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―アンタ、随分ご無沙汰してたんだなぁ―


 いきなりのご挨拶ではあるが、真っ当正論で、一徹は苦笑い不可避だった。

 目的地にたどり着き、中から現れた見知らぬ青年に突き放されてしまう。


―流石にこの国では、主ご自慢のコネは聞かんの?―


―突っつくな。地味に気にしてるんだから―


 一連の流れに嘲笑したヴァラシスィに、一徹は小突いた。


 上級同盟大使ハッサン・ラチャニーの殺害とともに、かつてナワバリだった《港町メンスィップ》を魔族ら黒軍に明け渡してから二ヶ月。


 次なる回収先として向かったのは《ルアファ王国》ガウクス領にて、領都でもある《学園都市ガウクス》。

 かつてはこの街の大学、夜間コースに通っていた時の仲間を訪ねたのだ。


―いやだって、レージュ元会頭だろ? ピシック番頭に、パラング元顧問に、イズシカー元副会頭。俺ら《商会銀の髪飾り亭》の立ち上げメンバーじゃん。こちとら開店休業に追い込まれてんのに―


 訪ねた先は5、6年前に初代表として一徹が立ち上げた商会の建屋。

 かつては賑わっていた思い出の場所も、今では閑古鳥が鳴いていた。


―ご無沙汰なのはその通りなんだけど、『何人かはもういない』ってなぁどゆこと?―


―そりゃこのご時世だもの。戦争に行ったり、色々さ―


―ザックリし過ぎ。イズシカーの近況だけ教えて? ほら、コレ情報料―


 いないとわかるや一徹は袖の下を渡す。

 瞬間で厭らしい笑み浮かべた青年は勿体つけるように黙る。

 「もう少し払え」と言うのだろう。


―因みに、イズシカーとは結構な仲だから。会えた暁には今の出来事話して売んぞテメー。帝国に居るってことまでは分かってんだ―


―ちゃっ、ちゃいますやん。ただの冗談ですやん。ちゃんと全部話しますよって―


 情報料は払ってもいいが勿体ぶられたことには苛立った一徹。

 殴るか、殺すか、脅迫するか。

 話を早くするやり方は知っている一徹がいざ動くと、青年は慌て取り繕った笑みを浮かべ返金した。


―イズシカー元副会頭に関しちゃ持ってる情報はアンタと変わりませんよ。《白統姫》の護衛なんていう大変ありがたいお役目を預かり、帝国に行ってます―


―……ん?―


―パラング元顧問に関しては、国の上層部に度重なる礼を持って軍へと迎えられました。復役って奴ですか? ただの爺さんと思ってましたが、実は昔は軍に所属して定年退役を迎えたとか。凄腕の大魔技術使いだったそうで。体力勝負な接近戦はさせないからと―


 なにか腑に落ちない気がして一徹は息を呑む。が、青年はバンバン進めていった。

 

―レージュ元会頭は、あー、あの人はもう無理なんじゃないかなぁ。無理っていうか終わったと言うか―


 一旦話すとなったら、随分な饒舌だ。

 

―《白統姫》付きの護衛で《狂い風》の異名を持った男の、一応の妻とは言え惜しいよなぁ。人間じゃあないもの。自宅謹慎を命じられるとは。で……あとピシック番頭についちゃ……―


