286

ティーチシーフ女史の話は実に衝撃的だった。


―仮説が立つの―


―仮説?―


―ササヌーン・ムカータが、その皇太子に取り憑いたという仮説。或いは乗っ取り、もしくは共存―


―最近のあの方の変貌振りは、それが理由ってことか?―


 とても嫌そうな顔を一徹は見せた。

 

―主らの大学で兄王子が設立した夜間コースを閉鎖し、兄王子を押しのけ皇太子となる。戦における退魔急先鋒の総大将を務めるとの啖呵はまだいいじゃろう。王位を求め力を欲した。じゃがササヌーン・ムカータの名を称した事は、また違う意味を持つ―


―先の戦を人間族の勝利に導き神と化した。人間族すべての栄光の象徴が己であるとした。それすなわち、大帝国チャールズではない。人間族すべてを治め導くのは自分であると言ったのですね?―


―だからチャールズ帝国が腰を上げたってのか―


 どうやら、ヴァラシスィの表情から冗談ではないようだ。

 

―三国を軸にした連合軍で初めてチャールズと喧嘩が叶うほど、チャールズ帝国は人間国家で抜きん出ていた。なのにアーヴァンクルス殿下にそんなことを言われちゃ面目丸つぶれだ―


―だけではありませんよ一徹。帝国の始祖、初代皇帝は、先の戦で一番ササヌーン・ムカータに近く、薫陶を受けていたと伝説があります―


―なら本来ササヌーン・ムカータの名を語るならチャールズ帝国のはずだった。それを、奪われたのか―


―粥を持て―


―話の腰を折るな―


 シリアスな話をしてるのに、食べ終わったヴァラシスィはおかわりを要求する。 

 ティーチシーフ女史によそわせるわけにもいかないため、一徹は悪態つきながら椀にミルク粥をついだ。


―面白くないからと、帝国が《ルアファ》に攻める線は?―


―ない。断言じゃ―


―わかるのかよ―


―わかる。ササヌーン・ムカータとは人間族に取って誉れの名。絶対の存在。宿敵魔族の大軍との決戦に向かうアーヴァンクルスの背後をもし襲ったなら、その時点で帝国の大義は失われ、品格も失墜する―


―おそらく帝国は、帝国も同じ戦場を戦うことで、ササヌーン・ムカータの流儀を歴史的に一番汲んでいる事を全人間族社会に示しメンツを守りたいのでしょう―


―そんなくだらないことの為に兵士が死んでもいいってのか。リィンや、アルファリカ嬢を戦場に投入するとか―


―奴の肩を持つわけじゃないが、主が舐め腐り、あたかも黒軍の片棒を担いでいるよう誰かに使われた《ササヌーン・ムカータの巫》との称号は、巫であってもそれだけ権威を持つ名なのじゃ―


―ササヌーン・ムカータを自称する事はそれほど恐れ多いのです。ただ力を欲するだけでは流石にそこまでには至らない。それでなお、殿下が自称されているとするなら……―


―寧ろ殿下、いや殿下と共にあるよう予想されるササヌーン・ムカータ自身が、己の名を世に知らしめようとしているのか―


 熱々のミルク粥。

 受けてすぐ口に運べないのか、ヴァラシスィはフーフー息で冷まそうとした。


―……一徹―


―ハイ―


―リィンがすでに《バイディン公砂漠》へ向かっているのを知ってなお、私は貴方に追ってほしくありません。皇太子殿下は……貴方の命を狙っているのです―


―ですよね。きっと―


 心配を受け止めながら、進まない匙を口に運んだ一徹。

 咀嚼し数秒。ゴクンっと飲み込んだ。


―ササヌーン・ムカータと共にあるアーヴァンクルス殿下は、同じ名冠する俺の事が邪魔なはず。人間族をまとめ上げて動かせる最大ブランド、ササヌーン・ムカータはこの世界に2つといらないからです―


―というより既に世に解き放たれたササヌーン・ムカータ本神が、自らの名冠す主によって人間族の想いを二分させることを面白く思わん。人間族の全てを、コントロールする弊害じゃから―


