280
世界籍が改まって4月。
―よく来てくれたラバーサイユベル。至急報告したい旨ありとのことだったが……―
やっと見知る地に辿り着いた。
―話があるのはお前の方だったか……山本一徹―
―閣下?―
タベン王国アルファリカ公領。領都は公爵の居城にて、一徹は城主と接見を果たした。
―久しいな。一年と少しぶりか。行方をくらましたとは聞いたが。どこにいた?―
―最後にいたのはルアファやタルデでない、隣国でした―
―それは恐れ入るな。戦時中だ。入出国管理は厳しくしている。お前の名があれば、すぐさま私の耳に知らせが飛び込むものを―
―国境の一部に、人の身では立ち入れぬ自然の要害があるでしょう。この国にはそれさえ踏破する同胞が、私にはいます―
―さよう。お前はこの国の獣人と浅からぬ縁があったな―
―それを言っちゃいけませんよ。良いんですか? この国の獣人集団のなか、私は最高幹部の一。とくれば白と黒で争う昨今、閣下のお命をいただかなくてはなります―
―しかり―
この国で一徹が頼れるのは、ラバーサイユベル侯爵とアルファリカ公爵だった。
ラバーサイユベル侯爵は一徹に畏怖と敬意を。
アルファリカ公爵は興味と感謝を持っていた。
―それで用向きとはなんだ。まさか話に出た、この国の獣人を代表して我が国に休戦を申し込みたい訳ではあるまい?―
この国ではとんでもなく高位で遥かな重責と多忙極める公爵も、しかし相手が一徹ならどっしり腰を据えた。
―いや、久しぶりにご挨拶したかったのと、興味本位からのダメ元なお願いがありました―
が、一徹の話はひょんなもの。公爵は首傾げた。
一徹は、自らの背後に立つ数人に向かって軽く頷く。
応じるように、フード被った数人はユックリ剥いでいく(一人は『おじゃ』とか言っていた)。
もしかしたら、その「おじゃ」が決め手かもしれない。
素顔目にした公爵は、「おいおい」言いながらぼう然顔で立ち上がった。
―まず山本殿から私に文が届けられました。見慣れぬ者からの文とて無視できません。文には、その紋章の蝋印が押されていたからです―
心情を察するような。ラバーサイユベル侯爵の面持ちは沈痛ぎみ。
―内容を疑いつつ、我が領兵を率いて呼びつけられた場に向かった私は、そこで久方ぶりに山本殿と再会しました―
―それと同時に卿は理解したのか。行方不明だったはずの山本がわざわざ姿を現した。要件は、よほどのものであると―
だからラバーサイユベルはここまで一徹を連れてきた。
この国二番の権力者と会おうというなら、セキュリティ考えれば、ラバーサイユベル侯爵の帯同によって変な争いも避けられる。
―なるほど。これは確かに……それほどの事由である―
アルファリカ公爵も何が起きたか理解した。
―シュバイン・ファルゴヤン・ゴトナキー・ルアファ第一王子殿下。アリューシカ王子妃殿下―
かの公爵がまず恭しく、そして深く頭を下げる。
その妻に向かっては、手の甲に口づけをした。
―閣下?―
―ご本人様で相違ない。私もかつてから何度かお会いさせていただいてる。ラバーサイユベル侯、山本からもらったという文……フム。王家の紋章の蝋印。納得だ―
―私は初めてお会いしますが、さようですか―
―ご無沙汰いたしておじゃりますなぁアルファリカ公爵―
―このような常識外れな接見、シュバインと併せご無礼いたしました―
双方認識を果たした。
一徹には、それだけで十分。
パァンと手を大きく叩く。
全員の意識を自らに集めた。
―じゃ、あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ―
―せーだいにぶん投げたの―
一言には、ヴァラシスィはジト目だ。
―王子のお守りは荷が勝ちすぎる。誰かになすりつけたかった―
―……侯―
―ハイ、公爵閣下―
―前に『手が足らない』と泣きついてきおったな?―
―ハイ、閣下は無茶を押し付けすぎるのです。私をどれほど信じているのかと。正直、困っておりました―
―フッ、卿も随分言うようになった。出会った当時は、私を見るなり怯えていたのに―
一徹の物言いを二人は難なく受け止めたようだった。
