界に興味をいだいて、現実に打ちのめされるのは自分だ。だからわきも振らず勉強を続けた。

 そんなローザリアからしてみれば、名門と言われるレスティリア学園のテストだってさほど難しいものではなかった。ごたえなど何もなく、ただ解けて当然という感覚。

 前期テストが終わり、翌日の朝には結果がり出された。けいばんの前、ローザリアは異様なざわめきの中心にいる。


『一位 ローザリア・セルトフェル 五〇〇点』


 全教科満点というあり得ない点数に、きようがくの声がまない。そのくせ、ローザリアに声をかける者などいないのだ。

 そこに、護衛をともないレンヴィルドがやって来た。

「ローザリアじよう、おはようございます」

「おはようございます、レンヴィルド殿でん

 異様なふんを察しているだろうに、いつも通りの笑顔で登場するごうたんさはさすがだ。

 ばゆきんぱつに、ピシッと着こなした制服。朝から一分のすきもない。

「カディオ様も、おはようございます」

「おはようございます、ローザリア様」

 カディオのせいかんようぼうには、さわやかな笑顔がよく似合う。先日の勉強会から、彼との間にあったかべいくぶん低くなったように感じていた。

「──なるほど。こういうことだったのだね」

 順位表を眺めていたレンヴィルドが、あごに手を当ててたんそくした。事情を説明せずともさわぎの原因が読めたのだろう。

「おめでとう。さすがだね、ローザリア嬢」

「そうおっしゃるレンヴィルド殿下も、素晴らしい成績ではありませんか」

「私はいくつかちがいがあったからね」

 レンヴィルドの名前は、しっかり三学年の一位をじんっている。四九七点ということは、ちがえたのは一、二問程度だろう。

 二人の会話を聞いて、カディオはようやく掲示板に視線を移した。一位に連なる名前を見つけて目をかがやかせる。

「殿下もローザリア様も、首席なんて本当にすごいですね。お二人とも、いつしようけんめいテスト勉強をしたがありましたね」

 何のてらいもない賞賛に、ローザリアはほんの少し気まずい思いを抱く。あの勉強会の真の目的は、テスト対策では決してなかった。

 ──わたくしがに勉強をしていなかったこと、気付かれていると思っていたけれど。

 観察をしている内に気付いたことがある。

 おそらくカディオは、誰もが知っていて当然の建国史を知らない。

 だからこそ、ローザリアがおざなりな勉強をしていても気付かないのだろう。彼は歴史の教科書の内容を、まるで初めて見るような顔付きで眺めていたのだ。

 の任務には支障がないのに、学んできたことだけがれいけ落ちるなんてあり得るのだろうか。やはりどこかかんがある。

 考え込んでいると、明るい声が思考をさえぎった。

「おはようございます、レンヴィルド様、カディオさん! それにローザリア様も!」

 ストロベリーブロンドをなびかせけ寄ってきたのは、ルーティエだった。レンヴィルドとカディオがにこやかに挨拶を返す。

「おはよう、ルーティエ嬢」

「おはようございます、ルーティエさん。今日も元気ですね」

 なぜ彼女はさりげなく、異性の体にれようとするのか。気軽にカディオのうでたたく姿にじやつかんいらちながら、ローザリアも笑顔を作る。

「おはようございます、ルーティエ様。昨日のテストの結果が貼り出されておりまして、今はその話題で持ちきりですのよ」

「あっ、本当ですね。今回は少し難しかったなぁ」

 特待生であるルーティエも、順位表の上位者だ。それでも今回は順位を下げたのか、ほんの少し顔をくもらせていた。

 彼女の目が、一位のところで止まった。驚愕に染まった表情はピクリとも動かない。

 ルーティエは呆然と、うわ言のように呟いた。

「──あり得ない。こんなの、初めから答えを知ってたとしか……」

 ささやくようなこわだったはずなのに、彼女の言葉は周囲に静けさをもたらした。

「……そうだよな、やっぱりおかしいよな」

つうに考えて、満点なんて不自然だわ……」

 ルーティエの投じたもんが、すみずみまで広がっていく。まんぜんとしていた悪意が、大きなうねりに変わりつつあるのを感じた。

 いつの間にかルーティエを始め、多くの生徒達がきよを取っている状態だ。ローザリアはぽっかりとりつしている。

 助けは期待できないだろう。

 レンヴィルドは王族として中立の立場を保たねばならないし、アレイシスはまだ登校すらしていない。視界のかたすみにフォルセの姿も認めたが、気まずげに目をらされるだけだった。

 きっと負の感情にはにぶいのだろう。カディオは何が起きているのか分からないようだが、反射的にかローザリアをかばった。

 その背中をたのもしく思う気持ちもあったが、ローザリアはあえて前へと進み出る。

 疑いがあるのなら、自分でふつしよくするしかない。

「『薔薇ばらひめ』が……」

「ずっと閉じもっていればよかったのに」

「さすが、『ごくあくれいじよう』だよな……」

 たんだれかのとがった呟きがさる。それでも下を向いたら負けだ。

 ローザリアはぜん微笑ほほえんでみせた。

「先ほどおかしいとおっしゃったあなた。では、わたくしが何をしたとお思いですか?」

 発言者に顔を向けると、相手は目に見えてひるんだ。

 校則では学園内での身分の上下はないとされているが、それでも格上のこうしやく家に目を付けられたいやからはいないだろう。好き勝手に言っていたほかの生徒達もピタリと口を閉じた。