―ヴァラシスィ……様?―


―様は良い。神は母様の方じゃから―


―ササヌーン・ムカータは何を狙っているのでしょう。戦はもともと、それぞれ慕う種を用いて世界を盤面とし勝敗を分けるものと言い伝えられています。最終的な結末は、二神どちらかの消滅によって決まると―


―おおかた、そのとおりじゃよ?―


―なぜです?―


―はて、何故とは?―


―なぜ、そんなことをササヌーン・ムカータは求めるようになったのか。創世神ヴァラシスィに反旗を翻した。見方を変えれば、それまで二神はうまくやれていたのでは?―


 意を決したように問うティーチシーフ女史の問。


―それだ―


 パチンっと、一徹も指を鳴らす。

 

―なにか抜けているとずっと思っていた。異世界での両陛下からの素戔嗚尊に関するご質問。カラビエリからの回答。だが、これまで戦の経緯がそもそもなかった―


 ヴァラシスィはと言うと、パッと口を開いたかと思うと紡ぐ。ブスッとした表情を作った。


―なんだよ―


―ここで、改めて確認させてもらうぞよ。主は、妾の所有物じゃな?―


―はっ? いや、世話はするつもりだけど物扱いってなぁ前々から……―


―主の所有者は妾じゃ―


―ん〜……だからな?―


―一徹っ!?―


 確かめたい。

 このタイミングで。


 それは前々から一徹が嫌がる決めつけなのだが、いつもとは違い必死さがあった。


―いまから何を聞こうとも、主は同情しない。ほだされない。奴の敵であり続ける。主は妾の物なのじゃから!―


 年齢は別とし、見た目年下の少女から大の男へのそんな質問。同意しては辛いところがある。


―しゃあねぇなぁ―


 だが、それでも恭順して置いたほうが良さそうだと、渋々一徹は頷いた。


―うぅっ―


―ぐっ、わぁったよ。俺はお前の僕。それでいいな―


 やっと一徹から望む答えが帰ってきたことに、ヴァラシスィはホッと顔で頷いた。


 そうして……


―……奴も、主と同じじゃった―


―俺?―


―厳密に言うと、世界籍が変わる前の主と。じゃが、なまじ神としての力があるからこそ、余計な夢を見てしまった。それが奴を歪ませた―


 ただやはりどこかに不安はあるようで、話しながら一徹に向ける瞳は小刻みに揺れていた。



「か……マズい……ですね。まだ倒れ……れない。この……では追い……てしまう」


 ヴィクトルがやったことは決して許せるものじゃない。だが、許さなけりゃならないんだろう?


(泣かせちまったかぁ)


 30超えて久しい既婚者が、嫁に内緒で美少女フィギュアを愛でていました……がとてつもない衝撃をもたらしたらしい。

 泣かせるまで至って、でも自分で旦那のフィギュアをどうにかするのは俺に対して悪いと思ったか。

 どうにも出来なくて、ヴィクトルに押し付けた。


 そんな経緯だから、解決案はおそらく一つしかないんだと思う。

 

「大……夫。大丈夫。ここで追跡……わる。全員未帰還者……って……誰……一徹様は……ない」


 三泉温泉ホテル母屋を探して、ホテル本館を探して、ようやく辛そうな声を拾ったのは、使われていない休館だった。


「……いいか? リングキー」


「あっ……」


 どこぞ部屋内に籠もるリングキーに対して、閉じきった扉をノックする。

 俺の呼びかけには気付いたようだが、その後は黙ってしまった。


「ヴィクトルに聞いた。リングキーを……傷つけていたってこと」


 いや、ダンマリを決め込んだか。


「あのフィギュアはリングキーを不安させると。そんなつもりはなかったんだが……ゴメン。スマナイ。謝りたかった」


(こんな謝罪、一方的かな)

 

 なんとか会話に繋げたいとは思うが、状況としては俺が悪い……らしい。

 別に悪いことだと思っていなかったが、リングキーを悲しませた時点でアウトなんだ。


 嫁が正しくて自分が悪かろうが、どちらも正しかろうが、極論自分が正しくて嫁が悪かったとしても、自分が悪いってのが結婚らしい。


(らしいか。つくづく人ごとになっちまうな。既婚者なのに、いつまで経っても当事者意識が芽生えない)


