序 ある少女の依頼
〇一 玉菜
「商談の席で喚かないでほしいものね。こっちは久しぶりに新鮮な野菜を食べているというのに、隣でぎゃあぎゃあと」
彼女は隣の客に聞こえよがしに言った後、割り箸で
「華のない農村だと思っていたけれど、野菜がおいしいのはいいことね」
木製の枠を持つ眼鏡の奥で、改は目を細め、しみじみと蕪を噛み潰す。
一行が着ていたのは浴場で借りた浴衣で、改の着ているものの白地の上には、桜花が散りばめられていた。丁寧に結われ、左右に下げられた三つ編みは、美しい老い緑の色を備えている。
「ええ、あっちゃんのおっしゃる通りです」
「
心がうち震えているというように、沈は十四の
沈の浴衣の布地では、鮮やかな
四人組の中心、
「しずっちはもともと少食だからいいけどさ、あっちゃん、無理な減量はこっちの迷惑になるから、ほんとやめてほしいんだけど」
「人一倍動いて、それでも痩せられないって、あっちゃん、ずいぶんな損してるね」
箸を動かしながら、行は遠慮を知らずに言った。改は蕪を噛みながら行を睨みつけたが、行は意に介さず、金色の瞳を大皿に据えたまま箸を動かし続けた。
髪を乾かすことをいつも
行の
「ゆっち、その挑発、まわり巡って僕にぶつかるんだって、もちろん知ってて言ってるよね」
「雨四光二回、四光二回、五光五回、憂さ晴らしされて、お小遣いも取られてさ、やってらんない」
野宿が続いた時、改は鬱憤を晴らすべく、賭けに勝つ意欲に満ちる。勘も冴える。まるで相手にならなかった。苛立ちを乗せるように、囁はとうもろこしを強く噛む。今夜このままでは、改から、また鬱憤をぶつけられるのではないか。
他の者に改の相手を任せたくとも、賭け事は
うなじさえ満足に隠せない、囁の短い
囁の茜色の瞳は、正面に向ければ視界に改を捉える。それは怒りが増すだけであるので、囁は視線を右手に座る行に向けていた。黒地に白の水玉の浴衣は、ついでに自分の分も取ってきてくれと、行に頼んだものだ。
「さっちゃん、挑発されて冷静さを失った相手に負けるって、よっぽどだよ」
行は、すっかり空になった
「ゆっちがそう言うなら、今夜は僕が勝つね」囁もまた、水を
いくつかの卓を囲むみすぼらしい土壁は、ところどころが剥がれ落ち、中の竹が覗いている。
来るまでの道中に昼食は済ませていたが、それは
「だから、何度も言ってますけど」
改の背後の卓、奥に座った、十をいくつか過ぎたと見える年頃の少女が声を荒げる。囁たち四人は、一向に
少女は、この地方独特の紋様が入った服を着ていたが、皺が深く、汚れも散見された。また、肩に達して余る
力では間違いなく及ばないだろうごろつきを前にしながらも、口ぶりは堂々としたもので、少女に気後れするところはない。自分の身の危険など、もはや問題にならないのだろう。
「私はただ、情報を求めてきただけなんです。
少女に臆する様子はなかったが、それ以上に、対面に座した男に何ら怯むところはなかった。
男は、成人の儀を済ませてのち、ゆうに十年は経っているだろう。ぼろきれに近づきつつある麻の服には、変色した血痕がみてとれる。一目して、ならず者であると知れる。
「こっちだってずっと言ってんだろ。そんなやつら実在しねえって。伝説だよ、伝説。俺に頼んだほうが利口だぜ。参加した
言われて、少女は思わず萎縮する。どんな戦さえ勝利に導くなど、夢物語に近しいと、自らもそう思ってしまう。けれど今の少女にとっては、その夢物語こそが必要なのだ。中途半端な力で下手な抵抗をすれば、悪い結果を招くだけだと、そのくらいは知っている。
いつだったか、戦勝請負について噂で聞いた不確かな情報だけが、今の彼女が頼れるもので、祈るような気持ちで口にした。
「でも、その人たちは、あの
それが唯一の
「ははっ、何を言うかと思えば、だ。咎言使いなら俺だって知ってるぜ。あいつ、
行は隣の席で聞き耳を立てていた。男の言を聞くなり、ひどく顔をしかめる。寝床に
――咎言をただの力と思うか。咎持ちは特異に恵まれた者と思うか。
男のほうを向くではなかったが、行は苛立たしげに、十二分な大きさの声で言った。
「あーあ。敵と通じてるかもしれないから、一応、様子見てたけど、完全に素人さんだね、これは。何だよ、咎言使いって。だっせえの」
沈は箸を置き、ぼんやりと宙に視線をさまよわせる。ほどなく、目当ての記憶を探りあてて、口を開いた。
「えっと、千束の国境戦争となりますと、それは
「そりゃそうでしょっての。あんな
言ってから、行はふざけて、べえっと舌を出した。またも表情は苦いものとなる。扱いを心得るまでは、敵としても味方としても、
食事の席で舌を出しては、ひどく行儀が悪いが、あえてたしなめようとする者はいない。この地での礼法も、海の向こうでの
そういえば、と、囁は思い出したまま、男に言った。
「きみ、潤の知り合い? だったら伝えてほしいんだけど。貸しっぱなしになってる一二五〇
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