―いま、手持ちは幾つある?―
―もとからお預りしていた子爵領。山本殿が潰した元デンザート男爵領。同じく潰した元フィーンバッシュ侯爵領。そして最近接収しました廃都市、《ベルトライオール》―
―廃貴族、旧ベルトライン公爵家の領都だったか。そろそろ我が領土より広く面積を統治しているのではないか?―
―ご警戒なら、一つくらいご自分で取り込まれれば良いのに―
―これで良い。陛下より預かる地を大多数占めるなら、卿の様に信置ける近い者に限るゆえ―
―またかようなことをおっしゃいます―
二人にしかわからぬ話の流れ。
ただ、ベルトライオールの名が出た事。ラバーサイユベル侯爵の手持ちという言葉に、一徹のこめかみはピクッとはねた。
―では、《ベルトライオール》は如何ですかな? シュバイン王子殿下―
で、いきなり決断を求めてくるのだ。
シュバインもアリューシカも、続くガンバライジャー他兵士数人も固まった。
―如何……とは?―
―都市のひとつ、お任せします―
―なっ!?―
―おじゃぁっ!?―
要はこういうことだ。シュバインたちを匿う地に、この国上級貴族二人はベルトライオールを選んだ……だけでない。
「任せる」と言った。つまり、ただ匿う地として選んだわけじゃない。都市の統治までして見せよと言っているのだ。
―そんな、宜しいのですか!? 私共がお二人とお会いしてこんな短い時間、こんな簡単に、この場でっ!?―
―あまり感謝されても困りますぞアリューシカ王子妃殿下。ある意味での貧乏くじ。かなりの苦行とご覚悟召されよ―
詳しい話は一徹に振られた。公爵、侯爵が挑戦的な笑みを向けたのだ。
―ウチの組のシマを、接収したんですね―
―結論から言えばそう。だがこれも時代の流れと言い切ろう。寧ろ我々はかの廃都市にこれまで配慮してきた。それは接収の時もそうだった―
不機嫌を隠そうともしない一徹に、公爵は真剣な顔を作り直した。
納得出来なさそうな一徹は、ボサリボサリ頭をかいて、重い口を開く。
―《廃都市ベルトライオール》……かつてこの国で盛衰し滅んだベルトライン公爵家領の都でした。20年数年前にこの国で勃発した王位継承権争いに敗れ、公爵家が滅ぶとともに都も堕ちた―
―それからずっと廃都市だったと? 20年は経っていたのでしょう?―
―残念ながらベルトライン家に打ち勝ったお貴族家も、のちも続いた王位継承争いで当たった別勢力に敗れたんですよ。今の立場を思うと、このアルファリカ家がそうかもしれませんね―
―否定はせん。だが当家の流れを汲んだ他家と言っておく―
―さて、この国にはルアファと違って奴隷制が存在する。紛争のはずみで解き放たれた奴隷たちは、廃都内で生き残った兵士たちを駆逐。自分たちの安住の地とした。破壊に次ぐ破壊で、完全復旧には時間が掛かる。復旧ノウハウは奴隷たちにはない。奴隷たちは、外からの奪還者に抵抗した―
―だから続いた廃都市としての20数年?―
―奴隷に人権はない。そういう意味では人間、魔族、獣人などに別はない。忌子もいました。ある日、化け物じみた個体が、そういった忌子たちを保護する名目で廃都市内で暴れたこともありました―
―山本殿は、よくご存じなのですね―
―彼は、我が国が再接収する前のあの街最後の支配者なのです―
―人聞きの悪い―
―すまんな。お前の兄弟分である獣人族と、力を合わせて管理をしていた。どうだ?―
―因みに……フローギストとはちゃんとナシ付けて接収したんですよね? でなければ……―
―当然だ。お前を敵にするつもりはない。だがわかってほしい。此度は人魔の大戦。となれば魔族や獣人族が徘徊する街など認められん。開戦してから即その旨は伝えた。『故あって、出ていかなければ公爵家、侯爵家の全軍をもってベルトライオールを堕とす』とな―
撤退の猶予はあった。
それだけ聞ければ、一徹はホッとした。
―状況は?―
―獣人族の多くは我が国の人踏み入れぬ地へ帰った。魔族についてはタルデ海皇国経由でビルデ魔国に送る便を仕立てた。タルデには奴隷制はない。人間族や忌子もタルデに移し、もぬけの殻。今はラバーサイユベル領兵を管理者としていくばくか残すのみ―