「重ねてゴメン。驚かせてからすぐこんなこと言われてもだよな。一旦、出直すよ」


「えっ……」


 現時点では謝罪も言い訳も受け付けるだけの余裕はないのかもしれない。


「あ、あのフィギュアはなんだったんですか?」


「おっ」


 その場を離れようとする。中のリングキーから次に聞こえた問がそれだった。


「漫画やアニメの趣味など、一徹様にはなかったはずです」


「うん」


「これが数十、百体以上ウチに押し並べられているうちの数体ならなにも気にならなかった。でも、そんな趣味がない貴女が七体のフィギュアだけを保有する。しかも私にもわからない様隠し持って、あの手の混みよう。こだわりよう」


 書斎は文机の引き出しに保管していた。

 俺の執務中以外は誰も近寄らず触れることもないから、「隠し持つ」には相違ねぇ。


「手の掛けようか」


「掛けているではないですか。フィギュア用の衣装は何十着と。小物に関しては自作してまで用意している様子。極めつけは……あの、削られた顔面部」


(やっぱりそこに注目したか)


「もう一つ申し上げなければなりません。ただのフィギュアを愛でるのならそれでも良いですよ? 衣装や小物をどれだけ取り揃えてもいい。いくらお金を使っても構いませんでした。顔部分はそのまま、なんのキャラクターかデフォルトでわかるなら」


 扉が閉まりきってるのはありがたい。かなりキツイ問いに、参った表情浮かべても何とかなるか。  


「アニメや漫画キャラクターだから安心なのですよ。2次元だから。2次元作品が好きなら、その作品フィギュアを集めれば良い。幾ら貴方の心が奪われたとして、肉体まで奪われることはない。貴方そのものが私の前から消えることはない」


「それは……」


「でも……その削られた顔に、貴方は無限の可能性を感じている。そこに一徹様が落とし込むのは一体誰の顔です?」


(誰って。いや、その誰かがわからない。思い出せな……)


「いえ、誰だっていい。私以外の誰かには違いないですから」


「うっ」


 いや、却って空気感や語気に込められた感情をより敏感に察知されてしまう。


「既製フィギュアではない。それってどれか既存作品ではない誰か。つまり二次元の女の子ではないということ。物語の存在じゃない。3次元。私や一徹様が暮らすこの世界の女性。なら……届いてしまう。貴方に」


「グッ……」


 寧ろ俺もリングキーの顔が見えないから。

 セリフはセリフ通りに俺を刺してきた。痛い。


「小説や漫画本の中の世界は、私達の3次元とは隔絶されている。お互い相手の次元に飛び入ることは絶対にできなくて、触れることも交流も出来ない。でも同じ世界の存在なら、貴方の身体に触れられる。想いを言葉に、貴方の心を揺さぶることだって……」


「そんな、あり得ないって。こんな出来すぎた奥さんに不満なんざあるわけがないんだ」


「嘘です」


「嘘なもんか」


「だったら……だって一徹様……いつだって私との結婚生活に疑問を抱かれているではありませんか」


「ツッ!?」


 こんなの、何も返せない。

 

(気づかれた? もう10年にも及ぶ結婚生活に、俺は覚えがないことを)


「想いは、マジなんだ」


「本当に?」


「信じてはもらえないのか?」


「信じたい。でも、一徹様は時々別の誰かを見ています」


「誰かって誰を?」


「それはっ……」


 この状況は恐らく、俺のほうが悪い。

 ただ売り言葉に買い言葉と言うか、それとも俺でさえ輪郭もハッキリしない誰かをリングキーが知っているかもしれないと思ったか。


 この期に及んで、そんなことを聞いてしまった。


(リングキーが知るわけないのにな。まさか俺さえ知らない誰かをリングキーは知っていて、それでなお俺から遠ざけたいわけでもあるまいに)


