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―えぇぇぇい! どけぇぃっ!?―
遠い地で起きているだろう恐るべき事態。
鉄火場だろうが修羅場だろうが最近じゃ滅多に取り乱さない一徹は……
―ハネられても知らねぇぞコチトラァァァ!?―
焦りに焦りまくっていた。
その緊張は猪とウォンバットの間の様な、魔族の騎獣すら乗りこなさせる。
口割って息荒げた騎獣は酷使に継ぐ酷使にロデオのように身体をハネ、一徹を振り落とそうとした。
だがガントレット出力させ強化した一徹の左拳は手綱を決して離さない。
右拳骨叩き込むことで、無理矢理従わせた。
―ったくぅっ、認めた途端にこれじゃもん!―
騎獣の背に一徹とタンデムするヴァラシスィは、激しい揺れに舌噛みそうになる。
―先生出すぎです! 自重してください!―
騎獣騎乗に慣れているオニィの並走は、一徹のそれより余裕ありつつスピードは同じだった。扱いに無駄がない証だ。
―散れぇぇ! 雑魚どもがぁぁぁ!?―
公砂漠。樹木は無いから本来道塞ぐものはない。
だが戦場とあっては数えられない人影が前を遮るから、威圧で道を開けさせるため滅多に声張り上げない一徹が吠えた。
―オニィ!―
―わかりました! rrruagyaaa!―
だから一徹はオニィに頼み込んだ。
騎獣並走させながら、進行方向に向かってオニィは破壊光線を解き放った。
光は、友軍兵らを貫き飲み込んでいった。
示された強さに感嘆としなければ侮蔑を投げつけてくる所属先の黒軍兵より、再会を果たした師匠一徹ごとの方がオニィにとって最重要らしい。
―ここに来て一徹を堕とすわけにもいかんからの―
次。
一徹の胴に背中から抱きついたヴァラシスィが何かを唱える。
みるみる内、騎獣に緑のヴェールのような光が纏わりついた。
風の効果か。疲れた騎獣の速度を持ち直させただけじゃない。
触れた瞬間、対象を粉微塵に切り砕き血煙とともに霧散させた。
―何をやっているのですオニィ!?―
騎獣二体の特攻そこに、叫びながら同じ獣で並走するもの現れた。
―……へミニステか……―
―ソイツは山本一徹!? そんな! お父様の仇をっ!?―
へミニステ・ノールレイン。
かつての《ビルデ魔国》前元帥、シセイギャ・ノールレインの愛しき一人娘だった。
……だった……だ。
―どうしてその下郎と行動を……っ!?―
―黙れよ? ノールレインの恥さらし。我が師への愚弄。例え師や父が許してもこの俺が許さん―
―ツッ!?―
―愚物が。父の血を継ぎ愛を一身に、それも十分過ぎる時ほど受けながら失敗作と成り下がった―
かつてはノールレイン家令嬢と、オニィは主従の間柄だった。
もう一度言おう。『だった』だ。
―何も言わず遠くの方で見ていろ。か弱いか弱いお前の代わりに、父の血の偉大さはこの俺がとくと示してやる。お前が出来ないことは俺がやってやる……から、身の程を知れ―
語りかけを突っぱねたこと。登場したばかりのへミニステの顔はしおらしくなる。
並走していた騎獣のスピードは緩み、止まる。 一行は、へミニステを置き去りにした。
―ホホッ!? 可愛いばかりと思うたが、辛辣な言葉を小僧も吐くものよ。なんじゃ訳知りか?―
―異母兄妹だったんです。間違いなく最強を継いでいた。でも彼女はお嬢様を生きてしまった。いざ戦が起きたからといって、通用する相手のレベルはタカが知れています―
―だから継いだ最強は主が示すと? 力の強弱が戦中では兄妹の立場を逆転させた。優越感にひたり蔑むのを楽しむとな?―
―まさか。嫌われ続けてきましたが、それでも十数年仕えてきたお嬢様です。それに、向こうは嫌でしょうけど血だけなら半分僕は兄。不用意に妹が戦場に出過ぎて死んでしまったら、それこそ僕が死んでも死にきれません―