―チョイ待ち? 《白統姫》ってなんだ? イズシカーはリィンに付いてるんじゃないのか?―


―バッ……!?―


 怒涛の勢いで話されるから腰を折るしかない。

 確認してみるも、青年は大慌てで人差し指を自分の口元に当てた。


―ちょっと命知らずも過ぎるぜアンタ。この国でティーチシーフ先輩、特にこの学園都市であの方を呼び捨てにするなんて、聞くやつが聞くやつなら刃物持ち出し刺されるぞ?―


 一徹もダンマリだ。

 青年のジェスチャーによるものじゃない。内容に驚いたのだ。

 あまりに天上人のような物言いではないか。


―いま挙がった4人と旧知ってなら、ティーチシーフ先輩とも知り合いだったのかもしれないが。いいっすか? ティーチシーフ先輩がなった《白統姫》様ってお立場は……―


―そこまでだっ!―


 ウンチク語ろうと得意げに笑う青年は、別の誰かの呼びかけにダンマリされた。

 その声色に覚えがあるようで、青年は顔を青くした……が、同じく聞き覚えのある一徹は、声の方へと微笑んだ。


―ほう? エルフか。純エルフなど珍しいの。主と旅して半年以上経って初めてじゃないかの?―


 新たな声の主に同じく目をやるヴァラシスィ。なんとなしげに口にする彼女とは、一徹は違った。


―久し振り。久しぶりすぎだね。ピシック君―


 声を張り上げた美男子こそ、一徹がこの国で回収したかった者の一人。

 ピシックと呼ばれたエルフは、一徹の顔を見て呆然とした。



――同じ《学園都市ガウクス》内。だが場所は変わる。


―また会えるなんて思わなかった。でも、良かった―


―おりょ? 天邪鬼が玉に瑕だったピシック君がそんなセリフ吐くたぁ珍しい―


―5年も会ってないんだからそうなるでしょ。最初の1年は、いきなりいなくなったアンタに皆怒ったものだったけど、途中から『何かあったんじゃ』と心配になった―


―おっと、こりゃ失敬―


 ピシックなるエルフの青年に連れられたのはさる家屋。

 そしてその中に居たのは……


―こっちもいろんなことがあったとは言え、まずは謝りたい。すまなかった。レージュ、ピシック君―


 レージュ。

 彼女は魔族と獣人族の忌子。

 《ビルデ魔国》に以前滞在していた一徹に会いに来たこともある。


 ピシックと同様、この街の大学入学時にできた一徹の学友だった。


 この家に連れてくるまでは黙っていたピシックは、中に入るなり堰を切ったように一徹に関わり始めた。


―茶葉の良いのが手に入ったの。飲むわよね―


―頂こう。が、手伝わせてもらおうか?―


―じゃあ茶菓子が必要だね。確かこの前僕が持ってきたのがあったよね―


―よっしゃバッチこーい―


 三人が茶の支度に動き出す中、ヴァラシスィはソファ椅子に寝転がる。


―お前、空気読みなさいよ―


―何を言うか。妾は客じゃぞ?―


―客だからこそ見せる礼ってもんが……―


 保護者宜しく一徹は注意するものの、


―礼を見せる前に湯浴みしてもらいたかったものだわ? マナーよ。アンタたち、本気で、臭いわよ?―


―あー、スマン。最近常態化し過ぎたからか鼻も麻痺して気づかないくらいなんだ―


 レージュに言われ謝るしかない。

 謝罪とともに判明した酷さに、レージュは隠すこともなくウッと顔を歪めた。


―痒いでしょ―


―この何ヶ月お天道様の下で歩き続け日に焼かれて肌も硬くなったからかあまり気に……―


―気にしなさい! 末期よ! 何ならこの距離で話す私達が痒くなってくるのよ。臭いし―


―一徹よ―


―うした?―


―湯浴みをしよう。心が痛いのじゃ―


―今、俺も同じことを考えていた―


 気を遣って言ってあげないじゃない。

 心配ゆえにあえて強い言葉を使われているのだと、一徹もヴァラシスィも恐縮しきりだ。


―全くもう。こんなに可愛い子がオシャレもへったくれも無い格好しちゃって。で、何? アンタの新しい女?―


―なんでそうなる―


―まぁいいわ。茶はこちらで沸かしておく。アンタも大人しく待っておきなさい―


 五感と言うか、印象とはとかく大事なものだ。


―そうだ。まだ宿を取っていないなら今日はウチに泊まっていきなさい。そのナリじゃ宿が受け付けないだろうし、料理も頼んでおく―


―何から何まで申し訳ね―


―のじゃ―


―はは、コレは久しぶりのオールかな?―


 間違いなく、感動的な再会となるはずだったこの場面は、一徹たちのクサイ、汚いが台無しにした。



――結局のところ、四人で茶を飲むことはなかった。

 我慢が出来なかったレージュの「やっぱクセェ。テメェら良いから、ウチの浴室に行け」である。

 