 俺が街ゆく女性を振り向かせられるイケメンならあるかもしれない。

 ただ、自分を贔屓目に見たって十人並みがいいとこだ。

 女の影生まれる自信は欠片もない。それでいてこんな別嬪が俺に嫁でいてくれている。

 裏切りようがあるわけ……


「え?」


 自分の発言の何処が琴線に触れたかわからない。

 ただ、閉じこもりっきりだったリングキーは、俺らを分かつスライドドアを開け、姿を現した。


「良かった。出てきて……」


「ではフィギュアに顔が無いのは、誰かを探しているわけじゃないと言うことで良いですね? 私を安心させてください。貴方には、私だけ」


 姿が見えるなり、俺の呼びかけを遮ってぶつけてきた。


(なんだ? 息苦しいな)


「貴方には私がいれば良い。それでよいですね?」


 男女間に置ける束縛。

 何をしてはいけない。誰を見てはいけない。

 なにか、そんなものを感じる。

 ヤキモチとも考えられるかもしれないが、ここまで迫れられるとその域はきっと越えている。


 なんかリングキーに一挙手一投足を監視され、一見自由そうな俺の今が彼女に支配されているように考えると、思っちゃいけないのにイライラした。


 それでも……


「あ、あぁ。俺にはリングキーさえいてくれれば良いよ? それで……」


 この空気を早く終わらせようとして、リングキーの要求を完全読み込もうとした。


「なら別に、どうせ頭の中に出てこないなら、私以外の誰かなど一徹様には必要ないですよね?」


 だが、変な話運びだ。 

 雲行きがおかしいと言うか。


「そ、それは……って、その言い方、一体……」


 違和感しかない質問。

 変な感覚というのは、俺自身の気持ちの話だ。

 リングキーを前にしておかしいが、「いるいらない」は俺の心ひとつ。胸の内。

 この話を終わらせるなら嘘でも「いらない」といえば良いのに、口にしてしまっては何かが終わってしまう気がした。


「貴方には私だけいればいい」


 正面、リングキーの掌が翻る。俺の顔にかざされた。


「ちょ、ちょっと待ってリングキー。それって……何? ま、魔法?」


 ヤバい気がする。 ヤバい。ヤバい……


「あとはもう誰も必要ない」


 ヤバイヤバイヤバイ。

 掌に、光がともるだと? 俺の目の前にて膨れるんだ。

  

「な、なんか嫌なんだけどその光っ!?」


「ヴィクトル殿っ」


「はっ」


 よくわからない。だから怖い。無意識に後ずさった。距離を置いたところに行動に感情が現れた。


「ヴィクトルッ!?」


「大人しくなさいませぃ旦那様」


「離せ!」


「コレは貴方の為なのです。怖いことありませぬ」


 知らないうちに、背後にヴィクトルがいた。羽交い締めにするじゃないか。


「答えてください。私だけなのだと」


 ヴィクトルに封じられて身動き取れない俺に、リングキーは近づく。光まで鼻先三寸。

 

「他には誰もいらないと誓ってください」


 俺に……とてつもなく優しかったはずだ。

 彼女への想いだって強いはずなんだ。なのに……


「貴方には、私だけ」


「そのとおりだ! 俺には、お前だけだ!」


「貴方は、私の他には何もいらない!」


「わからない! 何言ってるんだ! やめろ! 開放してくれ!」


「誓いなさい! 誓って!?」


「俺はお前のもの! お前だけのもの! なぁもういいだろう! 許してくれよ!」


「誓えぇぇぇっ!」


 なんで、こんなに、怖いんだっ……


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?」


 ヴィクトルが背後から力を加えたのを感じた瞬間。

 目の前にかざされた光は……


 ……いや、顔そのもの……


 ……あれ? なん……眩し……真っ白……



――……よっくわからねぇ。いま、何があった?