―慕い守ったお嬢様が実は妹だったから、一層可愛い?―
―ガミルナさんを喪って、これでへミニステとかありえません―
からかってみたが、オニィの回答が面白かったヴァラシスィはカカッと高らかに笑ってみせた。
笑って……疲れたようにため息を着いて……
―じゃあその勢いで……主の師匠をとめておくれ―
―ゴメンナサイ。無理です―
―いやいや、このまま考えなしに突っ込むつもりじゃて。どこかで疲弊し、止まり、死ぬんぢゃけど……―
―その時は……僕もご一緒します―
―『一緒します』じゃっねーんぢゃけど!?―
なお、知られざるオニィと半血の妹のやりとりなど一徹はまったく聞いていない。
猛り吠え、すれ違いざまの敵は大戦斧で屠っていく。
―マズイ……のぅ。あの空が見えてから一層歯止めが効かなくなった―
あと何里を駆ければ良いのか。眺めて丁度良い角度の空。
白と黒と灰。
灰と白と黒。
白日ではない。
夜でもない。
曇りでも雲でもない。
力それぞれ放たれた色。衝突し、混じり、弾ける相。
あの空の下には……
「俺とナルナイがいた。向こう側に、リィンとアルファリカがいた」
高速の騎獣を、空滑るように記憶見る4人はついていく。
アルシオーネは、眼下の一徹を見下ろして呟いた。
「始めは《癒し手》と《闇の足音》、《夢見観察官》の総力戦だった。すげぇよな。白軍は称号一つで、俺たち魔族の称号2つと渡り合った」
「ねぇ、向こうにティーチシーフさんとアルファリカさんがいるって言ったよね?」
話に返す魅卯の声は震えていた。最悪な予想があった。
「本当、リィンの奴は、アイツはスゲェよ」
それでも、アルシオーネの顔は事もなさげだった。
「次第に総力戦は集約戦になった」
「集約戦?」
「師匠と初めて出会ったとき見習いの《夢見観察官》だった俺とナルナイは、このときには正規称号を与えられていた……だけじゃない。士師養成機関大会でワンツーフィニッシュだったから《闇の足音》候補でもあった」
「……ちょっと待って。まさか……グレンバルドさんとストレーナスさん二人、両方の称号を正式に拝命してたわけじゃないよね?」
「師匠が負わされたクーデターの責任を取る形で、絶望的な戦地に飛ばされまくって何度も生き抜いた俺たちだ。いつしか軍を任されるようになっていた」
「そ、そんな。だってこの記憶内、山本さんは……」
「……集約戦。率いる全ての《癒し手》の白属性の力を一身に集めたリィンとアルファリカ。そしてあの場で生き残った《闇の足音》、《夢見観察官》全員の黒属性をやっぱり集めた、両称号を持った俺とナルナイでの殺し合い」
これが、山本小隊1年生と2年生の真実。
「仕方ないだろ? ここまでの師匠の7年に及ぶ道のり。でもさぁ、このとき俺たちは初めてリィンたちに会ったんだぜ? 互いに滅ぼすべき相手と憎み合って」
のどかな三縞で10ヶ月以上同じ学び舎で過ごした、彼女らの知られざる過去。
遠い地の出来事だから急ぐ一徹の目に当然触れないが、胸騒ぎと確信があるのだろう。
―や、や、ややや……山本一徹だぁぁぁ!?―
―人間族だ! 止めろっ止めろぉぉぉ!―
―違う! 逃げとけぇぇぇ!―
騎獣駆る一徹。焦りのまま動いたのが良くない。
兜を先のテントで脱いでしまったゆえ、人間族の顔を曝したままだった。
当然魔族たちは反応した。
悲喜こもごも。
しかしそのほとんどは天敵種族が突き進もうとするなら、なにか目的や狙いがこの先にありけりと、行方を阻もうとした。
人影一つを跳ねるなら訳ない騎獣も、兵が密集し立ちふさがるなら押し込むにあたりスピードが緩む。
―クソ! 邪魔なんだよぉぉ!―
勝負は一瞬の時の運。
秒で勝敗が決す。秒のうちに相手に致命傷がもたらされるかもしれない。
ナルナイ・アルシオーネ、リィン・エメロードの身に起こり得る可能性。