話を聞いた一徹は再びシュバインとアリューシカに視線を向ける。
「あとはアンタたち次第だ」とでもいうようだった。
―どれだけ復旧に時間が掛かるかわからない荒れ地を整備し直す。統治する対象者もいない―
貴族でなくなったとしても、貴族としての生き方しか二人は知らない。
領土をもって、領内の社会と仕組みを考え、民たちを生きやすく、そして税をシッカリとることで社会を動かす。貴族の仕事、生き方とはそれだから。
使役という上下関係が発生するが、それでも洗濯、料理など誰かに面倒を見てもらわねば生きていかれない。
領地を失いました。だから清貧に生きる。市井に紛れて日銭を稼いでつつましく生きる……なんて出来ないだろう。
街こそ借りられたとはいえ、貴族らしい貴族ではいられない事実は、アリューシカの声を震わせた。
―この上、求むるのもおこがましいでおじゃるが……自治権を認めてほしいでおじゃ―
ハッと一転一徹は笑い声を漏らした。
アリューシカでさえ未来が不安になった……のに、追言はシュバインからだからだ。
―恵みがあれば、税は本国国府に収めるでおじゃ。ただ唯一、《廃都市》においては奴隷制をなくしてたも―
―意図を聞きましょう。シュバイン殿下―
―ならばタルデに行った人間族も戻ってくるというもの。いや、元はこの国で奴隷。簡単に戻ってくるとも思えないでおじゃるが、それでも他者に強いられない環境は、やがて自由を求めてベルトライオールへ訪れる要素となる―
シュバインが発現する間、一徹はずっとニヤついていた。
―……と、浅はかな考えかもしれぬでおじゃるが、朕はそんな世界を見てみたいでおじゃる。自由を求め様々な立場の者たちが集い、異なる意見が混じり込み、それらは昇華し、今まで見たことないような新たな発見が多く生まれる。生まれてほしい―
―殿下は、昔からそればかりですね。ガウクス国立大学の理事の一人になっては、夜間コースなど儲け、魔族以外のすべての種に門戸を開いた。それがたとえ忌子であっても―
―朕は争いは好まぬでおじゃ―
最後まで発言を聞いた一徹。ウンウンと何度も頷く。嬉しそうに笑っていた。
一徹が他種族と親交を取り始めたのがこの世界2年目の話。シュバインが開設した夜間コースで、それを成し遂げたのだから。
―ラバーサイユベル領土は侯爵に思い入れがある。フィーンバッシュ侯爵領は広大ではあるがルアファ王国との国境に長く接地する。デンザート男爵領の選択肢もあるが、殿下の存在をあまり余人に知られたくない。収まるところに収まったか―
―よかった。私の負担もこれで減ります―
アルファリカ公爵、ラバーサイユベル侯爵は目くばせあい、深く頷いた。
―やはりいま、シュバイン殿下の生存はいわくつきらしい―
話はまとまった。王子が満足したことでアリューシカやガンバライジャーら戦士も表情ほころばせた。
だが……
―先ほど『煮るなり焼くなり好きにして』と言いました。だからあくまで個人的な提案です。両殿下のことは……のちの対ルアファ王国用政治的道具としてお使いなさるのがよろしいかと―
一徹の突っ込みが空気を硬くした。
まいったかのように目を閉じたルファリカ公爵の口角の一端が吊り上がる。
一徹と出会ってから物事の好転を感じていたアリューシカは、慄いた。
―なぜ人目に付きづらい《ベルトライオール》なのか。ルアファ王国にほど近いフィーンバッシュ領でダメか。閣下はこちらお二方について、いずれか報せを受け取りましたね?―
一徹の指摘に、シュバインとアリューシカはアルファリカ公爵に再注目した。
―一月は経っていない。この程のシュバイン殿下、奥方アリューシカ殿の逝去と、アーバンクルス王子殿下の皇太子位の決定の報せよ。ルアファ王国からだ―
アリューシカは瞼も剥き、両掌で口元を覆う。
―やはりですか。署名は?―
―現国王陛下。そしてアーバンクルス皇太子殿下両名の。王家紋章の押印付だ―
回答へ一徹は特段の驚きを見せない。想定通りだったのだ。
―本大戦では、どうやら同盟軍の総大将をアーバンクルス皇太子が勤めているらしいですね―