「今、ヴィクト……殿が一徹様を押……したね?」


「仰って……意味が判りかね……が、確認……さい。コレが本と……に、旦那さ……為な……で?」


「私を疑っ……すか? 貴方……主人の妻……」


「旦那様が貴女……夢中だ……そのように思……けです。旦那様と付き合……長い……だが奥様に対……はそれがない」


「一徹様の記憶をベースに作った木偶も、ここが限界……」


 キィーンとの耳鳴り。 

 気づいたら俺、廊下床に這いつくばっているというね。


「一徹様!?」


 何がなんだかわからないが、降ってきた声が気持ちいい。

 そばに、リングキーがしゃがむ。俺の手を握ってくれた。


「大丈夫ですか? 急に崩れられたのです」


「そ、そっか。そんな忙しくもしてなかったはずだけど、疲れてたのかな」


「自分を大事にしてくださいね。もう一徹様だけの身体じゃないんですから」


「あぁ、そうなんだよな。もう俺の体は……リングキーのものだ。子どもも生まれてくる」


「……よくできました。一徹さまぁ?」


 別段怪我も無いのに、リングキーは俺を抱き寄せた。

 

 首と首が交差する。 

 一つ気になった。そばにはヴィクトルがいる。それはいい。凄く苦しげな顔をしているのは何故だろう。


「私たちはず〜っと一緒。そうですね?」


「勿論。ずっと一緒だ」


(あ……れ?)


 嫁さんとの硬い抱擁。決して間違っちゃいないのに……


「は……ハハハ……アハハハ……アハハハハハ……」


 なんで俺、涙が止まらないんだろう。

 嬉し泣きの類か?

 その実、別段、喜びをかんじない。なんなら、奥さんを抱きしめていることへの嬉しみも感じない。

 

 俺には勿体無いほどよくできた奥さんだってのに。



―こんなところにおったか一徹。何を黄昏れておる―


―うーん?―


 場面はまた、一徹7年目の記憶。

 

 ひとしきりティーチシーフ女史と話した。

 耽って時間はもう夜に入っていた。


―なんだかなぁってさ。この世界でもうすぐ満7年が経つ。7年旅して少しずつ蓄えてきた真相は、なんてこたぁない。俺にとってのこの世界始まりの村にずっと眠ってた―


 場所は、昔ナルナイの父親の命を奪った場所。

 《ガラヒナ村》警備兵団駐屯基地の野外演習場だった。


―思っちまうんだ。最初からこの村で真相にたどり着いていたら、多くを失うことも、奪われることもなかったんじゃないかなって―


―ふん。三十半ばの小僧が、随分おセンチじゃの―


―浸りたいときだってあんの―


 演習場の真ん中に立ちつくし、空を仰ぐ一徹の真横まで立つと、ヴァラシスィはしゃがんで土をすくった。それを、一徹の掌に盛りなおした。


 一徹は怪訝な顔で、掌をグーパーして揉みながら崩し落としていった


―爪、歯、骨、乾いた筋。他の場所と土の色が違うのは、血を吸ったからじゃろう。死者がこの世に残した残滓。叶わなかった夢の成れの果て。処刑場か。ここに眠るものらは皆、道半ばで倒れたのじゃろうて。主が今妾の隣に立ってなかったら、必然的にここに仲間入りしてるんじゃけど―


―やなこと言うねどうも―


―主の7年は無駄ではない。仮に旅なくして真相を知ったところで、今ほどの戦技には遥か届かん。助け、助けられる仲間もおらん。真相を知ってそれまでじゃったろう。ただあるがまま受け止め、何もすることなく静かに死んでいく―


―生きていたところで、この砂と同じってことか?―


―じゃが主は生きている。いや、活きておる。届いた真相と正体に喧嘩を売られるほどになった。眼中になかった存在からの注目。認められたんじゃよ。ならよしんば死んだとして、その直前はたしかに有意義な生なのじゃ。7年を主は生きたんじゃない。7年が主を活かしておる―


―そーゆー捉えかた?―


―気持ちはわかるがの。レジェンド・オブ・ファイナル・ドラゴン・テイルらRPGあるある。ラスボス直前、世界を巡るだけ巡って行き着くのは始まりの地だった。最後の戦いにむけ想いを確かめあい、決意する。これまでの旅を振り返る―