だから一分一秒でも辿り着きたいのに、速度が遅まることには一徹も昂っ……
=ッギャァァァァァ!?=
否。
まずいイメージがよぎった一徹の目の前で、密集した敵兵らは絶叫とともに爆散していく。
また一気に、一徹の視界が広がるではないか。
―私では次の出力まで詠唱時間が掛かる! 三人ともインターバルだ! 繰り返すぞ!?―
勿論、開けた視界の先にも敵はいた……のだが……
爆発時に聞こえたのは男の声。
―なら次は私がいかせてもらいます!―
次に呼応したのは……
=うわァァァァァ!?=
女の音。一息、一喝。
ついっと青みがかった何か線のようなものが高速で抜けていく。
通り道、立っていた者たちは衝撃とともに腹や胸、とにかく何かと接した箇所が切り裂かれ、倒れていく。
―ダークエルフからエルフへ! 受けてくださいますね!?―
―種族で生きるじゃない! 誰と生きるか。僕はもうわかってる!―
更に、女の呼びかけに続いたのは甲高い青年の声。
ビャッと視界が明滅したと思ったら、帯電し、ガチーンと身を強張らせた全身黒焦げの無数がバタバタ崩れ行った。
―大火球と水の刃による蒸気満ちた環境。さすが通電性が良いわ! んじゃまぁ! igaaaaa!―
最後、気風も威勢も凄まじい女傑の轟。
無詠唱魔技術は恐らく200メルトル届いたか。範囲内は消滅していた。
―オイオイと。ちょっと待てと……―
流石に思いもしなかった展開。一徹も忘れた我を取り戻す。
―第1第2第3分隊は左翼方面に突撃! 第7分隊第8第9分隊は右翼から突貫! 両翼を中央部と分断する! 決して中に入れ込ませるな!―
―第4第5第6分隊は私達に続きない! 私達が前に出るから! 中央部を突破するっ!―
UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
進行方向の爆発。敵の一掃。
四人の声と、その中2人の指示と、それに応じた数え切れない気合。
―やはりこうなった。この1年の旅で見せつけられた。そんな気がしたわい。良かったのぅ一徹。主が率いるべきセカイが、向こうからネギ背負ってやってきたわい―
―い、一体なんなんだいとぉぉぉ!?―
何処からいきなり現れた軍勢。率いる四騎は一徹に横並びに走った。
獰猛そうな一徹の騎獣と違い草食系の馬みたいな乗り物のようだ。
しかし迸る猛々しさは勝るとも劣らない。
―一徹!? /一徹殿!―
―み、皆……なんで……―
―全く、君を探していたのに。やっとお出ましとか待ちくたびれたじゃないか!?―
―ピシック君!?―
―あの先に一徹殿の大事な誰かがいるのですね!?―
―トリーシャさん!?―
―アンタねぇ! 何一人格好つけようとしてるのよ! 水臭いったらねぇのよ!―
―レージュ!?―
―君は! これがすべて終わったらお仕置きだ! 上級同盟関係者の私を殺すだと!? 君が『俺に従え、ついて来い』とただ一言言えばそれで良かったじゃないか!? この上は勝手に君に付き従わせてもらうぞ私たちは! 異論があるなら聞いてやる! 認めてやらないから諦めろ!―
―げぇっ!? ハッサンがいっちばんのお怒りモード!?―
並走するのは、この世界で最初の商会、《銀の髪飾り亭》を共に立ち上げた獣人と魔族の忌子レージュ、純エルフのピシック。
そして一徹が後年立ち上げた、誰かが船便交易によって発生させた代金を、一徹が自ら発行した証書利用することで、確実に売り手に代金を支払い、立替分を買い手から回収するサービス。
船便交易の決済を簡潔に完結させることで、交易スピードを速めさせた《信用屋銀の髪飾り》で共同経営者となったハッサン。その妻トリーシャ。
―露払いなんていくらでも私達でやってやるわよ! アンタはあの先にいるアンタの宝物を回収してきなさい!?―
四人ともに、一徹が提唱した《種族無関係対等》の信奉者だった。