―同盟全体によって、チャールズ帝国とやっと力が拮抗した。だが単体では大きな開きは依然としてあった。そのなかであの方だけが、チャールズ帝国にあれほどのタンカを切った―
―その瞬間、横並びだったはずの同盟内各国のなかで、対帝国向けにはルアファ王国が一歩前に出た。帝国からは、ルアファ王国が盟主国とも見えるかもしれませんね―
―そんな見られ方が戦後まで続くのは、我が国としては頂けないのだ―
―戦後に英雄とも称えられアーヴァンクルス皇太子殿下の人気が傑出してしまうと、同盟国内における権力が集中する。ルアファ皇太子が各国に発言権を持つなど、もはや同盟じゃない。帝国と属国関係に等しい。この世界の人間族社会に、チャールズに比肩し得るもう一つの帝国が生まれる―
―こんな形でシュバイン王子殿下を使うのは不謹慎極まりないことはわかっている。だがシュバイン王子殿下を匿うことでアーヴァンクルス皇太子殿下の首根っこを掴んでおきたいのだ―
―私個人としてはいいと思います。この規模の話だと、シュバイン王子殿下とアリューシカ王子妃殿下の個人意思は残念ながら汲んではいられないと―
破格の待遇が提示されている。しかし道具に堕ちる。
誇りを取るか実を取るか。アリューシカは下唇を噛んで視線を落とし黙ってしまう。
―朕の生存それは、朕を社会的に抹殺した事実を今日までに作ったアーヴァンクルスの矛盾を突き、弟に義はなしと世界各国に知らしめるのでおじゃるな―
―お優しい貴方様は望まれないでしょう。ですが社会的抹殺どころではありません。殿下は弟君の手の者に、現に命を狙われた―
―おじゃるのぅ―
この世界において、シュバインの優しさは致命的。
遠くを眺める目には、それでも変わってしまった弟への心配が一徹には見て取れた。
……それでも……
―……あい、承知したでおじゃ―
シュバインは理解を示した。
―宜しいのですか殿下?―
寂しげな夫の決断。妻が確認するも、肚は決まったらしい。
くたびれた笑みで、シュバインはゆっくり頷いた。
―既に人間世界はアーヴァインを皇太子と見ているでおじゃ。お父上が弟を国に残し、家督を継がせると決められたこと、朕が国外に送られると決まったあの時、朕の廃嫡は決定されたのでおじゃろう?―
廃嫡。王としての責務を継ぐ継がないどころか、王族に相応しくなく王家から勘当されたに近い。
―なら現時点において朕は王子でもなくなったでおじゃ。そんな何者でもない朕は、本来アルファリカ公と言葉を交わす立場にもない……のに、領土を持たせて朕にもう一度貴族を生きる温情を掛けてくれた―
正直、様々葛藤あれ、オファーは夫婦にとって願ってもない話。無碍にも出来ようはずがない。
廃嫡との言葉は強い。
一徹すら黙ってしまう中、シュバインは続けた。
―山本殿と出会わなければ死ぬしか無かった身。それから比べれば、いささか条件はあれ、これ以上の展開はないでおじゃるよ―
なんとなく話は落ち着いた。見届けた一徹はそれ以上は何も言わずに踵を返す。
―1つ悔いがあるとすれば、そなたを国母にしてやれなかったことでおじゃ―
―ハッ―
―朕の妻となり、やがて朕が王になった暁には、朕の隣で共に国を引っ張るはずでおじゃった。そのようになれるよう、文化教養、勉学に幼いときから励んでいたのを、朕はフイにした守ってやれなかったでおじゃ―
―貴方っ!?―
―山本殿が申された、そなた等に対する無責任も胸に響いたでおじゃ。王族ですらなくなった朕は、もうそなたらに仰がれる立場にない。されど貴族でしか生きられぬこの身。厚顔無恥と思われるじゃろうが、今一度朕を支えてくれることをお願いしたいでおじゃ―
その場から立ち去ろうとした。
―本国で立場に守られた朕のかつてとは違う。廃嫡された朕に付き従い、同じく破滅に転がっていったアリューシカやそなたらののちの生と恩について、朕は報いるべきじではおじゃろうか―
―フンッ―
背後から聞こえるシュバインの想いに、立ち止まった一徹は鼻をならす。決して嘲笑の類ではない。
―助けてたも。朕が強くなれるように。朕についてきた事を、時間がかかってものちのち皆が『良かった』と思えるように―
―陛下ぁっ!?―