―……最後の戦いか―


―最後だと良いの?―


―戦うつもりもないけれど―


 土を全て演習場に返し、両手を叩く。掌をすり合わせと一徹は息を吐いた。


「……二人を頼むわ。月城魅卯」


「えっ?」


「ここまで来ちまった。別に、このあと来るのは師匠にとって最後の戦いでもラスボスでもないんだけどよ。少なくとも、コイツラ2人にはラストフェイズだ」


 黄昏れる一徹を隣から見上げるヴァラシスィの二人を眺める、この記憶を見守る4人。

 以外にも、アルシオーネは魅卯の裾を引っ張り、顔を向けた魅卯に耳打ちする。


「どうしたのいきなり……」


「そこさえ抜ければ、あとは二人も耐えられる。俺らの世界の物語が終われば、あとにやってくるのは……アンタとの一時。記憶なくした師匠が三縞で目覚め、アンタと出会ってから今日までの物語」


 一徹の記憶を辿り始めてからというもの、知らない世界での出来事はあまりに魅卯から遠すぎだ。


 そして突きつけられた。

 山本・一徹・ティーチシーフの人生に魅卯はいらないのだと。


 それが急に、そしてもうすぐ、魅卯との今日まで。

 ティーチシーフの姓が付かない山本一徹との回想が始まると言われるとキュンと胸が締め付けられた。


 急に、身近になった気がした。


「浮かれてるんじゃねぇ。そんなの、見るまでもない追憶だ。大体全員知ってる。問題はその後のことだよ」


 少しは楽しみにしていたものをバッサリ切られて落胆しそうになった魅卯。

 

「記憶とは過去。全部終われば現在がそこにある。今の師匠がいる。記憶でもなんでもない。四國出征から帰ってきた、意識を失った師匠の今がな」


 だが、それが当初の目的だと思い出して唾を飲み込んだ。

 目覚めない一徹は、意識下に沈んでいる。

 なら、一徹の精神世界に潜った魅卯達ならアプローチできるはずなのだ。

 

「言っておくが、無意識下の師匠の今に触れられてからがスタートラインだ。だからそこまでアイツら二人、そしてアンタが辿り着かなきゃ意味がない」


 本作戦のかなり核心まであと僅かに迫っている。だが「まだ油断するな」と言うのだ。

 しかも心の強いルーリィやシャリエールをあのアルシオーネが魅卯に託すのだから、これからどんな恐ろしい場面になるのだから想像も出来なくて怖くなった。


「いいか。あと少しでトリスクトとフランベルジュは師匠を……」


「アルシオーネ!」


 おそらく、これから見るであろう場面を前もってネタバレしようとした。

 先んじて結果聞かせて魅卯に心の備えをさせようとしたのだろうが、声を張り上げたのはルーリィだった。


「それはフェアじゃない」


「アンタらの為を思ってやってんだが? アンタが大事なのは今の師匠に辿り着くことじゃねぇか。リスクを冒して失敗だったらどうするってんだ?」


「確かに私達がこのあと倒れるのは回避すべきリスク。だが、備えて臨むのと備えずに耐えきったかでは大きく違う」


「間違いなく、私たちは後者を望みますね。少なくとも月城生徒会長が私達と同じ場所に並び立ちたいのであれば。トリスクト様は倒れていいんですよ? さすれば一徹様には私がいます」


「シャリエールが倒れようが、彼のそばには私が行く。けど、じゃあ……」


「「私達ふたりが倒れたなら、寄り添うのは一体誰なのか?」」


「あっ」


「さんざん止めてなおここまで来てしまった。覚悟していたんでしょう月城生徒会長?」


「と……言いたいところだけど。全てを知って進むか進まざるかは君が決めろと、私はそう言ったね」


 これからまた、ショッキングな場面が来るのだろうか。

 でも、それさえ抜ければ、ルーリィ、シャリエール、そして魅卯は、無意識下にある今の一徹に会えるはず。

 三人で、一徹を救うのだ。


(私たち三人で……なんだよね)


 魅卯にはわからない。

 

「チィッ、ふたりともカッコつけやがって」


 アルシオーネは魅卯の何倍も強者である。

 じゃあルーリィやシャリエールを守るのは彼女の方が相応しいはず。


 ……どうして「自分はここまで」感を出すのだろう。


 アルシオーネには一徹への恋心ないのは知っている。だが、一徹を救うことを諦めているはずがないのに。










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