予想外の登場に黙ってしまった一徹。
「前を向け」と言われたから、かつての仲間たちから視線を外した。
―何だよ。なんなんだよ今度はっ!?―
だが、一徹の知己が一徹の横に現れたのを待っていたかのように……
―止まれ一徹! これ以上進むってんなら、この俺が黙っちゃいねぇぞ!?―
―テメェ一徹!? 分かれよ! お前の考えを知らねぇわけじゃねぇが! だからこの戦場はお前に掻き乱されるべきじゃねぇんだよ!?―
―団長!? それにローヒか!?―
戦場しかも敵意向けてくる者達の中にも、一徹の見知った者の姿が現れ始めた。
進行方向に立ちはだかったのは、一徹にとっての斧の師匠。そして兄弟弟子だった。
二人は、一徹が最初に所属した《ガラヒナ警備兵団》の上司で、同僚。
そんな二人、一徹を待ち構えるように大戦斧を構えた。
流石に跳ね飛ばすわけには行かない。
騎獣の速度を緩めようと一徹はせざるを得なかった。
だが……
―……えっ?―
―止まるんじゃない一徹! お前はお前の道を往けぇっ!―
―あの二人はこちらで抑えてみせる!―
却って背後から、グンと前へ飛び出す影二つ。
―なっ!? ガンバライジャー!? テメェ生きてやがったのか!?―
―さぁ雌雄を決しようではないか! 戦斧大好きなチンピラが、このデッセン・ガンバライジャーに届いたか試してやる! 私の後任団長だろうプンセ・イスダキー!―
―上等だぁっ! 伝説のガンバライジャーみたいな、まるで英雄名宜しく舐めやがって!?―
まずは《ガラヒナ警備兵団》前団長と、現団長が火花。
ついで……
―ローヒ・ドッレ! 最近のお前は目に余る! 出逢ったときのヒーローのように熱く正義に燃えたお前はどこに行った! 皇太子殿下の正義に傾倒するお前は、ただの狂信者なんだ!―
―殿下の親友に成れなかった僻みかジゴンシュ!? 俺と一徹が警備兵団に所属していたとき、金魚のフンみたいについてきた根暗が! 所詮テメェは俺や一徹みたいな主人公にゃ成れねぇ引き立て役なんだよ!―
―そして驕ったか! かつてルーブと呼んでくれたお前は、ずいぶん上から言ってくる!―
一徹の警備兵団時代の親友同士が爆ぜていた。
―プンセェェェッ!? /ガンバライジャァァァッ!?―
―ロォォォヒィィッ!? /ジゴンシュゥゥゥッ!?―
最初の、知己同士が衝突する。
―クソ……クソが……―
勿論一徹に思うところがないわけではない。だが、引きちぎらなければ。
恐らくそういう局面。
先程の4人は、きっと皮切りにすぎない。
―兄弟!? 兄弟なのかっ!?―
―おっやぁ? おかしいじゃないねぇ。大将……じゃなぁい?―
四人の傍を走り抜けて割とすぐの事。
―こ、コイツぁたまげたのぅ。4分の一が……ここまで強烈かよ―
眉間にしわ寄せ鼻を鳴らした一徹の真後ろから、ヴァラシスィは感嘆の声をあげる。
―……ん〜? ……きょうだい? ちとおかしいんじゃなぁい? 大将が、お前さんと盃ぃ?―
―ハッ、弟を大将と呼ぶかよ。なら我を上位互換に祀り上げても構わんが?―
―言ってくれるねぇ―
ツワモノが二人。
その二人とも、一徹も認め一徹をして最強と称した存在。
―《獣王》フローギスト殿と《戦場の狂い風》イズシカーか―
―《戦場の狂い風》っ!? アレが!? 人間族一、二ともうたわれる剣の狂人!? 勉学に剣を捨てた変人!?―
獣人族と人間族剣士の究極が対峙。既に事を構え争う所に、一徹達は飛び出たらしい。
―変人言わないトリーシャ!? アレでアタシの旦那っ! 同じ大学夜間コースに編入したから剣を置いてくれたの! 変人扱いしないで!―
―ならレージュ!? ここは僕達の出番かなっ!―
本当、この突貫では突如の支え4人が集まってくれたのが一徹には幸い。
出て来るのは、一徹にとって心かき乱す者達ばかり。