 そうして気づいたら……翌日の夕方になっていた。

 おかしい。

 レージュの家にピシックが一徹を連れてきたのは、まだ昼にもなって無かったのに。


―今、二人が限界ギリギリ、いや慢性的にそれを超えてなおこの街に辿り着いたと知ったよ―


―アンタら、世界を敵に回しすぎでしょ―


―そうかなぁ―


―それほどでも無いのじゃよ―


 リビングで椅子二脚にそれぞれ座ったレージュとピシックはシワ寄った眉間を指で抑えながら俯く。


 一徹とヴァラシスィは憑物が取れたようにあっけらかんとしていた。ボサリボサリ後頭部を手でかいた。


―まともに寝ることすら出来てなかったのね。いつから?―


―食事も満足に取れなかったと見れるし―


―湯浴みがトドメよね。胸の中で張り詰めていたものがプッツリ切れちゃったんでしょ?―


 二人は、「いやぁハハハ」としか返せない。


 桐桜華皇国から帰ってきて昨日までの、戦場と言う戦場を渡り歩いた日々。

 どうしても警戒が抜けないゆえ、どこか意識が残った睡眠となった。

 なおヴァラシスィは見張りなどしない。

 結果、一眠り10分15分刻みという浅い眠りをこの9か月一徹は繰り返していた。


 それで疲労が取れるわけが無いのに。


 早寝早糞、そして早飯は芸の内。

 やはり3つの事は戦士に隙を生ませてしまう。


 手軽で良い、腹が満たせればいい。

 ……味の濃い肉とか、量だけあるパンとか。一徹なら酒とか。

 こう、趣向や工夫を凝らした料理や、ホッとする様な食事も全くと言っていいほどなかった。


 極めつけは湯浴み。


 ハッキリ言ってレージュやピシックには金がある。仲間の為なら糸目付けないほどには。

 人を使って大量の水を汲ませた。

 それらはピシックの精霊術で湯となった。

 湯を遠慮せずふんだんに使うというのがとんでもなく贅沢な中で、一徹もヴァラシスィもそれぞれ思いのさま肌で味わった。


 髪を顔を体に足裏、指先まで。

 濡らして、こすり洗って、すすいで。

 なんども繰り返した。


 一番湯浴みを終えて出てきた、顔がだらしないほど弛緩したヴァラシスィを一徹は指さして笑った。だが続いて湯浴みを終えた一徹もフヤケた表情。 


 浴室から上がって着替えが済んだその瞬間、プツリと糸切れた操り人形のように崩れた。


 香油がいけない。

 石鹸の代わりに塗りたくったそれの、繚乱な花畑宜しくの甘い香りは、死線渡り歩く一徹たちの緊張を解きほぐしてしまった。


―いやぁ、久し振りに夢も見ずの大爆睡だったわ。意識なくしてやがんの―


―警戒も何も無い。無防備を晒す奴ほど仕留めやすい獲物は無いのぅ一徹。妾らはもう死んでいたのじゃ―


―いや、キャッキャしないでほしいんだけどね―


―一体どんな環境にいたのよアンタたち。いや聞きたくないはないけれど―


 凄まじい境遇に身を置いていたことだけは理解したピシックにレージュは、唖然不可避だ。


―で、もう話せる……で良いのよね一徹―


―大丈夫だよ。待たせて悪かったな二人とも―


 それがかなったと言う事は、二人も一徹の気の置けない相手。大切な存在と示しているに等しい。


―どうして、君が、ここにいる?―


―たっはぁ、一言目が『この街に来んじゃねぇ』拒絶入りましたぁ!―


 やっとまともに話せる。だから一番聞きたかったことをぶつけたピシックは「あ、確かにやっちまった」と、口ポカンだ。


―急いては事を仕損じるとも言う。一発目のこの急ぎ過ぎた質問で出立を決め込んだら、それはそで面白いぞ?―


 苦笑いする一徹を茶化すヴァラシスィも、これまでの疲れが少しと薄れたか、少し表情が明るかった。


―さっきの質問は無し。今は何しているんだ? この街へはどうして?―


―この戦争への不参加を、仲の良い奴に説いて回ってる。回収って言ってるんだ―


―なるほど。それが5年以上前に私達の前から姿を消したアンタが来た理由か―


―それまでの間に何していたかとか、近況とか、同盟交渉でタベン王国に行ったルーリィや、ビルデ魔国で君に会った時の事をレージュから聞いていた―

 

―いざとなればいつでも国境を跨げる身分になったのに全然帰ってこなかった……クセにこのタイミングっていうのは実にアンタらしいじゃない―


 ポタージュスープに千切ったパンのようなものを浸し、口に放り込みながら、旧友二人の反応を一徹は見た。


―じゃが、ちと遅かったようじゃの一徹。こ奴らの他にもう二人いるようじゃが、そやつらは戦に近いところにおるらしい―


―パラングにイズシカーだろ?―


 現状を改まって一徹に投げかけるヴァラシスィは、当然レージュやピシックには初見え。だから二人共やはりと言うか、ヴァラシスィをチラチラ見た。


―改めて自己紹介しておくよ。僕は……―


―よい。紹介は妾の方からじゃ。ヴァラシスィと言ってな。呼び捨てで構わんぞ? 一徹には傷物にされたゆえ責任を取ってもらっている。妾への罪滅ぼし。そういう意味では、一徹の所有者じゃな―


