第1話 鳥籠を壊す音
その1
セルトフェル
整然とした庭と白い
その邸宅の一室。日当たりのよい談話室に、セルトフェル侯爵家当主とその
体が深く
ケーキスタンドには、一口サイズのマドレーヌやカップケーキが盛り付けられていた。
フィナンシェを口に運ぶ祖父を
「お
三段ある内の、二段が
祖父は甘いものに目がない。
本人は日々頭を使っているから仕方がないと言っているが、やはり体に悪い。どうせ聞かないと分かっていても、つい
「
「安心しろ。太らないのは頭脳労働をしているからだ」
「またそれですか。──西方の国には、フォアグラという
リジク・セルトフェルは、
「……ローズ、お前は本当に底意地が悪いな」
「あら。こんなにもお祖父様を心配する、
「そうは言ってもな、俺がお前より先に死ぬことは変えられない」
リジクはどっかりソファにもたれると、
聞く耳を持たない祖父にため息をつきながら、ローザリアもブルーベリーのジャムを
「
「アレイシスは
「あの子は最近めっきり態度が悪くなりましたし、
ローザリアのカップが空くと、専属
「というわけで親愛なるお祖父様。わたくし、
「も、申し訳ございません
「
「お祖父様、体力を
「芸のつもりはないし、これで
ようやく
「ですからわたくし恋をいたしましたので、すぐにもフォルセ様との婚約を
「
打ち返された答えは取りつく島もない。それでもローザリアの
「いちいち静止されても不安ですので、一息に
「俺の体が心配で、ではなく話が進まなくて、という本音が
「気のせいでございましょう。
「年寄り
祖父とはいえリジクはまだ五十代前半で、見た目もかなり若々しい。
「俺とて、お前を自由にしてやりたいのは山々だがな。とりあえず、言い分を聞こうではないか。フォルセが意中の女性を追い回していることは以前から知っていたはずなのに、なぜ今さらそのようなことを言い出した?」
「お祖父様こそ、それを知っていらしたくせに孫娘を嫁がせようなどと。随分人が悪いですこと」
皮肉を言いつつ、リジクにもどうすることもできないことは分かっていた。
幼少期に結ばれた婚約には王家が
ローザリアはカディオ・グラントとの出会いを、
「わたくしとカディオ様の恋、お祖父様も
祖父に視線を向けると、苦々しげな顔で
「やめておけ。カディオ・グラントと言えば、社交界でも有名な遊び人だぞ」
「彼の身元については、わたくしの方でも調べております。カディオ・グラント、二十五歳。新興貴族であるグラント
「うむ、
「けれど数ヶ月前から、なぜか女遊びが絶えているそうですわ。まるで人が変わったように
カディオに対する
外に出たらやりたいことはたくさんある。
書物の中でしか見たことのないもの、聞いたことのないものに直接
「出血への対策ならば、グレディオールがいれば十分でしょう。──お祖父様。わたくし、籠の鳥は卒業いたします。どうか学園に入学するご許可を」
ローザリアは、大輪の
リジクは小さく嘆息した。こうなったローザリアは決して自分を曲げないと分かっているし、何より祖父として願いを
『外に出たい』。この小さな我が
「問題を起こした時は、分かっているのだろうな?」
「あらお祖父様、わたくしを
「……お前こそ、身内を脅し返すんじゃない」
ついうっかりなんて、冗談にしても
あくまで笑顔の孫娘に、リジクは早々に白旗を上げた。
私室に
「あの、ローズ様。恋とは一体何ごとなのでしょうか? 正直全く理解が追い付いておりません。そのようなお考えであったなら、なぜ事前に相談してくださらなかったのですか?」
「何って、運命の出会いをしてしまったからよ?」
「もうっ、はぐらかさずに説明してください!」
ミリアは使用人のみになると、こうしてくだけた口調で話す。幼少の
「なぜカディオ・グラントを調べるよう命じられた時、教えてくださらなかったのですか! てっきり政敵や
「ミリアったら、人聞きが悪い。わたくしが他人を
「実際今まであれこれお命じになってきたのは、ローズ様ではありませんか」
他家の侍女へも通じているミリアの
どんなに
セルトフェルの使用人らしくある程度の体術は身に付けているものの、彼女の
とはいえ、ただの
「カディオ様に恩義を感じているのは本当よ。あの方の言葉に、不思議と背中を押されたの。けれど本当に恋をしていたなら、こんな利用するような
「理由付け、ですか?」
『薔薇
自由になるには、その古くから続く慣習を破る理由が必要だった。
目的のためならば、ローザリアはどんなものでも手段として利用できる。
「わたくしを編入させざるを得ない、という
そこまでして自由を望むのは、悪いことだと思っていた。自分の都合しか考えないのは、
──今までは、全てを諦めていたけれど……。
心を殺して生きるのはもうやめた。
「どうしたって、新たな婚約者は必要になるわ。カディオ様ならば、二十五歳という若さで王弟殿下の護衛をなさっているという点だけでも十分有望でしょう?
侯爵家と男爵家では
それでもミリアは
「……まさか、
「何より、『薔薇姫』を知らない点にも興味があるわ」
「手近で選んだことは否定しないのですね……」
『薔薇姫』が意味するところは貴族ならば
けれど
「ローズ様はまず、カディオ・グラントの女遊びが激しい点を気にしてください! 相手はどうしようもない
「それは、カディオ様にもフォルセ様にも失礼な発言ではなくて?」
それにミリアの嘆きは、ローザリアを心から案じるゆえのもの。
こうして時々愛情が暴走してしまうこともあるけれど、彼女の
──とはいえ、今回ばかりはお祖父様同様、納得してもらわないと話が進まないわね。
納得というよりリジクは諦めただけなのだが、細かいことは気にしない。
「あぁ。なぜローズ様が、下半身で生きているような
「ならばわたくしは、その
ローザリアは、
「カディオ様は、
「ですが、」
「もう決めたことよ、ミリア。恩ある方を利用する形になってしまうことは不本意だけれど、自由を手に入れるためなら手段は選ばない。
「ローズ様……」
「~もうっ! あなたは昔から、一人で何でも背負い込んでしまうのですから! 私達は決してお
結局ミリアは、妹のように大切にしている主人の気持ちを優先することにしたらしい。
「もちろん
視線を
なおこの時点では、カディオ本人の意向が全く
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