いちいち考えては動きが鈍る。下手打って死にかねない。
―妻を残して戦場に。盛大な夫婦喧嘩を望むよレージュ!?―
―人間と魔族が天敵なら、最強ランクの獣人族も天敵エルフに任せたわ!?―
―確か妻にガレーケと弟のゴレヨが居たっけ!? ダークエルフの!?―
―同じ妻って共通点で、ガレーケも私が面倒見てやるわよ!―
―じゃあお互い二体一ってことで!―
勝手に盛り上がってくれるのは、一徹にはありがたかった。
―……加速する……―
挨拶はしない。
話が決まってレージュとピシックは走らせる馬の進行を変え離れていく。
―エルフか!? 我に向かってくるか!? 珍しい存在とて手加減はせん! 人間と魔族同士がそうであるように、誇り高き獣人族がエルフに生物としての格の違いを教えてやろう!―
―兄者!? 俺にも殺らせてくれ!? 純血気取り、俺たちダークエルフを蔑むピュアエルフに目にもの見せてくれるっ!―
―嫌われたものだねエルフは。理由は自覚してるけど!―
―オッホォ? 僕の奥さんじゃないの―
―嫁放ってどこほっつき歩いてんだ放蕩亭主! ボッコボコにしてやるから覚悟しなさい!―
―レージュッ! 私のご主人の決闘を邪魔立てするか!?―
状況を残し去るなかで、先程視界に入らなかったフローギストの妻ガレーケと、義弟ゴレヨの猛りも耳に入る。
彼らは、彼もおっ始めたのだろう。
―さて、次はどうやら……私たちのようだねトリーシャ―
―私は構わない……けど、貴方に闘れるのハッサン?―
―やるさ。やるしかない。なぜならば一徹はいま彼らには構えない。構えない以上、彼らのお相手は私達が務める―
ここまで残って並走を続ける友人夫婦の会話が耳に入る。
同時、一徹は大きく息吸って……
―ツゥッ!? ヴィクトルッ!―
―旦那様ぁっ!?―
―グレンバルドォッ!―
―一徹ぅッ!?―
―推し通るっ! 邪魔をするなぁぁぁぁぁっ!―
一気に吐き散らかして見せた。
―私と一徹の海運ギルド時代のギルドマスター。そして《メンスィップ》で私たち夫婦が子爵に殺されそうになったとき一徹の願いで身命を張ってくれた恩人なのだから―
先ほどから度々立ちはだかる縁者に対し、それぞれ担当がついた。
関係性と言うならたしかにハッサンはふさわしいかもしれない。
だが戦闘力面なら、遥か遠く及ばない。
目的地に急ぐ一徹が顔を見せるまで斬り結び合っていたのは、一徹がこれまで出逢った最強剣士二人のうち最後の一人。
前者が先程再会した《戦場の狂い風》イズシカーなら、後者は《廃剣豪》ヴィクトル。
かつて廃された公爵家で近衛兵長だった父に次いで副長として活躍し、夢破れた剣の達人として一徹が渾名を付けた。
もう一人。
《ビルデ魔国》は武官の長。名実ともに国最強として元帥の階級を与えられた男。
元帥グレンバルド。
悲しいかな。
後ろめたさがあるゆえの、士師最たる将の最前線での戦闘なのかもしれない。
なるほどこれではハッサンが不安視されるわけだ。
ハッサンだけでない。冒険者でベテランだったトリーシャを持ってしてもどうにもならないだろう。
―まだ先までついていくつもりでしたが、僕もここで失礼します!―
まさか、ここでハッサン夫婦へ助力に動くのがオニィ。
―オニィ、あの二人はさすがにお前にゃまだ早……―
―最強と言うのがどういうものか、もっと近くで見てみたい。そう僕の中の最強の血が言っている気がするんです。父だけじゃない。もう一人の最強、母の血が。先生らは先に行ってください。さぁ!―
また、仲間らが勝手に決めてしまう。
―どうやら妾の世界の《最強》オンパレード。まるでバーゲンセールのようじゃが……悔やんでおるか?―
―悔やむわけがねぇ。前しか見ねぇさ。『前しか見るな』って言われてんだ。本当は一人一人にがっぷり時間を取るべき場面なのにだ―