 駄目だ。

 久し振り過ぎる再会。


 質問から突飛なら、初見えの少女の発言まで突飛。

 あまりの噛み合わなさに、ピシックもレージュも頭を抱えた。


―この戦争を起こさないこと。それがコイツの使命だったのに俺が火蓋を切っちまった。詳しく説明するのは面倒なんで割愛するが、使命を奪い生きる意義を見失わせた責任って言うか、世話することになった―


―一生責任取らせてやるわ。って、それで妾連れて戰場を渡り歩くとか。主ホントに反省しとる?―


―つもり―


―つもりじゃ困る―


―うん、うん……待って?―


 ピシックは突拍子ない話でもなんとか輪郭を掴もうとする。

 二人でバンバン先に話を進めるなと、眉間シワ寄せ目を閉じ、掌かざした。


―この世界規模の戦を引き起こした原因は一徹だって言う。正直事が大きすぎてにわかには信じがたい―


―いや、戦犯じゃぞ一徹は―


―戦犯ゆーな。否定できんけど―


―はじめ彼女の名前に驚かされたけど。ヴァラシスィの名と世界戦争勃発を食い止めていたという次元の高すぎる話。彼女は……邪神なのか?―


―あ〜ん?―


―どうどうヴァラシスィ。確かにその名を人間族はそのように扱った。だけど所詮は見方の問題だよピシック君―


 ヴァラシスィの名は、魔族には創世神と呼ばれる御神から一徹が貰ってつけた。

 実際ヴァラシスィは創世神ヴァラシスィの写身の一人。それも最後の一人だ。


 邪神呼ばわりに不快さは隠さなかった。


―さっき回収って言ったのはそういうことなのさ。俺一人のために世界大戦が始まった。俺のせいで、戦のせいで仲間が倒れるなんてなぁ見たくないだろ?―


―ようは主らが戦で死んだら一徹が自責と罪悪感で心折れかねないから、少しでも遠ざけようとしているのじゃよ―


 たった一人が世界大戦を引き起こしました。

 確かに信じられない話。だが一徹やヴァラシスィが嘘を言っているようでもなかった。


―信じるしかないのよね。でもそれくらいのことをきっとやってのけたアンタだからこそ、アンタの名前が全世界で知られる理由として思い込むことは出来るかもね―


 一徹がフォローをいれたことで食事に向き合い直すヴァラシスィ。別段ピシックは気にするようでもなかったが。


―そうなのよ。アンタの名は広く知られてる―


―アレだろ? 赤子も生きたまま食らうとか、女と見りゃ見境なく襲って殺す。邪魔する者も殺してしまう力があるから止まらない。化け物なんだと―


―ま、噂なんてそんなものよね―


―ただ、そんな君がササヌーン・ムカータの巫であるのでは皆知っている―


―その二つ名、もう結構なんじゃが―


―しゃーなしだろ?―


―ここに、一番最初の質問へいたることとなる―


―なぜ俺がここにいるかってことか?―


 手始めの質問はぶっ飛んでいた。

 だがあえて戻るなら、その質問を放る筋道は辿ったのだろう。


―一徹、いま君は《インピン領》端の《酷緑のアフェルナ樹海》を抜けた先、人魔両領土の間、《バイディン公砂漠》に居るはずなんだ―


―ハイィィ?―


 示された場所は一徹も知っている。

 遥か彼方遠い地。この7年の間に二度踏んだ地。


 イメージは湧くが、そんな場所で絶賛活動中の自分の名を聞いて驚かないわけがない。


―いや、俺はここにいるけど―


―わかってる。ただどうやらその情報は、色々動かしているみたい―


―黒軍に、声も高らかに君の名を口にするものが現れた。人間族の御神ササヌーン・ムカータの巫が、君こと一徹が、まさか黒軍に属すなんて噂を聞いて僕らも信じられなかったけど―


―アンタの名前か、巫の称号にか、黒軍の兵力が続々と集まっているって聞くわ―


―なんでやねん―


―鬱蒼と茂る樹海は、抜けるのにかなり難儀する。命の危険さえある。それでもルアファ国境の目と鼻の先に黒軍の精鋭が集結するのだから、もちろん白軍が、とりわけこの国が黙ってない―


―まさか反応した? ルアファ王国も兵を大挙させると?―

 

 さぁ、また争いの匂いが立ち上る。

 各地で小競り合いは数しれないが、噂通りなら大規模、超規模の衝突は勃発する。

 それも、自分の名前のせいでだ。


―可能性はある。黒軍の大軍が待機しているなら、睨み合うは白軍だって小規模では居られない―


―それに多分だけど、ルーリィは動くわよ?―


―ッ!?―


―自惚れないで。別に交際相手が敵側にいるからじゃない。ササヌーン・ムカータは人間族の主神。その巫なら、まさしく名代とし神の代弁者、遣わした神兵として戦の勝利を人間族にもたらすと信じられてる。前の大戦でササヌーン・ムカータがそうであったように―