「では、先ほど不自然だとおっしゃったあなたは、どうお考えに?」

「わ、わたくしはそんなこと、一言も……」

「『普通に考えて、満点なんて不自然だわ』。いただいたお言葉はすべて、一言一句たがわずに覚えておりますわよ。これから先も、ずうっとね」

 名指しされた令嬢は、一気に青ざめた。

 ローザリアは、きゆうだんするように取り囲んでいた生徒達をグルリと見回す。

みなさまはカンニングを疑っていらっしゃるのでしょうが、わたくしはこの程度のテストでわざわざそのような悪事に手を染める必要性を感じません。そう思いませんこと?」

 氷の微笑をかべながら、視線を向けた相手はレンヴィルド。彼はあまりのはくりよくに、少しばかり身をすくめた。

「レンヴィルド殿下、前期テストで行われた五教科の内、いずれかの教科書はお持ちですか?」

「あ、あぁ。今は政治経済学のものしかないが」

「では、何ページでもいいのでご指定ください」

 彼はローザリアの意図が分からない様子だったが、なおに従った。

「それならば、一七八ページにしよう」

「かしこまりました。殿下は、指定したページをお開きくださいませ」

 ローザリアは体の前で両手を組み、すう、と深く息を吸う。

 ゆっくりぶたを持ち上げる。銀色のまついろどられたアイスブルーのひとみが、あざやかに輝いた。

「……『五六二年にこの法が制定されたのは、マラナス地方でのばくはつ的な産業の発展に起因している。温暖なマラナス地方では、当時農牧が盛んに行われていたが、それは農民の日々のかてでしかなかった。まだまだ成長の余地があると目を付けたのは、第三七代マラナス領主ロルフ・マラナスであった。彼は農機具の発明、改良に従事し、またたくわえの大切さを農民達に説いて回ることで、地域の発展に努めた。数年後、マラナス地方はレスティリア王国有数の豊かさになったのだが、それにより起こったのは納税の問題だった。一地方領主ではくくりきれない豊かさとばくだいな資産を得ることとなったロルフ・マラナスは──……』」

「待ってくれローザリアじよう、頼むから」

 レンヴィルドからの制止がかかり、ローザリアはようやくそらんじるのをやめた。周りを見回せば、はや誰もが信じられないものでも見る目付きだ。

 レンヴィルドはつかれた顔でこめかみを押さえながら、おそる恐るといったふうに口を開いた。

「えぇと。あなたはまさか……教科書の内容を、一言一句違えずに覚えているのかい? しかも、三学年のものまでも」

 ローザリアは胸に手を当て、ニコリと微笑んだ。

「全学年の分ですわ、殿下。わたくし、記憶力はいいのです」

「そういう次元の話ではない気もするが……」

「ウフフ。ですから、今この場にいらっしゃる皆様のお顔とお名前は、全てかんぺきあくしておりますのよ」

 にこやかにぞうぞういちべつすれば、全員がサッと顔を逸らした。

 ページ指定をした者との共犯を疑おうにも、レンヴィルドの身分が高すぎる。これでこのそうどうは一気に片がつくだろう。

 ローザリアは息の根を止めるように、とどめのいちげきを発した。

「その程度のきばしか持っていないのなら、いちいちこうげきしないでくださらないかしら。うつとうしくてかないませんの」

 二度目はない。言外に圧すると、あらししのぶ動物のように誰もがひたすら身を縮める。非難する者も、まして目を合わせようとする者さえいない。

 ローザリアのどくだんじようを終わらせたのは、第三者の声だった。

「ローザリア・セルトフェル君」

 やって来たのは、数学の担当教官。手には一枚の用紙を持っている。

「君の答案について話をしたいのだが……」

 教官が口を開いた途端、勝機とばかりに目をかがやかせたのは、真っ先にルーティエに追従した男子生徒だった。

「あの、先生。もしやカンニングの疑いでもあったのですか?」

 勢い込んで聞くも、教官はげんそうに彼の問いをはねけるだけだった。

「一体何の話だ? 私は彼女と、ぜひ数学について語り合いたいだけだが」

 彼がかかげてみせたのは、担当教科の答案用紙。細かく書き込まれている全ての解答の内、たった一つにだけ赤字が入れられている。

「これは、私が作成したはん解答だ。しかしこの一点だけ、少々ちがっていた。解答に至るまでの工程を複雑化しすぎていたのだ。これを試験時間のたった数十分でおおはばに短縮してみせたのが、セルトフェル君だ。数学者である私がご教示を願いたいほど、彼女の頭脳はすぐれている。間違いなく百年に一人のがたい才能と言えるだろう」

 どうやらただのしにしかならないとさとり、男子生徒はガックリとうなれた。

 ルーティエが瞳をうるませながらけ寄ってくる。

「ごめんなさい、ローザリア様。私、あんまりにもすごいからおどろいてしまって……」

「いいのよ。誰にだって間違うことはあるわ」

 疑いのきっかけを口にしたルーティエがそつせんして謝ったことで、他の生徒達にも気まずいふんが広がっていく。誤解は完全に解けたようだ。

 かいにはさせられたが、これはいい機会だった。この先ずっとかげで疑われ続けるより、公衆の面前ではっきり実力を見せ付けた方がいい。

 けれどやはり、ルーティエの言動は気にかかる。

 まるで、悪意を先導するようだった。場を支配するさいしんと不満をあやつり、見事に導火線の役割を果たしていた。決定的な言葉を口にしていない点も実にこうみようだ。

 数学談義へのしつこいかんゆうに素っ気なく返しながら、ローザリアはねんまなしでルーティエを見つめるのだった。

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悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ 浅名ゆうな/角川ビーンズ文庫 @beans

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