仲間に、果ては弟子にさえ背中を押された一徹。
下唇を噛み、血走った目で前だけを見た。
今ぶつかり合った者たち全て、この戦で回収したかった者達ばかりだ。
回収とは、戦から距離を置かせること。
再会して、そのように説き伏せた者までこの戦場に立っていた。
それはなぜか。
ここに一徹がいるからだ。
自意識過剰とも捉えられるが、自意識過剰では無いとの確信があった。
―……さぁて一徹や。近づいてきたようじゃぞ?―
―そのようだねどうも。なんと言ったって……―
そうして、幾つもの大事な局面を仲間たちに任せたことが、とある人影を一徹に認めさせる事につながった。
ナルナイ、アルシオーネ、リィン、エメロードの四人誰かではない。
だがこの戦地の超重要人物の一角。
彼が立つなら、もうあと僅か先に彼女たちが迸らせているはず。
見覚えある出で立ち。
だが廃れたと言うか、一徹の覚えているキラキラはくすんで、やさぐれが見えるというか……
―待って……いた……待って……―
抜き身の剣を握ってだらりと腕を降ろすその人影は……
=待ち侘びたぞっ! 山本・一徹・ティィィチシーフゥゥゥ!? /空蝉ぃぃぃぃ!?=
=……アーヴァンクルス皇太子殿下/ササヌーン・ムカータ……=
カッと瞼剥いて剣先を一徹とヴァラシスィに向けていた。
その剣は大凡、この世界のものでなし。
「神剣……《草薙の剣》……《闘神素戔鳴尊》……」
装備者、装備品。
呆気に、記憶眺める魅卯はとらわれた。
一徹五年目の婚活期間中に見せた美しさやスマートさはアーヴァンクルスにはなかった。
一人が声を上げながら、それぞれ違う名前が同時に同じ口から聞こえる。取り憑いたササヌーン・ムカータが出てきてしまっていた。
邪心。そう指すのが良かろうオーラを匂い立たせていた。
―《獣帝》の力をお舐めじゃないよぉっ!?―
―貴様の相手は俺たちだぁぁぁ!?―
だが、アーヴァンクルスも取込み中であったらしい。
アーヴァンクルスと繰り広げるのは、強い者が上に立つ獣人族社会を統べる者。《獣帝ジンブジャックボー》。
魔族称号の《闇の足音》筆頭とまで若くして昇りつめたラーブ・ラブタカの二人。
問題もある。
その二人を一人で相手取ってなお、一徹に注意を回す余裕があるのだ。
―陛下! ラーブ!―
―やっとお目見えかい一徹!? あの子を見なかったかい!?―
―陛下いまはやめましょう!? 山本一徹! 俺達の事はいい! どうでも良いからとにかく貴様は先に行け!?―
それでも足止めにはなんとかなるのか。
アーヴァンクルスに何撃何太刀浴びせて動きを封じるジンブジャックボーとラーブは、認めた一徹にそう叫ぶ。
―ナルナイとアルシオーネッ……貴様に託した!―
―託された! だが勝手に限定するな! 俺が回収するのは……全員なんだよぉっ!―
―首ぃ洗って待っておれよササヌーン・ムカータ―
人間族白軍総大将アーヴァンクルス。
《獣帝ジンブジャックボー》。
元帥グレンバルド。
殺してしまえば、公砂漠での戦は収まるだろうか?
いや大戦自体を締めくくることができるかもしれない。
どうでもいい。
そんなことどうでもいい。
今の一徹にとって、大事なことは戦を終わらせることじゃない。
大事な者を守る事。失わない事。
……因みに……
もうあと僅かで目的地に辿り着きそうなのに……
白軍はルーリィ・セラス・トリスクト。
黒軍にはシャリエール・オー・フランベルジュ。
両名が現地に臨場してしまったこと、この時の一徹はまだ知らない。
もう何年か前にbanされた時に、読んでくださった方々にいつかお見せしたかった場面までやっと辿り着きました。
まだ、どなたかこのダイジェストにいらっしゃるのかな?
……そうだといいな。
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