―でも魔族側についたという噂は、人間族に不安をもたらした―


―結構、民草から王族貴族に問い合わせが入っているみたい。なら軍上層部が動く。ルーリィはアーヴァンクルス皇太子の隣にいるけど、その立場が確認しに現地に赴いてもおかしくない―


 二人が前のめりになる訳を聞いて、笑ったのがヴァラシスィだった。


―次なる目的地が決まったの―


―《バイディン公砂漠》か?―


―妾の見立てじゃこの戦は大きく動く。そのルーリィ・トリスクトとやらが動くなら、アーヴァンクルスも動くじゃろう―


―殿下が? いやいや、ないない。聞けば黒軍を臨んだ最前線の総大将って言うじゃない。軍のトップが、んなイタズラに身を危険にさらすわけが……―


―いえ、私もあるいは動くと思ってる―


―主に、皇太子はルーリィ・トリスクトを奪われたのじゃろ?―


―そしてルーリィは山本一徹が黒軍に身をやつしたのか真偽を見定めに会いに行く。そりゃあ気にならないわけがないのよ―


―勘が鋭い殿下だ。多分既に俺とルーリィの関係を知っている。それでいてルーリィを傍に置いておくんだ。恋愛感情とは別だと思うけどね―


―分かってないわね。恋愛感情を別にしたとしても、隣に立っていたルーリィがアンタの側に行ってしまうかもしれない。結構精神的にヤバイわよ? それにまだ少しでも想いが残っていたら、それこそ嫉妬に駆られる―


―事実は小説より奇なりってやつじゃ―


=信じなさい。女のカンよ/信じよ。女のカンじゃ=


―ウグ―


 ヴァラシスィの提案にレージュも乗っかる。

 二人の意見の一致に、一徹は唾飲み込むしかなかった。

 

―もしそうだとしたら本当に戦は大きく動くね―


―ピシック君?―


―君とルーリィと殿下の三角関係。知ってるものは、黒軍にどれだけいる?―  


 ピシックは指を使って食事した際の汚れを、水入った小さな器で落とす。

 その際の質問に、一徹はハタっと気づいた。


―アルシオーネって小娘とその父親グレンバルド元帥。その夫人―


―私は三人とあったことがあるわ。夫人とアルシオーネは夢見観察の術で三人の恋愛模様を知ったはず―


―……その二人の夫であり、父でもあるグレンバルドと言う男が痛いな。元帥と言う立場か。黒軍の武官長は、白軍の総大将を前線に引きずり出すネタを持っていたんだ―


―罠だってのか? そのために黒軍の誰かに俺の名を吹聴させた?―


―もしそこまで策のうちなら、相当な策士だ。わからないこともあるけどね。すでに一年以上経過したこの戦争。そんな手があれば既に使っていたはず。なぜこのタイミングなのか―


―どちらにせよ白軍総大将を手の届く場所まで引きずり出せれば大チャンスよ。殿下を討てれば、黒軍は白軍の同盟を瓦解できるかもしれない。瓦解した軍の兵士など恐れるに足りない。そうして十分に兵の数を減らして次が……―


―……チャールズ帝国か。退魔最強生物兵器、《白の癒し手》を人間世界中から集めたっていう―


―確かに対魔族には最強。でも黒軍に属す獣人族まで同じとはいかないはず。帝国は戦線を張る同盟国軍に兵を派遣してしまったことが痛手となる―


―白黒の拮抗が大きく崩れるタイミングか―


 そんなに簡単に物事が上手くいくだろうか?

 でも、もしそうなっても面白くないが……


―戦場に山本一徹が現れた。なら、彼女もくるわよ? シャリエール・オー・フランベルジュ―


―ヒュオッ―


 また、出た。

 大切すぎる者の名。


 受け止めて、しばらく一徹は何も言えなくなってしまった。


 そりゃあそうだ。

 白と黒の大戦。黒軍には獣人族もいるが、魔族と人間族の全面戦争。

 同じ戦場に、ルーリィとシャリエールが立つのかと。


 互いの種の否定と殺し合いの場において、二人鉢合わせしてしまったならと。

 


 





 




 

 

 

 



 


 

 


 


 

 


 

 


 

 



 

 

 


 







 


 


 




 

 


 

 


 




 


 


 

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