シュバインに充てられ、妻でありながら第一王子殿下として接してきたアリューシカは夫を指す呼び方に思わず切り替わっていた。
ガンバライジャーら兵士達は、感極まって泣き出す始末。
―陛下……ね? 王になったんだ。ルアファじゃ廃嫡された御仁は、一番近い者たちにとって、信頼できる者たちにとっての王になった。もう、大丈夫だね―
一徹はクツクツ小さく笑って、徐ろにヴァラシスィの手を握る。
今度こそ場から姿を消した。
――公爵接見の間から離れ、今は居城入場門出るところで……
―待てぃ! 待たぬか! 山本一徹!―
遠くからか小さい怒声は、ドタバタ足音とともに近づいてくる。
それを感じたからか、門番たるアルファリカ兵が一徹の行く手を塞いだ。
―よいお前たち、下がれ。殺されるぞ―
なんとか追いついたアルファリカ公爵は、膝に手をつき、ゼーハーしながら門番を追い払った。
勿論、一徹に殺させないためだ。
―流石に、弁えた相手を殺すつもりはありませんよ。それで、どうしたのです―
―いや、こうも助けられてばかりでは落ち着かん。お前を前にするたび私は矮小になっていく感覚を得る。なにかできぬかとな―
―なにかしてもらいましたよ。お荷物を引き取ってもらった―
―シュバイン殿下の件は、寧ろ対ルアファに切れるカードの提供を我らがお前にしてもらったのだ―
―別に、私に恩など感じなくていい―
―そうはいかん。マスカレードの1件、フィーンバッシュの謀叛。お前は二度エメロードを救った。同盟は、実質お前がいたから結ばれた。そして此度は殿下の件だ。タベン王国は、お前個人に
どれだけ借りがあるのか―
―聞くだけ凄いや。良かったですね。報いても報いきれなさそうな礼を、私は帳消しにしても良いって思えるんですから―
―だがっ……―
―ササヌーンムカータの巫は、タベンの肩は持ちません―
なんとか一徹の興味をひこうとした公爵だが、バッサリに、絶句した。
―お前が我が国に殿下をお連れし助けようとしたのは、既に殿下を傅く先と決めたからか?―
―まさか。乱世は奸雄を好む。だが奸雄は名君となるに難しい。戦が終われば求めらるるは後者の方。だが往々にして名君の器は奸雄に疎まれ排される。だから次に名君が現れるまで時間を要し、名君がいれば起きなかった乱れも続く―
―お前ほどの男が、名君と評するか―
―一見すると軟弱。ただ背負ったものがどれだけ重く重要なのか、あの方はよく理解している。故に臆病になって仕方ないが、変なところで勇気震わせ向き合う事ができる。ただ安心してください。ササヌーンムカータの巫はきっと誰にも傅かない―
一徹は一徹で一匹狼に徹する。
思いの強さに、公爵は深い溜め息をついた。
―殿下を受け入れるに、ゆめゆめ私、ササヌーンムカータの巫に恩が売れるかもしれないなど、おっしゃいなさいますなよ?―
―わかっている。シュバイン殿下については、名君の器と言うなら私が磨く。自治区の長とし努めてもらうが、その王器、ルアファはエラーク大公の代わりに育てよう。乱世が終わってアーヴァンクルス皇太子の時代が彼の国の民らにこれ以上歓迎されないその時、真王としてお帰りできるよう―
―ちゃんとシュバイン殿下夫妻に恩を売って?―
―当然だ―
別段長い付き合いがあるわけでも、回数あったわけでもないが、二人の関係は一つの形として醸成したかもしれない。
公爵は笑って、一徹の肩を叩いた。
―それで、この後の旅程はどうする? 望むならしばらく我が城に逗留するも構わんが―
―タルデ海皇国に出ます。ハッサンと合流しようかと―
―ほう? では奴に伝えてくれ。シュバイン殿下の補佐を務めてくれと。我が家からも息子をベルトライオールに送る。二人で殿下をお支えするようにと―
―伝えましょう?―
破滅しかなかったシュバイン王子が一徹に出会ったのは間違いなく幸運。
だがそれは一徹にとっても良きに転んだかもしれない。
世界籍が改まって4月。
戦時に突入したこの世界で、その期間宛もなく彷徨った一徹の旅は、点と点が結びだす。
それは……この世界6年での全ての点に繋がっていく。
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